Joint Researches

共同利用研究

生体磁気計測装置 共同利用実験 2006年度 成果

1.誘発脳磁場のウェーブレット変換による時間周波数可視化に関する研究

川田 昌武(徳島大学)

 本研究課題では,誘発脳磁場に対してウェーブレット変換 (Wavelet Transform) を用いた時間周波数成分可視化を行い,その発現機序について新たな知見を得ることを目的としている。

 これまでに,ウェーブレット変換を用いたヒト脳波(運動関連脳電位)の時間周波数可視化を独自に進めた結果,本手法が脳波の発現機序を解明する上で有効である可能性を示した。本手法ではウェーブレット変換として,連続関数 (Gabor) によるマザーウェーブレットを用いていたが,周波数分解能を連続的に決定できるという利点があるものの,積分を利用しているため,計算時間を要するという欠点がある。そこで,高速離散ウェーブレット変換 (Fast Discrete Wavelet Transform) のプログラムを作成し,本課題への準備とした。

 また,本研究課題では位置特定も重要となることから,Minimum Norm Solutionによる位置推定法を脳波データに利用する試みも実施し,第7回脳磁場ニューロイメージング(生理学研究所於,2006年12月)にて発表した。

 今後,上記の手法を組み合わせ誘発脳磁場の解析を行う予定としている。

 

2.Williams 症候群の認知機能
(ウィリアムズ症候群における正立顔,倒立顔に対する反応)

中村みほ(愛知県心身障害者コロニー 発達障害研究所)
稲垣真澄(精神神経センター精神保健研究所)
渡辺昌子,平井真洋,三木研作,本多結城子,柿木隆介

【背景と目的】ウィリアムズ症候群(以下WS)の視覚認知機能に関しては,視空間認知が,物の形や色の認知に比べて苦手であるとされており,その原因として視覚認知の背側経路の障害が考えられている。一方,視覚認知腹側経路の機能の一つである顔認知の能力は比較的保たれているとされてきたが,倒立顔に対する反応は特異であるとする報告もみられ,我々も,13歳のWS患児において脳磁図による検討を行い,正立顔への反応は健常成人と変わらないのに対し,健常成人で見られる倒立顔に対する反応潜時の遅れが見られない(倒立効果がない)ことを報告した(Pediatr Neurol. 2006)。

 今回はこれまでの検討を発展させ,他のWS患児らにおいても,顔認知の倒立効果を認めないという所見を確認しうるか否か,およびその結果が同年齢の定型発達者と異なるか否かについて,MEGならびに事象関連電位を用いて検討した。

【方法】MEG検査の対象は13歳女性(sub.1) のWS患者で,正立顔,倒立顔,オブジェクト(車)を視覚刺激として提示し,反応潜時,推定双極子部位を同年齢定型発達者(2名)と比較した。

 事象関連電位検査は16歳(sub.2),14歳(sub.3),11歳(sub.4)の男性患者を対象に,正立顔,倒立顔,オブジェクトを視覚刺激として提示し,反応潜時並びに振幅を健常同年齢児データと比較した。

【結果と考案】sub.1に対するMEG検査では,同年齢定型発達者では2名ともに認めた反応潜時の遅れを認めず,倒立効果を認めない結果となった。事象関連電位検査では,sub.2については倒立効果を認めず,同年齢コントロール群と異なる結果となったが,sub.3については,倒立顔に対してコントロール群と同様に反応潜時の延長,振幅の増大を認め,倒立効果を認めた。sub.4については,倒立効果は明確ではなかったものの,同年齢定型発達児との有意な違いを認めなかった。

 倒立効果を認める児(既報告例1例,sub.1,sub.2)と定型発達者との有意差を認めない例(sub.3,4) について,その他の発達経緯について検討したところ,視空間認知の検査所見に相違を認めることから,倒立効果の発現,ならびに顔の認知の成熟に関して,腹側経路と背側経路のかかわりを含めた更なる検討の必要性が示唆された。

【追加情報】(調査月2007年8月、記入月2008年6月)

発表論文

  1. Nakamura M, Watanabe S, Gunji A, Kakigi R (2006) The MEG response to upright and inverted face stimuli in a patient with Williams syndrome. Pediatr Neurol, 34:412-414.

 

3.脳磁計を用いたヒトにおける感覚情報処理の研究

寳珠山 稔(名古屋大学医学部保健学科)

 感覚情報処理の基本的かつ重要な要素の1つとして逸脱反応の検出がある。Mismatch negativity(MMN) は注意の向けられていない一定の刺激系列の中で稀に逸脱刺激によって誘発される反応であり,逸脱刺激の自動的検出の脳内プロセスを反映するものと考えられる。MMNが生じる過程では時間経過の中での感覚記憶が重要な要素であり後に続く刺激との相互反応の差異がMMNとして記録されるものである。一方,一連の刺激系列の中で,ある刺激が先行する刺激と同じものであるか否かにより神経群の活動は影響を受ける。自覚的な認知や弁別というプロセスを生じない場合でも,この現象 (adaptation)は末梢レベルあるいは中枢レベルの各段階で生じている可能性がある。Adaptationは,ひいては刺激の弁別や認知,あるいはMMNの出現を生じていく神経活動に寄与するものと考えられるが,MMNそのもの発生機序との異同は明確ではない。

 本研究では,周波数構成が異なるものの弁別ができない2つの聴覚刺激を用いてMismatch field(MMF)とadaptation反応について全頭型脳磁計を用いて計測した。健常被験者10名について7つの周波数(中心周波数675Hz)で構成される音(CS7) と中心の周波数を除いた6つの周波数で構成される音(CS6) を作成し,CS6あるいはCS7を先行刺激 (S1) として与えCS6には含まれない675 Hzの音(S2)に対する聴覚誘発脳磁場(auditory evoked magnetic field, AEF) のadaptationを観察した。MMFについてはCS6を標準刺激,CS7を逸脱刺激として記録した。

 AEFのadaptationとしての変化は潜時200 msの成分(P2m) についてS1がCS7であった場合にP2mの減衰として認められた。しかし,CS6とCS7によるMMFは検出できなかった。P2mの電流原は聴覚野内であるものの潜時約100 msで認められる成分(N1m) のそれより約1cm前方に推定された。

 刺激の差異が弁別閾値以下である場合のMMNの出現については議論があるが,本研究では少なくとも大脳皮質レベルでMMFを生じない刺激でのadaptationを検出しえた。本研究結果は,大脳皮質レベルにおいてもAEFのadaptationによる変化とMMNは区別されうることを示すものと考えられた(Hoshiyama et al., Eur J Neurosci, 2007)。

【追加情報】(調査月2007年8月、記入月2008年6月)

発表論文

  1. Hoshiyama M, Kakigi R (2006) Functional changes in cortical components of somatosensory evoked responses by stimulus repetition. Suppl Clin Neurophysiol, 59:149-157.
  2. Hoshiyama M, Okamoto H, Kakigi R (2007) Priority of repetitive adaptation to mismatch response following undiscriminable auditory stimulation: a magnetoencephalographic study. Eur J Neurosci, 25:854-862.

関係論文

  1. Noguchi Y, Tanabe HC, Sadato N, Hoshiyama M, Kakigi R (2007) Voluntary attention changes the speed of perceptual neural processing. Eur J Neurosci, 25:3163-3172.
  2. Uemura J, Hoshiyama M (2007) Variability of P300 in elderly patients with dementia during a single day. Int J Rehabil Res, 30:167-170.

 

4.異言語話者による音声の脳内処理過程に関する検討

大岩昌子(名古屋外国語大学)

 音声言語の知覚,認知について異言語話者間での比較検討をすることで,言語が保持する音声的特質が母語話者の脳内処理過程に及ぼす影響を音響学的および生理学的に検証してきた。日本語話者およびフランス語話者による音声に関わる心理実験,および発話の音響分析を行い,各言語話者の発話に含まれる周波数成分,各話者による音節などの持続時間,また高さの制御を捉えた。また音声言語の受容過程について,各母語話者(日本語,英語,フランス語)を対象に,母語,あるいは母語以外の音節構造を持つ非言語の音刺激に対する聴覚誘発脳磁場(Auditory Evoked magnetic Field: AEF)を検討してきた。日本語に特殊モーラとして存在する長音に注目し,母語に長音を持たないフランス語話者と日本語話者における聴覚野の活動パターンに対する母語の影響を脳磁図 (MEG) を用いて生理学的に検討した。指標としてミスマッチフィールド (MMF) という,1秒前後の短い間隔で繰り返し提示される同一の音(標準刺激)の中に,それとは異なる音響的特性を持つ逸脱刺激がまれに挿入された場合に,逸脱刺激に対して特異的に出現する誘発脳磁場成分を用いた。日本語話者,フランス語話者ともに,長音を含む語音が逸脱刺激の際のMMNm(Long条件),単音を含む語音が逸脱刺激の際のMMNm(Short条件)が左右大脳半球の側頭部に認められた。しかし,検出されたMMNmは日本語話者,フランス語話者において差が認められ,母語に弁別的な長母音を持つか持たないかで聴覚野の反応が異なることが明らかになった。

 

5.脳磁図を用いた声認知に関連するヒト脳機能の研究

軍司敦子(国立精神・神経センター精神保健研究所)
柿木隆介

 発話に関連して生じる脳活動は,さまざまな皮質領域が並行して連続的に賦活される。このような活動を捉えるため,SAM(synthetic aperture magnetometry: SAM) 法を用いて,発話中の脳磁図における事象関連脱同期(Event-related desynchronization: ERD) の解析を試みた。

 健常成人を対象に,singing,speaking,humming,imagining課題に対するMEG反応を比較したところ,いずれの発話においても,a波(8-15Hz)およびb波(15-30Hz) 帯域におけるERDが両側半球の感覚運動野発声関連部位で認められた。singing条件に対するERDは,右半球においてspeaking条件やhumming条件に対するERDよりも有意に大きいことから,喉頭調節の相違や構音の有無が反映されたと思われる。すなわち,発声関連部位のコントロールは両側から支配を受けているものの,歌のような複雑な構音や調音をともなう場合には半球間の優位性が生じるのかもしれない。

 さらに,実際の発声をともなわない歌唱の想起では,高g波 (60-120Hz) 帯域のERDがブローカ領野で認められた。この結果から,実際の発声企画・実施と共用する脳活動とは別に,語想起に特異的に反映される処理過程が示唆された。

【追加情報】(調査月2007年8月、記入月2008年6月)

発表論文

  1. Gunji A, Ishii R, Chau W, Kakigi R & Pantev C (2007) Rhythmic brain activ ities related to singing in humans. Neuroimage, 34:426-434.

関係論文

  1. Okamoto H, Kakigi R, Gunji A, Pantev C (2007) Asymmetric lateral inhibitory neural activity in the auditory system: a magnetoencephalographic study. BMC Neurosci,17: 8-33.

 

6.前頭葉シータ波活動と脳高次機能

佐々木和夫(自然科学研究機構)
南部篤,逵本徹

 前頭葉のシータ波活動が,ヒトやサルの或る種の脳高次機能に関係している可能性が示唆されている。サルの大脳皮質から直接記録を行うと「注意集中」に関連すると解釈可能なシータ波活動が前頭前野9野と前帯状野吻側端32野に観察されるため,ヒトで観察されるシータ波活動も,それに相当する部位の機能を反映している可能性が高い。「注意集中」は多様なプロセスと関連していると考えられるため,その主たる要素を抽出することが望まれる。そのためには主観的内観を報告できるヒトを対象とした研究を行うのが有効であろう。このような観点から,我々はヒトが各種作業課題を行う際の脳磁場を解析し,シータ波の発生要因の検討と発生源推定を行った。その結果,時間の持続感覚や意識集中に関連すると考えられるシータ波活動が脳磁場計測でも認められ,主観的な集中の度合いとシータ波の発生はよく一致した。またその発生源は前頭葉背外側部および内側部に推定された。これはサルでの結果と矛盾しない。未解明である「意識」と前頭葉シータ波の関連を示唆する結果である。

 

7.脳磁図を用いた上顎・下顎の歯種による皮質再現部位と他の口腔および顔面領域との比較

佐藤 亨至(東北大学病院 矯正歯科)

 すでに,Penfieldらは一次運動野・感覚野の広い部分が舌や口唇など口腔に関与していることを報告している(1952)。最近,口腔の最も重要な機能である咀嚼が,高齢者では認知症の予防に関係し,若年者では判断・記憶・学習などに影響するのではないかと考えられるようになってきた。そこで,咀嚼がどのように高次脳機能メカニズムに影響を与えているかを解明することが必要である。

 また,切歯,犬歯,小臼歯,大臼歯はそれぞれ形態の違いから与えられた咀嚼機能が異なっていることは明らかである。しかし,これらの皮質におけるSIでの再現が異なることを示した研究はない。歯は,歯根膜を介して歯槽骨に植立されているが,人体で最も鋭敏な感覚受容器であり,わずか数十mmの太さの髪の毛でさえも感じ取ることができる。したがって,矯正歯科治療をはじめとして咬合の再構成を図る場合は,これらの中枢における機能分担を明らかとする必要がある。まず本研究では,その基礎的情報を得るために,時間分解能の優れたMEGを用いて歯に対する刺激方法の確立と,口腔の他の領域である舌,歯肉,口唇や顔面領域の刺激による再現部位と比較することを目的とした。

 今年度は,アーチファクトの少ないデータが得るための歯に対する効果的な刺激方法の確立を行うことから検討を開始した。刺激の加算は1000回程度行うため,苦痛を与えないように配慮する必要がある。したがって,痛みを伴う電気刺激ではなく,機械刺激を選択することとした。バルーンを用いて歯を介して歯根膜への機械刺激を行うこととし,個々の歯に対する刺激装置の試作を行った。試作された機械刺激装置を用いて実験を行ったところ,切歯,犬歯,小臼歯,大臼歯に選択的に刺激が与えられ,アーチファクトの少ないデータが得られることが確認された。

 しかし,その後研究の進め方について柿木教授らと色々と模索していたが,残念ながら研究の遂行には至らなかった。