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高血糖時のTRPC6発現増加が心不全発症リスクを軽減
~糖尿病性心不全の予防・治療に期待~

プレスリリース 2017年8月 8日

内容

糖尿病による心機能低下は、冠動脈硬化を伴う虚血性心疾患や高血圧とは独立した心病変として臨床的に注目されています。その原因として、心筋での酸化ストレス障害が示唆されていましたが、その発生機序は不明でした。
今回、生理研心循環シグナル研究部門の西田基宏教授(九州大学教授兼務)と小田紗矢香(総合研究大学院大学・大学院生)の研究グループは、味の素製薬(現 EAファーマ)株式会社、筑波大学、米国国立環境健康科学研究所(NIEHS)との共同研究において、心筋細胞膜で高血糖時に発現増加するCa2+透過型カチオンチャネル(transient receptor potential canonical :TRPC)6チャネルが、心筋細胞での活性酸素の生成を抑制することで心不全発症リスクを軽減することをマウスを用いて明らかにしました。
本研究結果は、英国科学雑誌Nature Publishing Groupが手がけるオンライン科学雑誌であるScientific Reports誌に掲載されます(日本時間8月8日(火)18時オンライン版掲載)。

 生活習慣病のひとつである糖尿病は、近年の急激な患者数増加を受け、ついに世界人口の11人中1人が糖尿病有病者、と推定されるに至っています。米国のフラミンガム研究(米国北部で1961年から行われているマサシューセッツ州フラミンガム町の住民を対象にした循環器疾患のコホート研究)によりますと、糖尿病症例による慢性心不全の発生頻度は、非糖尿病群と比較して男性で2倍、女性で5倍高いことが報告されています。また糖尿病を合併している慢性心不全の頻度は年々増加傾向にあり、1989年では13%程度であったのが、1999年には47%にまで増加していることが報告されています。つまり糖尿病によって直接心筋が障害を起こすだけでなく、心臓へ栄養を供給する血管である冠動脈が異常をきたす冠動脈狭窄など、他の危険因子も合併していると考えられています。これまでの研究では、糖尿病性心筋症が起きる原因として高血糖状態が引き起こす酸化ストレスの関与が報告されていましたが、その詳しいメカニズムは未だよくわからないままでした。
 昨年、西田教授の研究グループは、心筋細胞膜上に存在するTRPC3チャネルがNADPHオキシダーゼ2(Nox2:酸化ストレスの原因となる活性酸素を生成する酵素)と相互作用することで、Nox2タンパク質自体が分解されるのを抑制するとともに、Nox2自体の安定化にも寄与していることを報告しました。さらにTRPC3チャネルは、心筋細胞の物理的伸展刺激(心臓が拍動することによって心筋が伸び縮みすること)によって活性化することから、Nox2からの活性酸素生成を促すことを明らかにしました。そしてこの結果、心臓の線維化(硬化)が誘導される、という心筋梗塞のメカニズムの一端を明らかにしました(図1)。
 今回の研究では、TRPC3チャネルと同じく心筋細胞に存在し、かつよく似た構造・機能を持つTRPC6チャネルというタンパク質に注目しました。TRPCチャネルを欠損させたマウスを用いた解析の結果、TRPC3チャネルとTRPC6チャネルは構造も機能も非常によく似たタンパク質同士であるものの、心不全に対してはそれぞれが異なる役割を担っていることを世界で初めて発見しました。
 まず最初に研究グループは、高血糖状態のマウスの心臓とラットの心筋細胞ではTRPC6チャネルタンパク質の量が増加していることを見つけ、この増加したTRPC6チャネルが、TRPC3チャネルとNox2が相互作用をしないよう阻害していることを明らかにしました。つまりTRPC6チャネルは、活性酸素の生成を抑制し、心臓を保護するよう働いているということを意味しています。
加えてインスリン分泌機能を止める薬剤で「野生型マウス(正常マウス)」と「TRPC3チャネルが欠損したマウス」、「TRPC6チャネルが欠損したマウス」といった3種類のマウスをそれぞれ高血糖状態にしたところ、TRPC6チャネルを欠損したマウスのみが生存率や心機能の低下をきたし、酸化ストレスが顕著に増加しました(図2)。高血糖状態になった野生型マウスの心臓やラット胎児の心筋細胞ではTRPC6チャネルの発現量が増加し、Nox2の発現量は低下していました。
 さらにTRPC3チャネル、TRPC6チャネル、Nox2のそれぞれを過剰に発現させた細胞を用いた実験の結果、TRPC6チャネルはTRPC3チャネルと複合体を形成することでTRPC3とNox2が複合体を形成するのを抑制し、結果的にNox2の発現量を低下させていることが明らかになりました。つまり高血糖状態の心筋でTRPC6チャネルが増加することは、結果として心筋の酸化ストレスを軽減し、心臓を保護する役割につながっていることを示唆しています(図3)。

 本研究は国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)・戦略的創造研究推進事業(さきがけ)の研究領域「疾患における代謝産物の解析および代謝制御に基づく革新的医療基盤技術の創出」における研究開発課題「硫黄循環・代謝を基軸とした生体レドックス恒常性制御基盤の構築」(代表:西田 基宏教授)の一環で行われたと共に、日本学術振興会の科学研究費補助金、文部科学省の新学術領域「酸素生物学」の研究助成による支援を受けて行われました。

この研究の社会的意義

糖尿病性心不全は突然死リスクの高い糖尿病合併症の一つであり、その予防・治療法の開発は極めて重要です。高血糖負荷により心臓でTRPC6タンパク質が適切に発現増加できる機構を明らかにし、これを維持あるいは促進する方法を開発することで、糖尿病性心不全の発症リスクを軽減することが期待されます。

今回の発見

  1. TRPC6欠損マウスは血行力学的負荷による心臓の線維化を抑制するにもかかわらず、心臓での酸化ストレスと炎症を増大させ、TRPC3欠損マウスのように心機能低下を改善しないことを新たに発見しました。
  2.  血液中のglutathione peroxidase 3 (GPx3)の酸化修飾が、心臓の酸化ストレスおよび線維化の重症度を反映するマーカーとなることを発見しました。また、この技術を用いて、TRPC6が心臓の酸化ストレスを抑制しない(酸化ストレスと線維化重症度が独立した現象である)ことも明らかにしました。
  3.  TRPC6欠損マウスが薬剤誘発性高血糖負荷に対して脆弱性を示す(突然死や心不全を誘発しやすくなる)ことを明らかにしました。
  4. 高血糖負荷によりマウスやラットの心筋細胞ではTRPC6タンパク量が増加し、TRPC6がTRPC3と複合体を形成することでTRPC3-Nox2タンパク複合体形成を阻害し、結果的にNox2の発現量を低下することを明らかにしました。

図1 (昨年度の研究成果)圧負荷心臓におけるTRPC3-Nox2タンパク質複合体形成を介したコラーゲン産生増加(心臓の硬化)

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高血圧や大動脈狭窄による血行力学的な圧負荷を心臓が慢性的に受け続けると、心筋は肥大するものの心臓組織全体的に硬くなるため、十分な拡張ができなくなり、やがて機能不全に至ります。心臓が硬くなる原因にはコラーゲン線維の蓄積が知られています。心筋細胞や心線維芽細胞膜を引っ張り続けると、TRPC3チャネルタンパク質と活性酸素の生成酵素であるNADPHオキシダーゼ(Nox2)が結合し、細胞膜上に安定して発現するようになります。そして、TRPC3を介して細胞外から流入するCa2+がNox2の活性化を促し、酸化ストレスの原因となる活性酸素(親電子物質)の生成を誘導し、結果的にコラーゲン産生を増加することを明らかにしました(Kitajima & Tomita T et al., Sci. Rep. 2016参照)。

図2 糖尿病性心不全発症におけるTRPC6の関与。

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インスリンの分泌を阻害する薬剤(ストレプトゾトシン)によって高血糖状態にした「TRPC6チャネルを欠損させたマウス」では、野生型マウス(WT)やTRPC3欠損マウスと比べて突然死する個体が増加します。また死亡せずに生存できたとしても、心臓の中でも特に全身へ血液を送るポンプの役割をしている左心室の筋力(LVdP/dtmax値)が衰え、顕著な収縮力の低下をきたしました。また、マウス心臓を高血糖状態にすることでTRPC6チャネルの発現量が増加する一方、活性酸素生成酵素(Nox2)の発現量は低下することも明らかになりました。
 

図3 TRPC6タンパク質によるTRPC3-Nox2タンパク複合体の抑制と糖尿病性心不全発症リスクとの関係

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高血糖負荷により心臓で適切にTRPC6発現量を増加させることがTRPC3-Nox2複合体形成による酸化ストレス発生を抑制し、糖尿病性心不全発症のリスク低下につながる可能性が示されました。

論文情報

Oda S., Numaga-Tomita T., Kitajima N., Toyama T., Harada E., Shimauchi T., Nishimura A., Ishikawa T., Kumagai Y., Birnbaumer L. and Nishida M., "TRPC6 counteracts TRPC3-Nox2 protein complex leading to attenuation of hyperglycemia-induced heart failure in mice" Scientific Reports. (in press)

お問い合わせ先

<研究について>
大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 生理学研究所
心循環シグナル研究部門
大学法人 九州大学 大学院薬学研究院 創薬育薬研究施設統括室(併任)
教授 西田 基宏(ニシダ モトヒロ)

<広報に関すること>
大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 生理学研究所
研究力強化戦略室

国立大学法人 九州大学 広報室

国立大学法人 筑波大学 広報室

リリース元

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