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神経細胞シナプスの機能を光でコントロールすることに成功
―新規開発の光応答性ペプチドによるシナプス分子活性の制御―

プレスリリース 2017年3月17日

内容

今回、自然科学研究機構 生理学研究所の村越秀治准教授らのグループは、マックスプランクフロリダ研究所の安田涼平所長らのグループと共同で、光を照射することによって神経細胞同士の結合部位である「シナプス」の活動を操作することが可能な、「光応答性シグナル分子阻害ペプチド用語1」を世界で初めて開発しました。開発したペプチドは神経細胞などの特定の細胞で作用させることができることに加え、光照射を行っている間のみ「CaMKII用語2」と呼ばれる細胞内タンパク質の活性を阻害することができます。つまり、光照射のオン・オフに対応してタンパク質の活性を可逆的に阻害することができます。そのため、従来より用いられてきたタンパク質阻害薬と比較して、副作用を大きく減らすことができます。本研究では、この光応答性分子を用いて、記憶形成に必要と考えられているシナプス可塑性用語3の制御メカニズムの一端を明らかにすると共に、生きた動物にも応用が可能であることを示しました。本研究結果は、Neuron誌(2017年3月16日電子版 米国時間)に掲載されました。

  神経細胞同士の結合部位をシナプスと呼びます。近年、シナプスの大きさやシナプス内部の分子の状態が変化することによって、グルタミン酸をはじめとした様々な神経伝達物質への反応を変化させていることが分かってきました。また、このようなシナプスの変化が、記憶や学習と深い関係があることが、近年、さまざまな顕微鏡を用いることによって分かってきていました。しかしながら、その詳しい分子メカニズムについては、未だ多くの不明な点が残されています。
  今回、村越准教授らの研究グループは、神経細胞の中に存在する全てのタンパク量の中で数パーセントを占める「CaMKII」と呼ばれるタンパク質に着目しました。この分子がシナプス内でどのような働きがあるのか、その詳しい機能を調べるため、光を照射することで1マイクロメートル(1000分の1ミリメートル)という非常に小さな単位で操作することが可能であり、かつ秒単位でタンパク質の活性を操作することが可能な、「青色光応答性CaMKII阻害ペプチド」を遺伝子工学的に開発しました(図1)。この光応答性阻害ペプチドを培養した神経細胞に導入し、2光子励起蛍光顕微鏡用語4という特殊な顕微鏡を使ってシナプスを刺激しました。
  実験の結果、グルタミン酸という物質によってCaMKII を短時間で活性することが、シナプスの機能の中でも、特にシナプスが可塑的変化する上で必須であることがわかりました(図2)。シナプスの可塑的変化は、記憶を形成する上で重要な機構であると考えられていることから、CaMKIIを短時間で活性化することが、記憶にとって必須な条件であることが予想されます。
  そこで研究グループは、光応答性阻害ペプチドを導入した生きたマウスに対し、受動的回避テスト用語5という方法を使ってマウスの記憶トレーニングを行いました。つまり、CaMKIIの活性を光照射によって操作した際、マウスの記憶がどう変化するのかを詳細に観察したのです(図3)。
  結果、記憶トレーニング中からテスト本番までずっと光照射によってCaMKIIの活性を阻害したマウスは、「暗い部屋に入ると嫌な思いをする」という事象を記憶することができなくなりました。一方、記憶トレーニングを行った後から光照射を行った動物では、「暗い部屋に入ると嫌な思いをする」という記憶は阻害されませんでした。これらの結果からCaMKIIの活性は、記憶が形成される瞬間に必須であることが分かりました。またこの実験によって、今回新しく開発した光応答性阻害ペプチドは、生きたマウスで実際に使うことができたことから、他の動物に対しても、生きたままの応用が可能であることが示されました。
  村越准教授は「今回の研究では、光応答性に改変した細胞内分子阻害ペプチドを用いることで、分子・細胞の機能を特定の場所で可逆的に阻害することに成功しました。本研究で開発した分子デザインは細胞内に存在する様々なタンパク質に対する阻害ペプチドに応用が可能であるため、将来の光医療開発に繋がる画期的な成果であると考えられます」と話しています。

  本研究は文部科学省科学研究費補助金、および戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)、National Institutes of Health(RO1)、中島記念国際交流財団、上原記念生命科学財団、光科学技術研究振興財団、ブレインサイエンス振興財団、持田記念医学薬学振興財団、山田科学振興財団、三菱財団の補助を受けて行われました。

用語説明

用語1:光応答性シグナル分子阻害ペプチド
ペプチドとは、数十個程度のアミノ酸がつながってできた分子の系統群を言います。この光応答性シグナル分子阻害ペプチドとは、その中でも13個のアミノ酸からなるCaMKIIの阻害ペプチドに、植物のタンパク質であるPhototropin1のLOV2ドメインを遺伝子工学的に融合したものです。

用語2:CaMKII
12量体からなる神経細胞内の情報伝達タンパク質でシナプスへのカルシウムイオン流入によって活性化する。活性化したCaMKIIは他の様々なタンパク質をリン酸化によって活性化することによって、シナプス内の分子状態や構成分子を大きく変化させると考えられている。

用語3:シナプス可塑性
神経細胞の活動状態などによって、シナプスの大きさや構成分子が変化することをシナプス可塑性と呼ぶ。シナプスの可塑的な変化の結果、神経細胞同士の電気信号の伝達効率が変化する。

用語4:2光子励起蛍光顕微鏡
組織内での散乱が少ない長波長のレーザーを用いて、2つの光子をほぼ同時に細胞内の蛍光分子に当てると、蛍光を放出させることができる(2光子励起現象)。2光子励起は非常に狭い領域(1 マイクロメートル程度)でしか起こらないため、焦点面以外からの蛍光が殆どなくなるので解像度が上がる。実際には、励起レーザーの焦点を走査し、各点での蛍光強度を用いてコンピューターで構築することにより、3次元の画像を得る。

用語5:受動的回避テスト
マウスに明るい部屋と暗い部屋を繋げた空間を用意します。マウスは暗い場所を好むため自ら進んで暗い部屋に入ろうとしますが、暗い部屋に入ろうとしたとき、電気でマウスが嫌がる刺激をわずかに与えます。暗い部屋に入ると嫌な思いをする、という経験を繰り返し学習することで、マウスは暗い部屋に入ると嫌な思いをする、ということを記憶します。実験では、このトレーニングを行ったマウスを再び明るい部屋と暗い部屋をつなげた空間に入れた時、嫌な思いをした暗い部屋にマウスが入るまでの時間の長さを計測することで、マウスが「嫌な記憶」をどの程度記憶しているかを判別します。

今回の発見

  1. 遺伝子コードされた光応答性CaMKII阻害ペプチドの開発に成功。
  2. シナプスの可塑的変化には一過的なCaMKIIの活性化が重要。
  3. 個体動物(マウス)の記憶形成にも一過的なCaMKIIの活性化が重要であり、長期的な活性化は必要ない。

図1 新規開発した光応答性CaMKII阻害ペプチド

20170317Murakoshi_1.jpg青色光受容タンパク質であるPhototropin1のLOV2領域にCaMKIIの阻害ペプチドを遺伝子工学的に融合した。細胞種特異的なプロモーターと組み合わせることで様々な細胞種特異的に導入することができる。

図2 光照射でCaMKII活性を阻害するとシナプスの機能が大きく抑制される

20170317Murakoshi_2.jpg
図2A:光応答性ペプチドと緑色蛍光タンパク質(GFP)を遺伝子銃で導入。2光子励起蛍光顕微鏡でGFPを導入した神経細胞を観察しながら、シナプスにグルタミン酸局所刺激を与える。青色光照射を行っている部分では光応答性ペプチドが活性化し、CaMKIIの酵素活性を阻害する。
図2B:グルタミン酸刺激によってシナプス(スパイン)の体積が増大し、グルタミン酸受容体などの各種分子が多く集まってくる(シナプスの可塑的変化)。
図2C:青色照射を行いながらグルタミン酸刺激をするとシナプスの体積変化は大きく抑制され、シナプス機能が阻害される。

図3 光照射でマウスの記憶形成を阻害する

20170317Murakoshi_3.jpg図3A:光応答性阻害ペプチドをアデノ随伴ウイルスによってマウスの扁桃体神経細胞に導入する。また、青色レーザーを光ファイバーで扁桃体に照射する。受動的回避テストによって、記憶形成が光照射(CaMKII活性)に依存するかどうかを調べる。
図3B:トレーニング前からテスト時まで光照射を行ったマウス群(青プロット)では12匹中9匹が200秒以内に暗室に入った。この結果から、このマウス群は暗室に入ると電気ショックがくることを覚えていないと考えられる。一方で、トレーニング後から光照射を行ったマウス群(赤プロット)では200秒以内に暗室に入ったものは15匹中3匹で、計測時間中(600秒)一度も暗室に入らなかったものが9匹もいた。これらの結果からトレーニング時のCaMKII活性が記憶形成に重要であると考えられた。

この研究の社会的意義

本研究では、光照射によって細胞内分子の活性を制御することが可能な光応答ペプチドの開発に成功しました。さらにこのペプチドを用いて、シナプスの機能形成メカニズムの一端を明らかにすると共に、個体動物の記憶形成の光制御にも成功しました。これらの結果は、分子機能や細胞機能を生体内の特定の場所でコントロールできることを示しており、将来の光医療開発の指針となる画期的な成果であると考えられます。

論文情報

Kinetics of endogenous CaMKII required for synaptic plasticity revealed by optogenetic kinase inhibitor.  
Hideji Murakoshi, Myung Eun Shin, Paula Parra-Bueno, Erzsebet M. Szatmari, Akihiro C. E. Shibata, Ryohei Yasuda.
Neuron.   2017年 3月16日電子版

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 脳機能計測・支援センター
准教授 村越 秀治 (ムラコシ ヒデジ)

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室

 

 

リリース元

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自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室

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