新潟大学脳研究所システム脳病態学分野の中村由香特任助手,上野将紀教授らの研究グループは,自治医科大学/生理学研究所の大野伸彦教授,新潟大学大学院医歯学総合研究科の倉部美起助教,紙谷義孝准教授(研究当時、現・岐阜大学),新潟大学脳研究所の田井中一貴教授,松澤等准教授(研究当時、現・柏葉脳神経外科病院)との共同研究により,脳脊髄液
(注1)の探知に関わると想定されてきた謎の細胞,脳脊髄液接触ニューロン(cerebrospinal fluid-contacting neurons)がもつ神経のネットワークと歩行運動への機能を明らかにしました。
【本研究成果のポイント】
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脳脊髄液接触ニューロンを標識・操作する方法を発見した
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脳脊髄液接触ニューロンの構造と接続様式を見出した
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脳脊髄液接触ニューロンの歩行運動への関与を見出した
Ⅰ.研究の背景
脳脊髄液接触ニューロン(cerebrospinal fluid-contacting neurons ; CSF-cNs) は, 脊髄の中心管に沿って並び,樹状突起を中心管内の脳脊髄液へと伸ばすユニークな神経細胞です(図1A)。今から100年前,この細胞は,ヒトを含め200種を超える脊椎・脊索動物で保存されていることが報告され (Kolmer, 1921;Agduhr, 1922),その特徴的な構造から,脳脊髄液内の情報を受けとる感覚細胞,あるいは脳脊髄液へ情報を伝達する分泌細胞であることが想定されました。しかし,その機能は長らく不明のままでした(Vigh et al., 2004)。近年,ゼブラフィッシュやヤツメウナギにおいて,この細胞は,脳脊髄液のpHや構成成分を化学的に受容できること,また脳脊髄液の流れや脊髄の動きを感知し,遊泳運動や体軸の姿勢を制御することが明らかになってきました(Orts-Del’Immagine and Wyart, 2017)。しかし私たち哺乳類において,CSF-cNsのもつ構造や機能は理解が進んでいませんでした。
Ⅱ.研究の概要・成果
本研究グループは,大脳皮質から脊髄へと伸びる皮質脊髄路の研究をする過程で(Ueno et al., 2018),マウスの脳室内にアデノ随伴ウイルス(adeno-associated virus; AAV)を投与すると,CSF-cNsに感染し,特異的に標識できることを偶然に発見しました(図1B)。この方法は,CSF-cNsに任意の遺伝子を導入し,標識や活動の操作を可能とする点で,構造や機能を理解する画期的な方法と考えられました。そこでまず,CSF-cNsに蛍光タンパク質を発現させて標識し,脊髄を透明化して,1細胞の構造を3次元で観察してみました。すると,中心管周囲に位置するCSF-cNsは,腹側の白質(腹索)へと軸索を伸ばし,さらに1,800~7,800μmにもおよぶ距離を前方へと伸ばし,その後再び戻るように中心管へと達することがわかりました(図1C)。次にその接続先を探すと,抑制性の神経伝達物質GABAを持ったシナプスによって,他のCSF-cNsへつながっていることがわかりました。このつながりは,3次元での電子顕微鏡の観察や光遺伝学
(注2)を用いた電気生理学的な解析でも確かめられました。以上からCSF-cNsは,自身より前側のCSF-cNsとつながり,その活動を抑える神経回路をもっていることがわかりました。
さらにCSF-cNsは,体幹の筋肉を動かす運動ニューロンや脊髄の介在ニューロンともつながっていることがわかりました(図1D)。そこで運動の制御に関わっているのか調べるため,化学遺伝学
(注2)の方法を用いてCSF-cNsの活動を抑制してみました。するとマウスは,トレッドミルやはしごの上をうまく走ることができなくなりました。
図1. 脳脊髄液に接するCSF-cNsの構造と機能
(A) 中心管に並び,脳脊髄液内に接するCSF-cNsの構造。
(B) AAVの脳室内投与によりCSF-cNsを標識する方法を発見。赤色蛍光タンパクmCherryで標識(右写真)。
(C)1細胞標識によってわかった前後軸に伸びる細胞構造とCSF-cNs同士の接続(左写真)。
(D) 体幹の筋を支配する運動ニューロンとCSF-cNsの接続(左写真)。CSF-cNsの活動抑制により現れるトレッドミル走行の異常(右)。
(E) CSF-cNsが作る神経回路網による運動制御のモデル(仮説)。Nakamura et al., eLife 2023を改訂。
Ⅲ.今後の展開
以上のことから,CSF-cNsは,脊髄の前後軸に沿って回路網をつくり,スムーズな歩行運動を行えるようコントロールしていることが明らかとなりました。CSF-cNsは機械的な刺激に応答することが報告されていることから,体軸や脊髄の動きを感知し,運動に関わるニューロンの活動をコントロールすることで,歩行運動を調節すると推測されました(図1E)。哺乳類では,四肢の筋肉の動きを感知する筋紡錘とゴルジ腱器官による固有感覚が発達していますが,脊髄や体軸の曲がりを感知する固有感覚のシステムも,生体に備わっていることが示唆されました。情報伝達の仕組みのさらなる解明が求められます。
一方CSF-cNsは,化学的な成分を受容できることも示されています。しかし,脳脊髄液の成分を感知するセンサーとしての生理学的な意義は不明のままです。脊髄全体に張り巡らされたこの細胞が,どのようなシグナルを探知し,どのような機能を発揮するのか,その役割はまだ多くの謎に包まれています。本研究で見出した標識・操作法は,その謎に迫りうる方法論であり,さらなる研究の進展が期待されます。
Ⅳ.研究成果の公表
本研究成果は,2023年2月21日,科学誌「eLife」に掲載されました。
論文タイトル:Cerebrospinal fluid-contacting neuron tracing reveals structural and functional connectivity for locomotion in the mouse spinal cord
著者:Yuka Nakamura, Miyuki Kurabe, Mami Matsumoto, Tokiharu Sato, Satoshi Miyashita, Kana Hoshina, Yoshinori Kamiya, Kazuki Tainaka, Hitoshi Matsuzawa, Nobuhiko Ohno, Masaki Ueno
doi:10.7554/eLife.83108
Ⅵ.謝辞
本研究は,科研費挑戦的研究(萌芽)17K19443,20K21460,AMED-CREST (JP21gm1210005),先端バイオイメージング支援プラットフォーム(JP16H06280,JP22H04926)などの支援を受けて行われました。
【用語解説】
(注1)脳脊髄液:脳内の脳室や脊髄の中心管,くも膜下のなかを流れる液体で,脳や脊髄を保護するほか,循環して栄養や老廃物を流していると考えられている。
(注2)光遺伝学と化学遺伝学:光を当てたり化学物質を投与することで,特定の神経の活動を操作することができる方法。
お問い合わせ先
【研究に関すること】
新潟大学脳研究所システム脳病態学分野
教授 上野 将紀(うえの まさき)
大学共同利用機関法人自然科学研究機構
生理学研究所 超微形態研究部門/
自治医科大学 医学部 組織学部門
教授 大野 伸彦(おおの のぶひこ)
【広報担当】
新潟大学広報室
自治医科大学大学事務部研究支援課
生理学研究所 研究力強化戦略室
リリース元
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自治医科大学大学事務部研究支援課
生理学研究所 研究力強化戦略室
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