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赤ちゃんは、大人の顔を見分けるのが得意

プレスリリース 2016年12月 6日

内容

成人の多くは自分と同じ年齢層の顔の区別は容易な一方、自分の年齢とかけ離れた子どもや赤ちゃんの顔の区別は困難だと感じます。これは、日常生活の中で目にする機会が多い顔を正確かつ効率的に区別できるように、顔を見る能力が社会環境に適応して特化するからだと考えられています。顔を見る能力の環境への適応は、生後9ヶ月までに起こることがわかっていましたが、これまでその脳内メカニズムは明らかではありませんでした。今回、自然科学研究機構 生理学研究所の小林恵研究員および柿木隆介教授と、中央大学山口真美教授らのグループは、生後9ヶ月ごろの赤ちゃんは、目にする機会の多い「大人の顔」だけを区別でき、これは主に脳の右半球(右脳)で行われていることを明らかにしました。本研究結果は、Developmental Science誌(日本時間12月6日オンライン速報版)に掲載されます。

  成人の多くは、見慣れていない顔の区別が困難だと感じます。先行研究から、自分と同じ人種や年齢の顔の区別は容易な一方、自分とかけ離れた赤ちゃんや子どもの顔の区別は比較的難しいことがわかっています。これは、日常生活の中でどのような顔をよく見ているかに関わっています。日常最も目にする機会が多い自分と同じ集団の顔(大人の顔)を正確かつ効率的に区別できるように顔を見る能力が生活環境に適応して特化するため、目にする機会の少ない見慣れない顔(赤ちゃんや子どもの顔)の区別が困難になるのです。西欧文化圏の赤ちゃんを対象とした研究で、幼い赤ちゃんはどんな顔でも等しく区別できる一方で、生後9ヶ月頃になると成人と同じように、見慣れない顔を区別する能力は失われ、見慣れた顔の区別(大人の顔)に特化することが報告されました。しかし、この能力の脳内メカニズムは明らかではありませんでした。
  そこで私たちの研究では近赤外分光法(Near-infrared Spectroscopy; NIRS)※1を使用して、生後9ヶ月の赤ちゃんが「大人の女性の顔」と「赤ちゃんの顔」を観察している際の、後側頭領域の活動を調べました。赤ちゃんの脳のこの領域は、顔に対して特に強く反応することがわかっています。
  計測の前に、日本人の生後3ヶ月児と9ヶ月児の「大人の女性の顔」と「赤ちゃんの顔」の区別を、注視行動から調べました。その結果、生後3ヶ月児は「大人の顔」と「赤ちゃんの顔」のどちらも区別できましたが、生後9ヶ月児では成人と同じように「大人の顔」は区別できるものの、「赤ちゃんの顔」の区別は困難であることがわかりました。
次に、生後9ヶ月の赤ちゃんが「大人の女性の顔」と「赤ちゃんの顔」を観察している際の脳活動を、近赤外分光法(NIRS)を用いて調べました。計測の結果、右半球の後側頭領域では 「大人の顔」に対して脳活動が上昇しましたが、「赤ちゃんの顔」では脳活動の上昇はみられませんでした。一方、左半球では、どちらの顔に対しても活動が上昇しないことが分かりまし た。
  このことから、赤ちゃんの顔を見る能力が生育環境の中で目にする機会の多い顔に特化する背景には、顔を見る際に重要とされる脳の右半球の処理が関わっていると考えられます。

  文部科学省「革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM)」、内閣府革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)、日本学術振興会科学研究費補助金 基盤研究(B)(26285167)、研究活動スタート支援(16H07424)、および特別研究員奨励費(25・5738)の補助を受けて行われました。

※1 近赤外分光法(Near-infrared Spectroscopy; NIRS):生体細胞を透過しやすい近赤外光(波長700nm~1300nm)を用いた非侵襲性の脳機能イメージング法です。この方法では、外部から頭部に弱い近赤外レーザー光を照射し、大脳皮質の表面で反射を繰り返した後、頭皮上に戻ってきた光量を分析することで、脳皮質表面部位の酸素化ヘモグロビン、脱酸素化ヘモグロビン、総ヘモグロビンの相対的な変化を計測します。

今回の発見

  1. 生後3ヶ月児は赤ちゃんの顔も大人の顔も区別できる一方で、生後9ヶ月児は見慣れた大人の顔の区別に特化するのは、文化圏を超えた普遍的な現象である可能性を示しました。
  2. 生後9ヶ月児の右半球は、大人の顔を観察している時にのみ活動し、赤ちゃんの顔に対しては活動しないことが明らかになりました。
  3. 目にする機会の多い大人の顔への区別の特化には、脳の右半球が関与していることを明らかにしました。

図1 大人の顔と赤ちゃんの顔を見ている時の脳活動

161205kobayasi_press1.jpg近赤外分光法(NIRS)では、酸素化ヘモグロビン(oxy-Hb)・脱酸素化ヘモグロビン(deoxy-Hb)・総ヘモグロビン(total-Hb)の値を計測することができます。脳が活発に活動すると酸素が必要になるため、血液中の酸素化ヘモグロビン(oxy-Hb)が増加して酸素を供給します。このことから私たちの研究では、酸素化ヘモグロビン(oxy-Hb)の値に注目しました。研究の結果、生後9ヶ月児の右半球の後側頭領域は、大人の顔を見た時のみoxy-Hbの値が上昇することがわかりました。左半球の後側頭領域では、大人の顔と赤ちゃんの顔のどちらを観察しても、oxy-Hbの値は上昇しませんでした。

図2 大人の顔を観察している際に、脳の右半球が活動(研究成果のイメージ図)

161205kobayasi_pres-2.jpg生後9ヶ月児の右半球の後側頭領域は、大人の顔を見ている時に活動し、赤ちゃんの顔を見ているときには活動しませんでした。顔を見るために重要だと言われている右半球の後側頭領域が、見慣れた大人の顔を見る能力の特化に関わっていると考えられます。

この研究の社会的意義

赤ちゃんの顔を見る能力が生育環境の中で見慣れた「大人の顔」に特化する背景に、脳の右半球が関与していることを明らかにしました。これは、赤ちゃんの顔を見る能力が、生後9ヶ月ごろまでに成人と同じように環境に適応することを表しています。今回の研究成果は、成人のもつ正確かつ効率的に顔を見る能力がどのように獲得されていくのかの解明につながることが期待されます。

論文情報

Perceptual narrowing towards adult faces is a cross-cultural phenomenon in infancy: A behavioral and near-infrared spectroscopy study with Japanese infants.  
Megumi Kobayashi, Viola Macchi Cassia, So Kanazawa, Masami K Yamaguchi & Ryusuke Kakigi.
Developmental Science.   2016年 12月 6日 オンライン速報板

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 統合生理研究部門
教授 柿木 隆介 (カキギ リュウスケ)
研究員 小林 恵 (コバヤシ メグミ)

中央大学 文学部
教授 山口真美 (ヤマグチ マサミ)

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室

 

 

リリース元

自然科学研究機構 生理学研究所 
中央大学 


 

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