大阪大学医学系研究科の岡村康司教授(自然科学研究機構・生理学研究所)と岩崎広英博士(自然科学研究機構・生理学研究所・助教、現ハーバード大学)の研究グループは、海産動物ホヤの精子に存在するCi-VSPという酵素が、がん抑制遺伝子PTENと似たタンパク質構造をもつことに着目し、どのように細胞内の化学信号(リン脂質)を操っているのか、そのメカニズムを明らかにしました。本研究はUCサンジエゴのJack E. Dixon教授との国際共同研究(ヒューマンフロンティアサイエンスプログラム)として行われました。6月2日(電子版)に公開された米国アカデミー紀要(PNAS)に発表されました。
Ci-VSPのVSPとは、Voltage Sensor-containing Phosphatase(電位センサーをもつリン脂質脱リン酸化酵素)の略。岡村教授の研究グループが2005年に発見した、電気信号を化学信号に変換す るというユニークな特性をもつ膜タンパク質です。Ci-VSPは、がん抑制遺伝子として知られているPTENと良く似たタンパク質構造を持っています。ま た、PTENは細胞の増殖に関わるリン脂質PIP3を分解することで、がんの発生を抑えることが知られています。今回、研究グループは、がん抑制遺伝子 PTENとCi-VSPとを詳細に比較したところ、Ci-VSPは、PTENと似た構造をもちますが、リン脂質PIP3を分解するだけでなく、PIP2と 呼ばれる別のリン脂質も分解することを明らかにしました。
PTENとCi-VSP酵素の化学信号を伝える部分の違いは、たった一つのアミノ酸配列だけです。この違いから、PTENがどのようにリン脂質PIP3を分解し、がんの発生を抑えているのか、そのメカニズム解明にもつながるものとして期待されます。
Hirohide Iwasaki, Yoshimichi Murata, Youngjun Kim, Md Israil Hossain, Carolyn A. Worby, Jack E. Dixon, Thomas McCormack, Takehiko Sasaki, and Yasushi Okamura
海産動物ホヤの精子にあるCi-VSPという酵素は、がん抑制遺伝子PTEN*1と似た構造を持つが、化学信号「リン脂質」のPIP3を分解するだけでなく、PIP2*2と呼ばれる別のリン脂質も分解することができる。
Ci-VSP酵素は、PTENと似ているが、PIP3だけでなく、PIP2にも作用する。
(C)鯉田孝和/生理学研究所
岡村教授のグループが2005年に発見した電気信号をうけて化学信号に変換するユニークなタンパク質です(Natureに発表)。 Ci-VSPのVSPとは、Voltage Sensor-containing Phosphatase(電位センサーをもつリン脂質分解酵素)の略。プラス(脱分極)やマイナス(過分極)の電気信号をうけて化学信号「リン脂質」の量を調整していることを、これまでに明らかにしています。
(これまでのCi-VSP酵素に関する岡村教授の研究グループの研究成果は、生理学研究所から記者発表され、中日新聞、読売新聞、日本経済新聞、日経産業新聞などで報道されました。)