今回、自然科学研究機構 生理学研究所の清水健史助教、池中一裕教授、慶應義塾大学医学部の田中謙二准教授、新潟大学脳研究所の﨑村建司教授らの共同研究グループは、地球の重力や、生体の運動に伴う進展・圧縮刺激など、我々地球上のすべての生物に対し日常的に影響を与える機械刺激(メカニカルストレス)に着目。メカニカルストレスが脳内のグリア細胞の一種であるオリゴデンドロサイトにどのような影響を与えるかを詳細に調べました。結果、オリゴデンドロサイトがメカニカルストレスに応答し、YAPとよばれる因子を活性化し、オリゴデンドロサイトの形態と成熟過程を制御していることを解明しました。
本研究結果は、日本時間2016年11月3日にGLIA誌のHPに英文原著論文が掲載されました。
地球上のすべての生物は重力の影響を受けています。また生物は日常生活の中で運動に伴う進展・圧縮刺激などの物理的な力の影響を常に受容しています。このメカニカルストレスは、心臓や血管、呼吸器、骨、骨格筋および他の組織の機能にさまざまな影響を与えていると考えられています。また、一つの受精卵から成体が形成される発生期には、細胞同士の接着や細胞の伸展による力が細胞内で発生しているので、生体の恒常性の維持や個体発生に関わるファクターとして、メカニカルストレスは非常に重要な役割を果たしていると考えられます。
脳内では、情報の伝達を行う神経細胞の他に、神経細胞をサポートする働きを持つグリア細胞用語説明1が存在します。中でもグリア細胞の一種であるオリゴデンドロサイト用語説明2は、神経細胞の突起の周りに、髄鞘用語説明3と呼ばれる特殊な構造物を形成することが知られています。そしてオリゴデンドロサイトは髄鞘形成に伴い、自分の形を多様に変化させますが、自分がどのような形に変化するかは、髄鞘を形成する相手の神経の軸索との間に行われるコミュニケーションが重要であることが分かっています。このオリゴデンドロサイトの形態の制御のメカニズムは、これまでは主に化学的な分子を介したものであると考えられてきましたが、近年メカニカルストレスの存在が強く影響している可能性があることが分かってきました。
今回、清水助教、池中教授らの研究グループは、細胞が受けたメカニカルストレスを細胞内への特殊な信号として変換し、それを伝える担い手の因子の一つ、YAP用語説明4と呼ばれるタンパク質に着目。細胞に機械的刺激を加える実験や、YAP因子用語説明4の活性を操作できる遺伝子改変マウスを新たに作製し、解析しました。結果、メカニカルストレスを受けたYAP因子が、オリゴデンドロサイトの形や成熟の度合いを制御していることが明らかになりました。
今回の研究結果から、オリゴデンドロサイトが髄鞘を形成するには、従来から知られていた化学的な因子だけでなく、メカニカルストレスが強く影響を与えていることが分かりました。今回の発見は、髄鞘に異常が認められる多発性硬化症用語説明5など、さまざまな疾患の治療や原因究明に役立つと考えます。
本研究は文部科学省の科学研究費補助金・新学術領域研究「グリアアセンブリによる脳機能発現の制御と病態」(領域代表:池中一裕教授)及び、包括型脳科学研究推進支援ネットワーク:﨑村建司教授による支援を受けて行われました。
ストレッチマシンを用いて細胞に伸展刺激を加えたオリゴデンドロサイト。刺激によってYAP因子(緑色)が細胞核(青色)へ移行し(図1A)、その後、標的遺伝子の発現が促進されます。遺伝子操作によってYAPを過剰に発現させたマウスでは、オリゴデンドロサイト内のYAPタンパク質が核へ集積しています(図1B)。すなわち、YAPを介した機械刺激の活性化を、生体内のオリゴデンドロサイトで再現することができるモデルマウスの作製に成功しました。YAP過剰発現マウスの脳では、成熟オリゴデンドロサイトの数が減少しました(図1C)。
神経回路が形成される過程では、神経軸索の動きによるメカニカルストレスを受け、オリゴデンドロサイト内のYAP因子が活性化されます。結果、髄鞘の形成が阻害されます。一旦、神経ネットワークが形成されるとマウスではオリゴデンドロサイトが受けるメカニカルストレスの影響は少なくなると考えられます。結果、YAP因子が不活性化され、髄鞘の形成が始まります。
一方、YAP因子が過剰に発現するよう遺伝子操作されたマウスでは、神経ネットワークが形成された後もYAP因子が細胞の核の中に集積され続けることからYAPの活性化が持続し、結果として髄鞘の形成が阻害されます。
神経軸索に髄鞘が形成されるタイミングは極めて重要です。神経回路が出来上がる前に髄鞘が形成されると正しい回路構造が出来上がりませんし、遅すぎても学習などに影響がでます。そのため髄鞘形成は、脳機能が確立するにあたり大きな影響を及ぼしていると言えます。つまり、髄鞘を形成する作用機序を理解することは極めて重要です。今回の研究では脳のグリア細胞もYAPというタンパク質を介してメカニカルストレスによる影響を顕著に受けていることが分かりました。本研究は、髄鞘の異常が原因であるさまざまな病気の原因究明と、治療法の開発に大いに役立つと考えられます。
YAP functions as a mechanotransducer in oligodendrocyte morphogenesis and maturation
Shimizu T, Osanai Y, Tanaka KF, Abe M, Natsume R, Sakimura K, Ikenaka K
GLIA 2016年11月3日オンライン版掲載
<研究について>
大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 生理学研究所
分子神経生理研究部門 助教 清水 健史(シミズ タケシ)
<広報に関すること>
大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 生理学研究所
研究力強化戦略室
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室
慶應義塾大学医学部
新潟大学 脳研究所