「ものをつまむ」という運動はヒトを含めた霊長類において大きく進化した動作である。把握動作を正確に行うためには、物体をつまむ事によって発生する様々な感覚が統合され、それに伴って指の運動を逐次制御してゆく必要があるが、それらの脳内機構は分かっていない。これまでの研究から、大脳皮質や小脳がその制御に重要な役割を持っていると考えられてきた一方、脊髄神経回路の役割については全く分かっていなかった。本研究によって、霊長類の把握運動制御における脊髄の重要性が初めて実験的に示された。
実験はニホンザル2頭を対象として行い、示指と拇指を用いた精密把握運動を繰り返し行うことができるまで訓練した後、把握運動に関わる手指や腕の筋群(19筋)の活動と脊髄ニューロン群の活動(LFP:局所フィールド電位)を記録した。その結果、サルが把握運動を行っている際には1)LFPが振動様活動(オシレーション)を示すこと、2)LFP-筋電図間が相関していること(脊髄-筋間コヒーレンス)、が確認された。さらにLFP-筋電図間のコヒーレンスには狭帯域コヒーレンス、広帯域コヒーレンスの2種類が存在し、それぞれが脊髄介在ニューロン-筋間、運動ニューロン-筋間のコヒーレンスを反映していていると考えられた。
オシレーション及び神経活動間のコヒーレンスは中枢神経系の様々な部位で発見され、これらが重要な脳内情報の伝達手段になっている可能性が指摘されてきた。本研究によって脊髄介在ニューロン群もこのオシレーションやコヒーレンスによって運動遂行に必要な情報伝達を行っている事が始めて明らかにされた。本結果は、脊髄損傷患者において残存している脊髄機能を利用して把握運動を再建するための重要な手がかりとなる。
Tomohiko Takei1,2,3, Kazuhiko Seki.1,4* Spinomuscular coherence in monkeys performing a precision grip task. J Neurophysiol (January 30, 2008). doi:10.1152/jn.01181.2007
※Corresponding author
示指と拇指でレバーを摘むようにサルを訓練し(図A)、この運動中の脊髄神経活動(LFP)および手や腕の筋活動の解析を行った。その結果、脊髄LFPと筋活動がコヒーレンスを示していることが明らかとなった(図B、灰色部分)。これの結果は、脊髄介在ニューロン群が把握運動に必要な情報を伝達していることを示している。