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大脳皮質から大脳基底核へ情報が伝わる様子を、光を使って解明
-『必要な運動を引き起こし、不要な運動を抑制する』しくみ-

プレスリリース 2017年9月29日

内容

大脳基底核は運動をコントロールする役割を果たしており、大脳基底核が不調を来たすとパーキンソン病などにみられるように、重篤な運動の障害が生じます。大脳基底核は大脳皮質の広い領域から運動に関する情報を受け取って情報処理をしていますが、大脳皮質からの情報が、大脳基底核の中でどのように伝達され、運動のコントロールに役立っているのか、よく分かっていませんでした。
今回、自然科学研究機構 生理学研究所の南部篤教授、和歌山県立医科大学の尾崎充宣助教らの研究チームは、光を使って大脳皮質を刺激することにより、大脳皮質から大脳基底核へ情報が伝わる様子を調べました。大脳皮質の特定の領域が大脳基底核に抑制性の情報を送り、目的の運動を引き起こすのに対し、周辺の広い領域が興奮性の情報を送り、不必要な運動にブレーキをかけていることを明らかにしました。
本研究成果は、9月22日に英国オックスフォード大学出版Cerebral Cortex 誌電子版で公開されました。

 研究グループは、まず、液晶プロジェクターと実体顕微鏡を組み合わせて、マウスの脳表面(大脳皮質)の任意の部位に光を照射することが出来る光照射装置を作製しました。大脳皮質にチャネルロドプシンという光感受性の物質を発現している遺伝子改変マウスを用いて、大脳皮質に小さい白色光スポットをグリッド状に順番に照射して照射部位を興奮させ、大脳基底核の出力部である淡蒼球内節の神経細胞の活動を記録しました。大脳皮質の光刺激により、淡蒼球内節の神経細胞は、早い興奮-抑制-遅い興奮という3相性の活動を示します。白色光スポットを大脳皮質の上で移動させることにより、淡蒼球内節の神経細胞に抑制性の活動を生じさせる大脳皮質の領域は非常に小さいのに対して、その周辺の広い大脳皮質領域が同じ淡蒼球内節の神経細胞に早い興奮と遅い興奮を生じさせることがわかりました。これまでの研究により、淡蒼球内節の抑制が運動を誘発し、早い興奮と遅い興奮は運動を抑制することがわかっていました。今回の結果から、大脳皮質の限局した小さい領域が淡蒼球内節の神経細胞に抑制性の情報を送り、目的の運動を引き起こすように働くのに対し、周辺の広い領域はその神経細胞に興奮性の情報を送り、不必要な運動が起こらないようにブレーキをかけていると考えられます。
 南部教授は「大脳皮質に電極を刺して電気刺激を加えるという従来の実験方法では、大脳皮質の様々な場所を順番に刺激するのは困難でしたが、今回、大脳皮質にチャネルロドプシンを発現している遺伝子改変マウスと、新たに作製した光刺激装置を用いることによって、電極を刺すことなく、大脳皮質の任意な場所を任意の順序で興奮させることが可能になりました。これによって『限局した領域からの抑制と広い領域からの興奮』という大脳皮質から大脳基底核への情報の伝わり方の基本原理が明らかになり、『必要な運動を引き起こし、不要な運動を抑制する』という神経基盤となっていることを示すことが出来ました。」と話しています。
 本研究は、文部科学省 科学研究費補助金 基盤研究A、新学術領域研究「非線形発振現象を基盤としたヒューマンネイチャーの理解(オシロロジー)」、「先端モデル動物支援プラットフォーム」、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)「脳神経回路の形成・動作原理の解明と制御技術の創出」研究開発領域における研究開発課題「霊長類の大脳―小脳―基底核ネットワークにおける運動情報処理の分散と統合」(研究開発代表者:星 英司)の分担研究として研究課題名「大脳―小脳―基底核ネットワークの生理機構と病態機構の解明」(研究開発分担者:南部 篤)で行われました。なお、本研究開発領域は、平成27年4月の日本医療研究開発機構の発足に伴い、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)より移管されたものです。

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今回の発見

1. 液晶プロジェクターと実体顕微鏡を組み合わせて、マウスの脳表面(大脳皮質)の任意の部位に光をあてることが出来る光照射装置を作製しました。
2.大脳皮質にチャネルロドプシンという光感受性の物質を発現している遺伝子改変マウスの大脳皮質に、光照射装置を使って小さい白色光スポットを照射し、光照射領域の神経細胞を興奮させることが出来ました。
3. 遺伝子改変マウスの大脳皮質に小さい白色光スポットをグリッド状に順番に照射して照射部位を興奮させ、大脳基底核の出力部である淡蒼球内節の神経細胞の活動を記録しました。大脳皮質への光照射は電気刺激と同様に、淡蒼球内節の神経細胞に早い興奮-抑制-遅い興奮という3相性の活動を生じさせました。
4. 白色光スポットを大脳皮質の上で動かすことにより、淡蒼球内節の神経細胞に抑制性の活動を生じさせる大脳皮質の領域は非常に小さいのに対し、その周辺の広い大脳皮質領域が同じ淡蒼球内節の神経細胞に早い興奮と遅い興奮を生じさせることがわかりました。
5.淡蒼球内節の抑制が運動を誘発し、早い興奮と遅い興奮は運動を抑制することから、大脳皮質の限局した小さい領域が淡蒼球内節の神経細胞に抑制性の情報を送り、目的の運動を引き起こすように働くのに対し、周辺の広い領域はその神経細胞に興奮性の情報を送り、不必要な運動が起こらないようにブレーキをかけていると考えられます。

図1  液晶プロジェクターと実体顕微鏡を組み合わせて作製した光照射装置(左)と、マウス大脳皮質の光照射部位(右)。

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液晶プロジェクター (1) によって投射される白色光は、シャッター (3) を介して実体顕微鏡 (2) に送られ、脳定位固定装置 (4) に固定されたマウスの大脳皮質表面に照射される。遺伝子改変マウスの大脳皮質前方の一次運動野、二次運動野、一次感覚野を含む4 mm x 3 mm の領域において、直径1 mm の光スポットを1 mm 間隔のグリッド状に照射した。

図2 淡蒼球内節の1つの神経細胞に抑制性の影響を与える大脳皮質の領域は小さく限局しているのに対し、その周辺の広い大脳皮質領域は、同じ淡蒼球内節の神経細胞に早い興奮と遅い興奮を生じさせる

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A. 大脳皮質に光感受性物質チャネルロドプシンを発現している遺伝子改変マウスの大脳皮質へ光を照射し、淡蒼球内節神経細胞の活動を記録した例。大脳皮質への光照射に対する神経活動を示すヒストグラムを、4 x 3の光照射スポットの位置に従って配列した(A上)。各スポットへの光照射に対し、淡蒼球内節の神経細胞は、早い興奮、抑制、遅い興奮という3相性の活動、あるいは、早い興奮と抑制、抑制と遅い興奮など、3つの要素のうちの一部を示した。各ヒストグラムから早い興奮、抑制、遅い興奮の大きさを算出し、大脳皮質の光照射スポットに対応する等高線地図を作製したところ、淡蒼球内節の神経細胞に抑制を生じさせる領域は狭いのに対し、早い興奮と遅い興奮を生じさせる領域は、その周辺の広い範囲に及んでいることがわかった(A下)。
B. このような等高線を、多数の神経細胞で加算平均した結果。『限局した領域からの抑制と広い領域からの興奮』という情報入力様式が明確に示されている。

図3 『限局した領域からの抑制と広い領域からの興奮』という大脳皮質から大脳基底核への情報入力様式が、『必要な運動を引き起こし、不要な運動を抑制する』神経基盤となっている。

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淡蒼球内節の1つの神経細胞に抑制性入力を送る大脳皮質の領域は小さく限局しており、周辺の領域は同じ神経細胞に興奮性入力のみを送っている。「抑制」は運動を誘発し、「早い興奮」と「遅い興奮」は運動を抑制することから、『限局した領域からの抑制性入力』は必要な運動を行うために機能し、周辺の別の運動プログラムに関係する『広い領域からの興奮性入力』は、不必要な運動を抑制するために機能すると考えられる。

この研究の社会的意義

大脳基底核は運動をコントロールする役割を果たし、パーキンソン病など大脳基底核の疾患では、重篤な運動の障害が生じることが広く知られています。今回、『限局した領域からの抑制と広い領域からの興奮』という大脳皮質から大脳基底核への情報入力様式が、『必要な運動を引き起こし、不要な運動を抑制する』神経基盤となっていることを示すことが出来ました。これにより、『限局した領域からの抑制』が減少すれば、パーキンソン病にみられるように、運動が引き起こせなくなり、逆に増加すればジストニアなどのように運動が過剰になると考えられます。さらに、『限局した領域からの抑制と広い領域からの興奮』のバランスを正常に戻してやれば、運動が正常化されることが期待できます。これは、パーキンソン病やジストニアなどの治療法につながると考えられます。

 

<語彙の説明>

大脳基底核:大脳の深部にある神経細胞の集団。大脳皮質から信号を受け取り、情報処理を行った後の出力を、視床と呼ばれる脳部位を介して大脳皮質に戻し、大脳皮質の活動を調節することによって運動をコントロールする役割を果たす。大脳基底核に異常が生じると、パーキンソン病、ジストニア、チックなどの様々な運動障害が生じる。

淡蒼球内節:大脳基底核の出力部であり、出力信号を視床に送る役割を果たす。

チャネルロドプシン:光刺激、特に青色光によって、細胞を興奮させる作用がある物質。本来、藻類に発現しているが、遺伝子改変技術を用いることにより実験動物の神経細胞などに発現させることができる。これにより、光照射によってマウスの神経細胞を興奮させることができるようになった。このような技術を光遺伝学と呼ぶ。

論文情報

Optogenetic activation of the sensorimotor cortex reveals “local inhibitory and global excitatory” inputs to the basal ganglia
Mitsunori Ozaki, Hiromi Sano, Shigeki Sato, Mitsuhiro Ogura, Hajime Mushiake, Satomi Chiken, Naoyuki Nakao, Atsushi Nambu
Cerebral Cortex誌、2017年9月22日電子版

お問い合わせ

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 生体システム研究部門
教授 南部 篤 (ナンブ アツシ)

助教 知見 聡美(チケン サトミ)

東北大学大学院医学系研究科 生体システム生理学分野
教授 虫明 元(ムシアケ ハジメ)

和歌山県立医科大学 脳神経外科学講座
助教 尾崎 充宣 (オザキ ミツノリ)


<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室

東北大学大学院医学系研究科・医学部広報室
講師 稲田 仁(イナダ ヒトシ)

和歌山県立医科大学事務局広報室

<AMED事業に関すること>
国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
基盤研究事業部 研究企画課

リリース元

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自然科学研究機構 生理学研究所
国立大学法人 東北大学
公立大学法人 和歌山県立医科大学
国立研究開発法人 日本医療研究開発機構

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