ショウジョウバエは、これまで知られていなかった「危険な熱さ」を感じるセンサーをもっていることを自然科学研究機構・生理学研究所の富永真琴教授と曽我部隆彰特任助教、および名古屋大学の共同研究チームが明らかにしました。防虫剤の「樟脳」もこのセンサーに作用していることが分かりました。このセンサーを対象とした新しいハエ駆除剤の開発など応用が期待されます。10月1日発行の米国神経科学学会誌に掲載されます。
研究チームは、ショウジョウバエの「痛み知らず(ペインレス)」と呼ばれる変異体に注目。この「痛み知らず」のハエは熱に鈍く、体が傷害を受けてしまうような高温から逃げることができないことが知られていました。このハエが痛み知らずなのは、「ペインレス」と呼ばれるタンパク質を持っていないのが原因であることは遺伝子解析の結果明らかとなっていたのですが、このタンパク質自身が実際にどのような働きを持っているのかは、分かっていませんでした。そこで、このタンパク質の働きを解明することを目的に研究をすすめたところ、実は42度以上の「熱」を直接感じているセンサーであることを発見しました。さらに細胞内のカルシウムによって感じる温度を低下させるなど、多彩な調節を受けていることもわかりました。これによって、ペインレスは「熱」を感じる機能を最適な状態に保っていると考えられます。「痛みしらず」のハエは、このセンサーを持っていないため、「体に危険な熱」を感じることができないと考えられます。
面白いことに、防虫剤に使われる「樟脳」をこの熱さセンサーにかけたところ、このセンサーの働きが止まりました。この防虫剤のメカニズムはこれまで知られていませんでしたが、今回の研究から「樟脳」がこのセンサーの働きを妨害することでハエの正常な機能を混乱させ、防虫効果を発揮している可能性が出てきました。また、今回ハエが嫌がる熱さセンサーの正体が明らかになったことから、新しいハエ駆除剤の開発に役立つものと考えられます。
さらに、ヒトも同じ種類のセンサーを使って43℃以上の熱を感じていることから、ヒトもハエも同じ仕組みを使って「熱」を感じていることが明らかになりました。ハエからヒトまで温度を感じる共通の根本的なメカニズムがあるものと考えられます。
※科学研究費補助金の交付をうけて行った研究の成果です。
ショウジョウバエの「ペインレス」というタンパク質は、熱さを直接感じることができるセンサーであることを証明した(図1)。カルシウムの濃度によって熱さの感じ方が変わることも分かった(図2)。防虫剤の「樟脳」はその働きを妨害していた(図3)。
これまで30度付近の温度を感じる温受容センサー(TRPA1)があることはしられていたが、本研究によって、「ペインレス(Painless)」が42度以上の「危険な熱」を感じるセンサーであることが分かった。
カルシウムがないと、この熱さセンサーの「熱」に対する電気反応(電流)がほとんどないが、カルシウムがあると熱さに対して大きく反応することが分かった。
この熱センサーの熱さに対する電気反応(電流の大きさ)が、樟脳をかけている間は小さくなることがわかる。
防虫剤に使われる「樟脳」がこのセンサーに働くことが今回の研究で初めてわかりました。「樟脳」は、この熱さセンサーの働きを妨害することでハエの正常な機能を混乱させ、防虫効果を発揮している可能性があります。また、このセンサーが働くとハエが逃げることが分かっているため、新しいハエ駆除剤の開発に役立つものと考えられます。
今回の研究成果は、新しい防虫剤の開発につながるかもしれない。
ヒトにも43℃以上の熱さを感じる同じ種類のセンサータンパク質があることが知られています。また、その他の多くの生き物も同じ分類のタンパク質を持っていることから、将来、生き物に共通の温度を感じる仕組みを明らかにすることができるかもしれません。
Drosophila Painless is a Ca2+ requiring Channel Activated by Noxious Heat
Takaaki Sokabe, Seiya Tsujiuchi, Tatsuhiko Kadowaki, Makoto Tominaga
Journal of Neuroscience (米国神経科学学会誌), 10月1日号掲載