佐藤 亨至(東北大学歯学部附属病院 矯正歯科)
柿木隆介(統合生理研究系 感覚運動調節研究部門)
すでに,Penfieldらは一次運動野・感覚野の広い部分が舌や口唇など口腔に関与していることを報告している(1952)。最近,口腔の最も重要な機能である咀嚼が,高齢者では認知症の予防に関係し,若年者では判断・記憶・学習などに影響するのではないかと考えられるようになってきた。そこで,咀嚼がどのように高次脳機能メカニズムに影響を与えているかを解明することが必要である。
また,切歯,犬歯,小臼歯,大臼歯はそれぞれ形態の違いから与えられた咀嚼機能が異なっていることは明らかである。しかし,これらの皮質におけるSIでの再現が異なることを示した研究はない。歯は,歯根膜を介して歯槽骨に植立されているが,人体で最も鋭敏な感覚受容器であり,わずか数10mmの太さの髪の毛でさえも感じ取ることができる。したがって,矯正歯科治療をはじめとして咬合の再構成を図る場合は,これらの中枢における機能分担を明らかとする必要がある。まず本研究では,その基礎的情報を得るために,時間分解能の優れた脳磁図を用いて歯に対する刺激方法の確立と,口腔の他の領域である舌,歯肉,口唇や顔面領域の刺激による再現部位と比較することを目的とした。
今年度は,Vectorviewを用いてアーチファクトの少ないデータが得るための歯に対する効果的な刺激方法の確立を行うことから検討を開始した。刺激の加算は1000回程度行うため,苦痛を与えないように配慮する必要がある。したがって,痛みを伴う電気刺激ではなく,機械刺激を選択することとした。現在,バルーンを用いて歯を介して歯根膜への機械刺激を行うこととし,個々の歯に対する刺激装置の試作を行っている。試作された機械刺激装置を用いて実験を行い,切歯,犬歯,小臼歯,大臼歯によって皮質の再現部位について差異が得られるかどうかについて検討を行う。さらに舌,歯肉,口唇,顔面などに刺激によって推定された再現結果との比較を行う予定である。
寳珠山 稔(名古屋大学医学部保健学科)
視覚情報は網膜から外側膝状体を経て,第一次視覚野および視覚関連野において大脳皮質における初期の処理が行われる。平成17年度に行われた本研究では,大脳皮質の視覚情報処理過程のうち形態識別に関連する反応について研究した。視覚的形態認知の研究では,刺激としての顔が生物学的に特異な反応を示すことが指摘されており,我々もBackward maskingを用いた認識閾値以下の刺激と脳磁計計測を用いて顔の反応は有意に大きいことを報告してきた。本年度では,この顔の優位性を更に詳細に検討した。
顔の刺激処理が視覚情報処理のどの段階から優位性を持って処理されるかを明らかにするためには,刺激量を大脳皮質での反応の閾値前後にすることで,その刺激の反応から多くの情報が得られると考え,2色で描かれ,色を反転させた1対の画像を高頻度で交互に提示する手法を考案した(Hoshiyama et al., Neurosci Lett, 2006)。この反転画像刺激を用い周波数をコントロールすることにより刺激の存在が意識できない(subliminal)刺激を作成した。このsubliminal刺激中に顔を含むいくつかの画像を呈示した後,見える画像を再度呈示し,見える画像について事象関連脳磁場(Event-related evoked magnetic field, ERF) を記録した。すなわち,subliminal刺激の内容が一定時間後のERFに影響を与えるのかについて検討した。
ERF成分は先行する意識されない刺激により影響を受け,先行する刺激とその後に呈示された刺激が同じ場合には,ERF成分は大きくなり,異なった場合には小さくなった。また,その影響程度は顔刺激が有意に大きいものであった。
本研究結果でのERF変化は,認識できる刺激の繰り返しによって反応の減衰としてとらえられるprimingとは異なるパターンを示した。情報処理のある段階で,先行する刺激量はその反応の閾値との関係により後続の反応への影響が異なると考えられることから,本研究でのsubliminal刺激は,形態認知のある過程で閾値以下となっていた可能性がある,と考えられた。更に,顔優位の反応はこのようなsubliminal刺激でも保たれ,顔の優位性は皮質反応の早い段階でも生じている可能性が示唆された (Hoshiyama et al., Human Brain Mapping, in press)。
【追加情報】(調査月2007年8月、記入月2008年6月)
発表論文
関係論文
大岩昌子(名古屋外国語大学)
柿木隆介(統合生理研究系 感覚運動調節研究部門)
本研究は音声言語の知覚,認知や生成に関わる運動企画,調節,感覚フィードバックについて異言語話者間で比較検討し,言語が保持する性質が母語話者の脳内処理過程に及ぼす影響を音響学的および生理学的に検証することを目的とする。
言語の受容過程について,日本語に特殊モーラとして存在する長音に注目し,母語に長音を持たないフランス語話者と日本語話者における聴覚野の活動パターンに対する母語の影響を脳磁図 (MEG) を用いて生理学的に検討した。なお本研究では,指標としてミスマッチフィールド (MMF) という,1秒前後の短い間隔で繰り返し提示される同一の音(標準刺激)の中に,それとは異なる音響的特性を持つ逸脱刺激がまれに挿入された場合に,逸脱刺激に対して特異的に出現する誘発脳磁場成分を用いた。日本語話者,フランス語話者ともに,長音を含む語音が逸脱刺激の際のMMNm(Long条件),単音を含む語音が逸脱刺激の際のMMNm(Short条件)が左右大脳半球の側頭部に認められた。しかし,検出されたMMNmは日本語話者,フランス語話者において差が認められ,母語に弁別的な長母音を持つか持たないかで聴覚野の反応が異なることが明らかになった。フランス語にはリズム・グループといわれる,意味・構文上のまとまりをなす一続きの語群があり,グループの最終音節だけにリズム・アクセントが置かれ,それ以外の音節は等時性が保たれる。アクセントが置かれた音節は置かれない音節の約2倍の長さが音響的に認められている。従って,フランス語話者は等時性をもつ音節列から有意に長い音節を言語的に自動的に検出する性質を備えていることが示唆される。
音響分析としては日本語話者,フランス語話者の発話(日本語,フランス語)を,Arcadia Acoustic Core 7(アルカディア製)で取り込み行う。発話内容はインタビュー内容も含め現在検討中であるが,各言語の音響的特徴を反映するものとする。音の性質,すなわち高さ,強さ,音質だけでなく,特に外国語習得に重要と考えられる,各話者の音声に関する時間情報の制御および生成過程を音響的に捉える。母語および母語以外の音節構造を持つ音の生成が母語と外国語とでは異言語話者によりどのように異なるかを明らかにする。
中村みほ(愛知県心身障害者コロニー 発達障害研究所)
稲垣真澄(精神・神経センター 精神保健研究所)
三木研作(統合生理研究系 感覚運動調節研究部門)
渡辺昌子(統合生理研究系 感覚運動調節研究部門)
柿木隆介(統合生理研究系 感覚運動調節研究部門)
Williams 症候群は7番染色体に欠失を持つ隣接遺伝子症候群で,その認知機能のばらつきが大変に大きいことが注目されている。認知能力のばらつきを脳機能との関連の元に明らかにすることは患者の療育ならびにQOLの改善の上から重要であり,また,同時に,特異な症状をもたらす原因を脳機能の観点から検討する過程においてヒトの脳機能の解明に寄与しうる知見が得られる可能性があることから,我々は,本症候群患者の認知機能,とくに視覚認知のばらつきに着目し検討を続けている。
今年度は視覚認知腹側経路の機能の一つである顔の認知についての検討を継続した。まず,これまでの我々の検討から,13歳の本症候群患者一名において,正立の顔刺激に対しては健常成人と同様の脳磁場反応が確認されるのに対し,倒立の顔刺激に対しては健常成人に見られるような倒立効果【反応潜時の遅れ】が見られないことが確認されており,原著論文として報告した (Nakamura M et al. The MEG response to upright and inverted face stimuli in a patient with Williams syndrome Pediatr Neurol. 2006 May;34 (5) : 412-4.)。さらに,同様の所見が他の本症候群患児について,同年齢の定型発達児との比較においても認められるか否かを,新たな顔刺激を用いて,全頭型の脳磁計により計測を行った。
対象としてウィリアムズ症候群の典型的視覚認知所見を示す13歳女児ならびに同年齢の定型発達児2名の協力を得た。顔刺激として,日本人青年男女の顔写真を用い,正立顔,倒立顔,object 刺激(やかん),スクランブル画像,数を数えるためのターゲットとして車の画像をそれぞれ60回左半視野に提示し,Vecterview全頭型脳磁計を用いて脳磁場反応を計測した。
最も反応の振幅の大きい,主として右後頭部に分布する12のセンサーについて解析を行った結果,いずれも成人と同様の顔認知特異成分と思われる脳磁場反応が認められ,同成分について正立顔と倒立顔の反応を比較した。定型発達児においては,正立顔に対する反応に比較して倒立顔に対する反応の潜時が遅延する,【倒立効果】を認める傾向があったのに対し,本症候群患児では両刺激に対する反応潜時に違いを認めなかった。上記結果は従来の我々の研究結果と合致するものであるが,定型発達児の被検者を増やして検討する必要があること,推定双極子部位についての解析方法を検討する必要があることなどの課題が残った。今後,これらの点の解決を目指すとともに,より多くのウィリアムズ症候群被検者について顔認知における倒立効果の有無を検討しうる研究手法の検討を進める予定である。
【追加情報】(調査月2007年8月、記入月2008年6月)
発表論文
佐々木和夫(自然科学研究機構)
南部 篤
逵本 徹
前頭葉のシータ波活動が,ヒトやサルの或る種の脳高次機能に関係している可能性が示唆されている。サルの大脳皮質から直接記録を行うと「注意集中」に関連すると解釈可能なシータ波活動が前頭前野9野と前帯状野吻側端32野に観察されるため,ヒトで観察されるシータ波活動も,それに相当する部位の機能を反映している可能性が高い。しかし一言で「注意集中」と言っても多様なものを含んでいると考えられるため,その主たる要素を抽出することが望まれる。そのためには主観的内観を報告できるヒトを対象とした研究を行うのが有効であろう。このような観点から,我々はヒトが各種作業課題を行う際の脳磁場を解析し,シータ波の発生要因の検討と発生源推定を行った。その結果,時間の持続感覚や意識集中に関連すると考えられるシータ波活動が脳磁場計測でも認められ,主観的な集中の度合いとシータ波の発生はよく一致した。またその発生源は前頭葉背外側部および内側部に推定された。これはサルでの結果と矛盾しない。未解明である「意識」と前頭葉シータ波の関連を示唆する結果である。
軍司敦子(国立精神・神経センター精神保健研究所)
柿木隆介
連続した発声 (Singing,Speaking,Humming,Imagining)をおこなっているときの脳磁図の記録から,事象関連脱同期 (Event-related desynchronization: ERD)・同期 (Event-related synchronization, ERS) を解析し,喉頭調節,構音の企画・実行,呼吸コントロールやそれらのモニタリングに特異的な脳領域とその律動変化について検討した。
いずれの発声でも,アルファ波帯域 (8-15Hz) およびベータ波帯域 (15-30Hz) において,ERDが,左右大脳皮質の感覚運動野の発声関連部位で認められた。singing条件に対するERDは,右半球においてspeaking条件やhumming条件に対するERDよりも有意に大きいことから,喉頭調節の相違や構音の有無が反映されたと思われる。すなわち,発声関連部位のコントロールは両側から支配を受けているものの,歌のような複雑な構音や調音をともなう場合には半球間の優位性が生じるのかもしれない。
さらに,実際の発声をともなわないimagining条件では,左右大脳皮質の感覚運動野付近におけるアルファ・ベータ波帯域のERDに加えて,高ガンマ波帯域(60-120Hz) のERDがブローカ領野で認められた。この結果から,実際の発声企画・実施と共用する脳活動とは別に,語想起に特異的に反映される処理過程が示唆された (Gunji et al., Neuroimage, in press)。
【追加情報】(調査月2007年8月、記入月2008年6月)
発表論文
関係論文