計画共同研究は,研究者の要請に基づいて生理学研究所が自らテーマを設定する。19年度までは,「遺伝子操作モデル動物の生理学的,神経科学的研究」と 「バイオ分子センサーと生理機能」の二つが行われた。20年度からは,「多光子励起法を用いた細胞機能・形態の可視化解析」と「位相差低温電子顕微鏡の医 学・生物学応用」が開始され、21年度からは「マウス・ラットの行動様式解析」が開始された。
また,22年度から新たに「近赤外線トポグラフィーを用いた脳機能解析」が新設された。さらに、23年度からは「マウス・ラットの行動代謝解析」も新設さ れた。いずれも現在最も高い関心を寄せられている領域であると同時に,生理学研究所が日本における研究の最先端をいっている分野でもある。多くの共同研究 の申請を期待している。
◇ 7つの計画共同研究の詳細は,次の通りである。
「遺伝子操作モデル動物の生理学的,神経科学的研究」
生理学及び脳科学の研究を推進する上で個体レベルでの解析は重要であり,遺伝子操作モデル動物は非常に有効な実験材料となる。モデル動物開発のための発生 工学的技術の革新は近年とくに目覚ましく,日々,発展・進歩を遂げている。生理学・脳科学と発生工学の両方に精通した行動・代謝分子解析センター 遺伝子改変動物作製室が遺伝子操作モデル動物の作製技術を全国の研究者に提供することは,他機関の同種事業に比べても当該研究分野の発展に大きく貢献でき る。共同利用研究に供するため,ラットとマウスにおいて,トランスジェニック動物やノックアウト動物のような有用モデルの開発を支援している。
「バイオ分子センサーと生理機能」
細胞内外の多様な環境情報を受容して環境変化に時々刻々対応しながら生きていくために,生体には多様な情報を迅速に検知するセンサーが多種配置されてい る。これらのバイオ分子センサーの生理機能を物質・分子の性質から解明するためには,バイオサイエンスのみならずナノテクノロジーをはじめとする多くの異 なる学問分野との共同研究が欠かせない。そこで,生理学研究所の温度センサー,浸透圧センサー,容積センサー,イオン濃度センサー,侵害刺激センサーなど のセンサータンパク質研究者と共同でパッチクランプ法,Caイメージング法,FRET法,二光子レーザー顕微鏡法,免疫電顕法,動物行動解析法などの技術 を駆使して,バイオ分子センサーの構造と生理機能の解明を目指す研究を進める。
「位相差低温電子顕微鏡の医学・生物学応用」
世界で初めて生理学研究所で開発された位相差電子顕微鏡は,特に低温手法と組み合わせることで威力を発揮する。無染色の生物試料について生状態の構造を1 nm分解能で観測可能である。過去数多くの部門内共同研究において,先端的な研究を拓いてきたが,その手法をさらに幅広い医学,生物学のフィールドで有効 利用できるよう,計画共同研究をスタートすることとした。対象は,受容体やチャネルなどの膜蛋白質,各種ウィルス,バクテリア全載細胞,ヒトの培養細胞そ して組織切片である。特に,生きた細胞中の分子過程の高分解能観察が生物機能につながる研究に期待したい。
「多光子励起法を用いた細胞機能・形態の可視化解析」
2子励起顕微鏡システムは,低侵襲性で生体および組織深部の微細構造および機能を観察する装置であり,近年国内外で急速に導入が進んでいる。しかし,安定 的な運用を行うためには高度技術が必要であるため,共同利用可能な機関は生理研が国内唯一である。現在,2台の正立(in vivo 実験用)と1台の倒立(in vitro 実験用)の2光子励起顕微鏡が安定的に稼動している。その性能は世界でトップクラスであり,レーザー光学系の独自の改良により,生体脳において約1mmの 深部構造を1μm以下の解像度で観察できる性能を構築している。生体内神経細胞のCa2+動態イメージング技術の確立および長時間連続イメージングのため の生体固定器具の開発を行うとともに,同一個体・同一微細構造の長期間繰り返し観察技術の確立を行った。これらの技術を利用して,生体および組織深部微細 構造および細胞活動のイメージングを行う。
「マウス・ラットの行動様式解析」
遺伝子改変動物を用いて,遺伝子と行動を直接関連づけられることが明らかとなってきた。このような研究においては多種類の行動実験を一定の方法に則って再 現性よく行うことが要求される。このような実験を各施設で独立して行うことは極めて困難であり,無駄が多い。生理学研究所では動物の行動様式のシステマ ティックな解析を全国の共同利用研究に供するために,行動・代謝分子解析センターに行動様式解析室を立ち上げた。この施設に日本におけるマウス行動学の権 威である宮川博士を客員教授として迎え,平成21年度から計画共同利用研究「マウス・ラットの行動様式解析」を開始した。将来的にはラットの解析を行う予 定であるが,現在はマウスの解析を実施している。
「近赤外線トポグラフィーを用いた脳機能解析」
近赤外線分光法 (NIRS: Near infrared spectroscopy) を用いて脳活動トポグラフィーを解析する方法である。近赤外線を使って脳の局所的な脳血流の変化をとらえ,脳の活動を画像化する。長所としては,非侵襲的 であるとともに,身体の活動中でも脳活動解析ができる。そのため乳幼児の脳活動の観察にも適用可能である。生理研では大人用と子供用のプローブを設置して いる。ヒトにおける自由行動時における脳活動の画像化を用いた共同研究のために供する。
「マウス・ラットの代謝生理機能解析」(平成23年度より新設)
研究所内外が作成、保有する遺伝子改変マウス及びラットの代謝、生理機能を詳しく解析し、標的遺伝子の機能と行動変異のメカニズムを明らかにすることを目 指す。計測する代謝・生理機能は以下の通りである。当面はマウスの解析を中心に行う。(1)運動系を中心とした、覚醒下での単一ニューロン活動など神経活 動の計測、(2)自由行動下における脳内特定部位での神経伝達物質の分泌計測、(3)フラビンおよびヘモグロビン由来の内因性シグナルを利用した脳領域活 動と膜電位感受性色素を用いた回路活動のイメージング、(4)自由行動下における摂食行動、エネルギー消費の計測、(5)自由行動下における体温、脈拍 数、血圧の計測、(6)自由行動下における脳波測定。