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お知らせ

動物プランクトンの脳ではたらく、紫外線センサータンパク質

プレスリリース 2017年6月21日
 
 
 下記のように、分子科学研究所の塚本寿夫助教、古谷祐詞准教授らによる研究成果についてプレスリリースが行われました。本研究は、生理学研究所・共同利用研究の一つとして行われ、神経機能素子研究部門の陳以珊特任助教と久保義弘教授は、in vitro 発現系を用いた電気生理学的解析の立案と実施の支援を行いました。

概要

 自然科学研究機構分子科学研究所生命・錯体分子科学研究領域の塚本寿夫助教と古谷祐詞准教授は、生理学研究所の久保義弘教授・陳以珊特任助教との共同研究により、動物プランクトンのモデル生物として研究されている、ゴカイ幼生の脳にある光センサータンパク質が紫外線を感知することを明らかにしました。動物プランクトンは、紫外線ダメージ(と捕食者)を避けるために、昼間は深層で活動し夜間に水面近くに移動する大規模日周行動(日周鉛直移動と呼ばれる)を示しますが、紫外光を感知するメカニズムは不明でした。今回の成果によって、動物プランクトンの生態が光によって制御されるメカニズムの理解が進み、プランクトン食性のイワシやサンマなどの生育などに貢献することが期待できます。

本成果は、2017年6月16日付でAmerican Society for Biochemistry and Molecular Biology発行のJournal of Biological Chemistry誌オンライン版に発表されました。

研究の背景

 動物プランクトンの多くは同期して、昼間は深層で活動し夜間に水面近くに浮上して捕食する、日周鉛直移動という大規模日周行動を示します。日周鉛直移動は、ヒトの通勤行動に匹敵する、地球上で最大規模のバイオマスが日周期で移動する現象であると考えられています。動物プランクトンがこの日周行動を起こす原因としては、魚などの捕食者から逃れることに加えて、太陽からの紫外線ダメージを避けることがあります。しかし動物プランクトンが、どのように外界の紫外光を感知して日周行動を制御するのかわかっていませんでした。
 以前の研究から、動物プランクトンのモデル生物として研究されているイソツルヒゲゴカイ(学名Platynereis dumerilii, 以下ゴカイと略記)の幼生は、脳内にオプシンという光センサータンパク質が発現する光受容細胞を持つことが知られています(図1A)。また、この脳内光受容細胞は、ホルモン合成を通じて、日周期の遊泳行動を制御することも報告されています。しかし、この脳内光受容機能を担うオプシンが、どの波長(色)の光を感知するのかはわかっていませんでした。


 

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図1 A, ゴカイ幼生の脳内に存在するオプシンの模式図。このオプシンは、曲がったかたちの11シスレチナールと伸びたかたちの全トランスレチナールの両方を結合できる。 B, 11シスレチナールを結合した脳内オプシンタンパク質の吸収スペクトル。縦軸の値が大きいほど、その波長の光を効率よく吸収する。つまり、このオプシンは、383-nmの紫外光を最も効率よく受容する。 C, このオプシンを発現したアフリカツメガエル卵母細胞の光応答。紫外光をあてると、電気応答を生じる

研究の成果

 まず、哺乳培養細胞に大量発現させたゴカイ幼生の脳内オプシンのタンパク質を精製して、どの波長の光を吸収するかを調べた結果、このオプシンが紫外光を特異的に吸収することを見出しました(図1B)。さらに、この脳内オプシンを発現させたアフリカツメガエル卵母細胞に、紫外光を当てると、電気応答を示しました(図1C)。つまり、このオプシンは、外界の紫外光シグナルを細胞内に伝える機能を持っていることがわかりました。ゴカイ幼生の脳内光受容細胞は遊泳行動を制御するので、このオプシンを介して紫外光シグナルが入力されることが、日周鉛直移動の制御に関わることが強く示唆されました。
オプシンは、光を受容するためにビタミンAの誘導体であるレチナールという分子を結合する必要があります。私たちの眼に存在し視覚を担うオプシンは、11シス型という曲がったかたちのレチナール(図1A)しか結合できません。しかし、ゴカイ幼生の脳内オプシンは全トランス型という伸びたかたちのレチナールも結合できました(図1A)。眼の中には、11シス型のレチナールを作り出すための特殊な酵素群が存在しますが、そのようなシステムは脳にはない、とされています。つまり、全トランス型レチナールを結合できる能力は、脳で光を受容するために必要だと考えられます。
 次に、ゴカイ幼生の脳内オプシンが、どのようにして紫外線を感知できるようになっているのかを明らかにするため、このオプシンのアミノ酸配列を改変する実験を行いました。その結果、レチナールが結合する部位近くの、一つのアミノ酸残基をリジンから他のアミノ酸に変えた変異体は、紫外光ではなく可視光を感知するようになりました(図2, B and C)。つまり、このリジン残基が紫外光受容に必須であることになります。さらに興味深いことに、このリジン残基を他のアミノ酸に変えると、全トランス型レチナールを結合できなくなりました(図2A)。すなわち進化の過程で、オプシンがこの位置のリジン残基を獲得することで、紫外光を受容することと、全トランス型レチナールを結合できるようになり、ゴカイ幼生が、脳で紫外線を感知できるようになったと考えられました。
 

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図2 A, ゴカイ脳内オプシンのリジン変異体の特性。リジン残基に変異を導入すると、全トランスレチナールを結合できなくなる。 B, 11シスレチナールを結合したリジン変異体の吸収スペクトル。この変異体は、491-nmの可視光を最も効率よく吸収する。 C, このオプシンを発現したアフリカツメガエル卵母細胞の光応答。もとのオプシンとは異なり、可視光によって電気応答を生じる。

今後の展開

 動物プランクトンは、日周鉛直移動を示すとともに、イワシやサンマなどの魚の餌にもなっています。すなわち動物プランクトンの日周行動が制御されるメカニズムを明らかにすることは、海や湖の生態系を理解するために重要です。また、多くの動物プランクトンが紫外光を避けて活動する水域は中深層 (mesopelagic)と呼ばれ、次世代の漁業ターゲットとなっており、日本をはじめ、WHO・アメリカ・ノルウェーなどが生態調査を行っています。
 今回の成果から、ゴカイ幼生の脳内光受容細胞において、オプシンが紫外光を感知することによって、日周期の遊泳行動ひいては日周鉛直移動が制御されるモデル(図3)が想定されます。このモデルは、日周鉛直移動を駆動する要因である、紫外線ダメージの回避がどのようになされているのかを理解する端緒になると考えられ、ゴカイ幼生以外の動物プランクトンでも、同様の紫外光感知メカニズムがはたらいているのか注目されます。今後は、紫外光受容機能に注目して、動物プランクトンの日周行動の制御メカニズムの理解を進めることで、プランクトン食生の魚介類の生育管理手法の開発などにつながることが期待されます。

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図3 オプシンを介した、ゴカイ幼生における脳内紫外光受容モデル

用語解説 

1. 動物プランクトン

水生の小型無脊椎動物。環形動物(ゴカイなど)、節足動物(ミジンコなど)、軟体動物(アサリなど)、刺胞動物(クラゲなど)といった多様な動物種からなる。ゴカイの場合は、幼生がプランクトンとして活動するが、ミジンコは生涯プランクトンとして生きる。

2. 紫外線、紫外光

波長が400 nm以下の光で、UVと略される。ヒトの眼には見えないが、鳥や昆虫の中には見ることができるものがある。可視光よりもエネルギーが大きいため、生物に日焼けなどのダメージを与えやすい。

3. 日周鉛直移動

動物プランクトンや一部の魚類が示す、昼間は深層で活動し、夜間に水面近くに(捕食のために)浮上する日周期の移動行動。

4. オプシン

動物が持つ光受容タンパク質。例えば、ヒトの眼には異なる色を受容するオプシンが存在することで、色覚が成り立っている。


5. 中深層 (mesopelagic)

水深200 ~ 1000 m付近の水域。現在の漁業は、水深200 m以下の表層を主なターゲットとしている。

 

論文情報 

 
掲載誌:Journal of Biological Chemistry
論文タイトル:A ciliary opsin in the brain of a marine annelid zooplankton is UV-sensitive and the sensitivity is tuned by a single amino acid residue
 海生環形動物の動物プランクトンの脳にある繊毛型オプシンは紫外光感受性を示し、
 その感受性は一つのアミノ酸残基によって調節されている
 doi: 10.1074/jbc.M117.793539
  著者:Hisao Tsukamoto, I-Shan Chen, Yoshihiro Kubo, and Yuji Furutani
  オンライン掲載日:2017年6月16日

研究グループ

本研究は、分子科学研究所・生命・錯体分子科学研究領域・古谷グループと、生理学研究所・神経機能素子研究部門・久保研究室との共同研究により行われました。

研究サポート

本研究は、文部科学省科学研究費補助金・若手研究(B) (#25840122, #17K15109, 研究代表者:塚本寿夫)、若手研究(A) (#26708002, 研究代表者:古谷祐詞)、生理学研究所共同利用研究、上原記念生命科学財団、総合研究大学院大学・学融合研究事業「学融合共同研究」のサポートを受けておこなわれました。また、基礎生物学研究所 生物機能解析センター 生物機能情報分析室の機器を使用しておこなわれました。
 

お問い合わせ先

<研究担当>

塚本 寿夫(つかもと ひさお)
自然科学研究機構 分子科学研究所 生命・錯体分子科学研究領域 助教

<報道担当>

自然科学研究機構 分子科学研究所 広報室
 

リリース元

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大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 分子科学研究所

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