「イオンチャネル」(注1)は、細胞膜でのイオンの出入りを制御することで脳や筋での電気信号の形成やからだの恒常性維持に関わる重要な膜タンパク質です。2003年マッキノンのノーベル化学賞に代表されるように、ナトリウム、カリウム、カルシウムイオンに対応したイオンチャネル分子について構造や機能の研究が進み、てんかんや不整脈、糖尿病などの原因遺伝子や創薬のターゲットとして盛んに研究が行われています。一方、昨年精巣から電位センサーをもつ酵素分子が発見される(Murata et al: Nature, 2005)など、膜電位(注2)変化による電気信号により制御される分子が神経や筋だけでなく幅広い生物現象に関わる可能性が指摘され、免疫系細胞でも、膜電位による情報伝達やその分子実体の究明が期待されていました。
今回、ホヤ、魚、マウスやヒトを含む脊索動物のゲノムに共通する膜タンパクとして、脳や筋のイオンチャネルと一部類似の構造を示し、水素イオン(注3)を選択的に通す、新たなイオンチャネル分子を発見しました。この分子はイオンの通路の構造(ポア領域)を欠いているにも関わらず、膜電位と細胞内外のpHを感知して水素イオンの輸送を制御するというユニークな性質をもつことがわかりました(VSOP(=Voltage sensor only protein)と命名)。これまで知られてきた電位依存性チャネルでは、イオン透過はポア領域により担われており電位センサードメインは電位を感知する性質しかありませんが、VSOPは電位センサードメインが電位を感知するとともにそれ自体で水素イオンの透過も行っていると考えられ、イオンチャネルの構造と機能を考える上で極めて興味深い分子です。
このタンパクはマクロファージ(注4)などの血球系細胞に発現しており、バクテリア、ウィルスなどの異物の殺菌や不要になった細胞を除去する重要な細胞現象(食機能、"ファゴサイトーシス"(注5))を制御していると考えられます。ファゴサイトーシスでは活性酸素(注6)の合成系が一過的に活性化されることが良く知られていますが水素イオンチャネルはこの過程を制御する重要な因子です。この分子機構の研究は、イオンチャネル分子の動作原理や水素イオン輸送機構の解明に重要であるだけでなく、今後、アレルギー、自己免疫疾患、感染症、変性疾患などの病態の解明や、自然免疫機能の活性化のための創薬などにつながることが期待されます。
Mari Sasaki, Masahiro Takagi, Yasushi Okamura; A voltage sensor-domain protein is a voltage-gated proton channel, Science, in press (2006). published on line, 10.1126/science.1122352
イオンチャネル蛋白の膜トポロジー構造の模式図。通常の電位依存性チャネルは6回膜貫通構造をとり、最初の4つの膜貫通領域が電位センサードメインで、その下流のイオンの透過部位(ポア領域)の働きを制御する。Ci-VSPはポアドメインを欠き、代わりにホスファターゼドメインを有し、膜電位依存的な酵素活性変化を示す。今回発見されたVSOPは電位センサードメインだけから成り、ポア領域やホスファターゼドメインに対応する部位を含まない。
今回見出された電位依存性プロトンチャネル(右)と従来のプロトン輸送蛋白(左)との違い。従来のプロトン輸送蛋白はエネルギーを消費してプロトンを細胞内から外へくみ出すポンプ機能を持つのに対して、電位依存性プロトンチャネルは、細胞内外の濃度勾配と電位勾配に従ってプロトンを輸送するイオンチャネルである。通路の開閉が、細胞内の水素イオン濃度と膜電位の両方で制御されており、細胞内に水素イオンが貯まった状況に応じて開くため、外にくみ出すことができる。
岡村康司(自然科学研究機構・岡崎統合バイオサイエンスセンター神経分化研究部門教授)
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