洋カラシ(マスタード)などを辛い(痛い)と感じる刺激センサーが、マウスでは、コーヒーの成分であるカフェインによっても刺激されること、そして、ヒトでは、全く逆に、カフェインでこのセンサーの働きが抑えられることを、自然科学研究機構・生理学研究所の久保義弘教授、長友克広研究員の研究グループが明らかにしました。この刺激センサーはTRPA1(トリップ・エーワン)タンパク質と呼ばれるもので、このセンサーが働くと「痛み」を引き起こすため、カフェインを土台とした新しい鎮痛薬の開発につながる可能性がある成果です。米国アカデミー紀要に発表されます(10月27日の週に電子版発表)。
研究チームは、舌の神経の表面にあるマウスとヒトのTRPA1タンパク質に注目。コーヒーの成分であるカフェインに対するこのセンサーの反応を、センサーを通って流れる電流の増減を指標にして、調べました。すると、マウスのTRPA1タンパク質はカフェインによって刺激されることがわかりました。また、正常マウスでは、カフェインを含む飲料水を避けるのに対し、TRPA1タンパク質を持っていないマウスでは、通常の飲料水と区別できないことがわかりました。しかし、ヒトのTRPA1タンパク質は、カフェインによって刺激されないばかりか、マスタードの作用を抑えるという正反対の効果があることがわかりました。
久保教授は、「カフェインはこれまでにも、覚醒や利尿などの多様な薬理作用を持つことが知られていましたが、今回、カフェインの新たな作用を明らかにした点に、研究の意義があると考えています。また、今回の発見を簡単に説明すると、‘カフェインは、マウスでは、マスタードと同様な “侵害刺激物質(痛み物質)=毒” と認識されているのに対し、ヒトでは、“侵害物質の刺激を和らげるもの=薬”として作用する’と表現できると思います。」 と話しています。
今回の研究から、ヒトでは、カフェインが痛みセンサーの一つであるTRPA1タンパク質の働きを抑えることになります。そこで、このカフェインの作用を応用すれば、痛みを抑える新たな鎮痛剤の開発につながる可能性があります。
今回の研究成果のように、同じ哺乳類のマウスとヒトでも、同じタンパク質の働きで起こる現象が明確に異なることがあるので、マウスをヒトのモデル動物として使う時には、注意する必要があると言えるでしょう。
Caffeine activates mouse TRPA1 channels but suppresses human TRPA1 channels.
(カフェインは、マウスTRPA1 チャネルを活性化し、ヒトTRPA1 チャネルを抑制する。)
Katsuhiro Nagatomo and Yoshihiro Kubo
(長友克広、久保義弘)
Division of Biophysics and Neurobiology, National Institute for Physiological Sciences
(自然科学研究機構生理学研究所 神経機能素子研究部門) 発表学術雑誌名:
Proceedings of the National Academy of Sciences, U.S.A.
(米国アカデミー紀要)