News

お知らせ

カイコの休眠を「先祖返り」させられることを発見!
~ゲノム編集でカイコの休眠がクワコのように~

プレスリリース 2021年4月20日

概要

カイコは長い歴史の中で家畜化され,人為的に繁殖をコントロールしやすいように改良されてきました。その秘密は卵の時期に起こる「休眠」であり,温度条件を人為的に操作して休眠を制御することによって,カイコの繁殖サイクルを調節することが可能です。一方,野生のカイコ(クワコ)は,温度条件ではなく光によって休眠が誘導されることが知られています。同一祖先から生じたはずのカイコとクワコの休眠メカニズムの差は,どのようにして生まれたのでしょうか?国立大学法人信州大学繊維学部の塩見邦博 教授,国立大学法人東京農工大学大学院農学研究院の横山岳 准教授,自然科学研究機構生理学研究所の齋藤茂 助教(生命創成探究センター助教併任)らの研究グループは,ゲノム編集技術などを利用し,カイコがもつ温度センサーをノックアウト (KO) することにより,カイコの休眠が温度から光周期(日長)に依存して決定されるように変化することを発見しました。つまり,カイコは家畜化される過程で日長による制御よりも,温度による休眠制御が優位に立つように改良されてきたことが示唆されるのです。これは,昆虫をはじめとする生物の環境応答機構における分子機構の解明として貴重であるばかりか,カイコが家畜化された過程を探る上で非常に重要な研究成果です。本成果は,4 月 13 日付(イギリス現地時間)で Scientific Reports 電子版に掲載されました。

ポイント

● カイコは卵の時期に休眠*1します。カイコの「コウセツ」と呼ばれる系統では,メスの成虫(母親)が卵の時期に25°Cにさらされると休眠卵を,15°Cにさらされると非休眠卵を産卵します。つまり卵の時期の温度条件によって休眠するかしないかを産み分けています。そして,このような環境温度の人為的な調節による休眠卵と非休眠卵の産み分けは百年以上昔から養蚕業の現場で広く利用されてきました。
● 卵の時期(胚期)に 25°Cを感知する温度センサー (TRPA1*2) が働き,その結果として蛹になると脳からの指令により休眠ホルモン (DH*3) が放出され休眠卵を産卵することが分かっていました。
● 一方,カイコの祖先種として知られるクワコ*4も卵の時期に休眠しますが,母親の胚期の温度条件は休眠性に関係がなく,その幼虫期の光周期(日長)で次世代卵の休眠性が決まります。長日条件なら非休眠卵,短日条件なら休眠卵を産みます。
● 今回,クワコの卵休眠も DH によって誘導されることを明らかにしました。また,クワコの卵の中にも 25℃を感知する温度センサー (TRPA1) が存在することも明らかにしました。
● それではカイコとクワコで休眠を誘導する仕組みはどのように異なっているのでしょうか?それを解明するためにカイコの TRPA1 の KO 系統を作出しました。この系統では,KO していないコウセツのように胚期の温度で休眠性が決まることはなく,クワコのように幼虫期の日長で休眠性が決まることを発見しました。さらに興味深いのは,温度による休眠機構を遮断した場合,祖先種の持つ光による休眠機構が現出し,「先祖返り」する点です。すなわち,家畜化されたカイコでは,温度センサーと休眠機構を結び付ける何らかのメカニズムが隠されており,祖先種であるクワコとは異なる休眠メカニズムを優位に現出させていることが示唆されます。
● 人為的な環境温度の調節は日長の調節より容易にできます。そのためコウセツ系統のような温度で休眠性が決まる系統は,クワコからカイコへの家畜化の人為選抜の過程で養蚕業の現場で広がったのかもしれません。より研究が進めば,飛ぶこともできず,おとなしく,大量に飼育が可能になったカイコの家畜化された過程が分子レベルで明らかになると思われます。

研究の背景と内容

 野外の昆虫の多くは休眠します。クワコ (Bombyx mandarina) は家畜化された昆虫であるカイコ (Bombyx mori) の祖先種と考えられていますが,日本の本州に生息するクワコは休眠卵と非休眠卵を産み分けており,桑のある時期は非休眠卵を,冬が来る前には休眠卵を産卵して,冬は休眠卵で越冬しています。一方,カイコも休眠卵と非休眠卵を産み分ける2化性のカイコ系統がおり,クワコと同じように卵休眠し,休眠卵は胚発生の初期に通常の発育を停止し,低温を経験したのちに覚醒します。
 クワコの休眠性は母蛾(メス成虫)が幼虫期に受けた光周期(日長)によって決定します。例えば,16時間明条件:8時間暗条件 (16L8D) のような長日条件では非休眠卵となり,8L16D のような短日条件では休眠卵が産まれます。しかし,興味深いことに「コウセツ」と呼ばれる 2化性のカイコ系統では,母蛾の胚期の温度により休眠性が決定します。つまり,卵を25℃に保護すれば次世代卵は休眠し,15℃では次世代は非休眠卵となり約 1週間で孵化します。幼虫期の日長は関係がありません。
 カイコ(コウセツ系統)において休眠卵が産まれる仕組みについては研究が進んでいます。胚期に 25℃に保護された場合は, 25℃を感受する温度センサー (BmoTRPA1) が活性化し,その結果として蛹期に DH の血液中への放出が促進され,DH が卵巣にある DH 受容体 (DHR) に作用することにより休眠卵が誘導されます。

 今回私たちは,クワコにもカイコと同じ様な DH と DHR があり,これらによる DH シグナル経路により休眠卵が誘導されることを明らかにしました。また,クワコの母蛾にもカイコと同じ様な温度センサー (BmaTRPA1) が存在し,25℃で活性化されることを明らかにしました。つまり,カイコとクワコでは休眠誘導のキッカケとなる環境情報は異なるわけですが,その仕組みはよく似ているように思えます。
それではカイコとクワコで休眠を誘導するしくみはどのように異なっているのでしょうか?このことを調べるためにゲノム編集技術 (TALEN システム) を利用し,カイコの温度センサーの KO 系統を作出しました。この系統では休眠誘導に関わる胚期での温度受容ができないと考えられますが,その休眠性はクワコと同じ様に幼虫の日長条件により休眠性が決定されることがわかりました。つまり,短日条件で休眠卵,長日条件で非休眠卵が産卵されました。おそらく,コウセツ系統の野生型では温度情報および BmoTRPA1 の活性化シグナルと休眠誘導に関わる何らかの装置に強い繋がりがあるが,KO 系統では,この繋がりが解除され,カイコの祖先種のクワコと同じように幼虫期の光周期依存的な休眠性の決定機構が働いたと推測しています。また,コウセツ系統のような温度に依存して休眠性を決定する系統は,クワコからカイコが家畜化される過程において,人為的に日長管理よりも温度管理が容易なことから家畜化における人為選抜の過程でカイコ集団内に広がったのではないかと推測しています。

 本研究の成果は,4 月 13 日付(UK 現地時間)に Scientific Reports 誌に掲載されました。本論文はオープンアクセスで,自由に閲覧可能です。さらに本研究は,文部科学省科学研究費基盤研究(B) (17H03941) の支援を受けて行われました。
 

図.png

カイコとクワコの休眠性決定のキッカケとなる環境情報の違い

論文

題目:Comparisons in temperature and photoperiodic-dependent diapause induction between domestic and wild mulberry silkworms.
著者:Takeshi Yokoyama, Shigeru Saito, Misato Shimoda, Masakazu Kobayashi, Yoko Takasu, Hideki Sezutsu, Yoshiomi Kato, Makoto Tominaga, Akira Mizoguchi, Kunihiro Shiomi
雑誌:Scientific Reports
DOI:10.1038/s41598-021-87590-4

発表者

横山岳(東京農工大学 大学院農学研究院)
齋藤茂(生理学研究所/生命創成探究センター)
下田みさと(群馬県蚕糸技術センター)
小林正和(信州大学 繊維学部)
高須陽子(農研機構 生物機能利用研究部門)
瀬筒秀樹(農研機構 生物機能利用研究部門)
加藤義臣(国際基督教大学)
富永真琴(生理学研究所/生命創成探究センター)
溝口 明(愛知学院大学 )
塩見邦博(信州大学 繊維学部)

用語解説

*1 休眠
昆虫をはじめとする動物が環境の変化を予知し,能動的に代謝を低下させ,通常の分化・発生を停止する現象。越冬などの不良環境への適応のみならず,集団の発育の斉一化に寄与します。カイコの場合「寝るコ(蚕)はソロウ(揃う)」と言われます。
*2 温度センサー
温度を感受するタンパク質の一種。ヒトから昆虫まで幅広く存在しています。
*3休眠ホルモン
カイコの休眠を誘導するペプチドホルモン。24 アミノ酸残基で構成され食道下神経節の細胞で生産されます。
*4 クワコ
1万年から 5,000 年前の間に家畜化されたカイコの祖先種と考えられています。現在,東アジア,日本列島においても野外や桑畑で多数生息しています。

お問い合わせ先

信州大学繊維学部応用生物科学科
担当 塩見 邦博(しおみ くにひろ)
電話番号:0268-21-5338
E メール:shiomi@shinshu-u.ac.jp
 

リリース元

Clipboard01.jpg

東京農工大.png 

国立大学法人信州大学
国立大学法人東京農工大学
自然科学研究機構 生理学研究所
自然科学研究機構 生命創成探究センター

関連部門

関連研究者