てんかんは、人口の1%程度に発症する頻度の高い神経疾患であり、様々な種類のものが知られています。てんかんは神経細胞の異常な興奮によるものと考えられていますが、未だに原因解明は進んでおらず、根本的な治療法に至っているものは多くありません。今回、自然科学研究機構 生理学研究所の深田正紀教授と深田優子准教授の研究グループは、神経細胞と神経細胞のつなぎ目であるシナプスにある特殊なタンパク質「分泌タンパク質LGI1」を無くした遺伝子改変マウスでは、てんかん発作が起こることを明らかにしました。さらに、正常マウスでは、LGI1タンパク質が他の2種類のタンパク質ADAM22、ADAM23と「抗てんかんタンパク質複合体」をつくり、脳内のシナプス伝達を精緻に調節し、てんかん発作が起こらないようにしていることをつきとめました。ヒトのある種の"家族性特発性部分てんかん"患者でLGI1の変異が見つかっていることから、ある種の"家族性特発性部分てんかん"は、LGI1遺伝子かLGI1タンパク質の補充により治療可能であることが示唆されます。前記の研究内容は、米国科学雑誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」のオンライン速報版で1月25日の週(米国東部時間)に公開されます。
研究グループは、シナプスのタンパク質である分泌タンパク質LGI1に注目。今回、このLGI1タンパク質が、てんかん関連タンパク質として知られている2つのタンパク質ADAM22とADAM23に結合すること、そして、この3つのタンパク質が結合すると「抗てんかんタンパク質複合体」となって、シナプス機能を正常に保ち、てんかん発作が起きないようにしていることをつきとめました。逆に、今回の遺伝子改変マウスのようにLGI1タンパク質が無くなってしまうと、このタンパク質複合体ができなくなってしまい、これによってシナプスの働きが異常になり、てんかん発作が引き起こされることがわかりました。とくに、記憶を司る脳の海馬では、LGI1タンパク質が存在しなくなることで、シナプスの信号の伝わり方が異常になることを証明しました。
これまでの研究で、ヒトの"家族性特発性部分てんかん"を示す約30家系の調査により、LGI1遺伝子に変異があることは分かっていました。今回の発見により、このてんかん発作はLGI1遺伝子から作られる正常なLGI1タンパク質の量が少なくなることが原因で、これによってシナプスの機能異常が起きていることが示唆されました。これまで知られているヒトのてんかんの原因遺伝子の多くはシナプス伝達に直接関わるイオンチャネルタンパク質のものでした。一方、今回の研究で明らかとなったLGI1は分泌タンパク質(リガンドと呼びます)であり、受け手である受容体タンパク質(ADAM22とADAM23)に結合し、シナプス伝達を間接的に制御していると考えられます。今後このリガンド・受容体複合体の機能がさらに詳細に解明されれば、このリガンド・受容体複合体を標的としてシナプス伝達を修飾するような薬剤の開発が期待されます。
深田正紀教授は「今回の発見から、"家族性特発性部分てんかん"の症状が、LGI1タンパク質の補充で改善できる可能性が示唆されます。また、今回のLGI1遺伝子欠損マウスが、今後ヒトの"家族性特発性部分てんかん"のモデルマウスとなることが期待され、てんかん治療薬の評価を検討する上でも有用と考えられます」と話しています。
本研究は、米国カリフォルニア大学サンフランシスコ校のロジャー・ニコル教授らとの共同研究で行われました。
本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)の「生命システムの動作原理と基盤技術」研究領域(研究総括:中西重忠 大阪バイオ研究所 所長)における研究課題「シナプス強度を決定する基本原理の解明」(研究代表者:深田優子)の一環として行われました。
また、本成果の一部は文部科学省科学研究費補助金 若手研究(S) (研究代表者 深田正紀)の支援を受けて行われました。
てんかんは、脳の傷害などによっておこる原因のはっきりした「症候性」のものと、原因がはっきりしていない「特発性」のものに分けられ、さらにてんかん発作の様相から、発作がからだの一部分から始まる「部分てんかん」と発作がからだ全体におこる「全般てんかん」に分けられます。部分てんかんも最終的に全般化する場合もあります。「特発性てんかん」の頻度が最も高く約7割といわれています。最近、遺伝子レベルの研究の進歩により「特発性てんかん」の多くがなんらかの遺伝子の変異によっておこり、遺伝性(家族性)であることが分かってきました。「家族性特発性部分てんかん」のなかでも、LGI1遺伝子の変異が発見された患者は、幻聴、幻覚を伴うてんかん症状を示すことが知られています。
全身性間代性てんかん発作により、写真がブレ像となっています(上図) 。最終的に強直状態となり、意識消失します(下図) 。矢頭は強直により四肢が伸展している様を示しています。LGI1欠損遺伝子改変マウスは生後2週間頃より自発的に約1時間おきにこのような発作を起こします。
LGI1タンパク質につけた分子上の目印(分子タグ)を手がかりに、脳内でLGI1に結合しているタンパク質の構成について生化学的な解析を行ったところ、LGI1タンパク質と、てんかん関連タンパク質として知られるADAM22とADAM23が結合していることが明らかとなりました。
LGI1タンパク質(赤色)とADAM22(緑)の神経細胞での分布を調べたところ、神経細胞の表面の神経と神経のつながり部分であるシナプスのある場所に存在していました。
LGI1タンパク質はシナプスからその間隙の部分に放出され、ADAM22, ADAM23と複合体を形成していると考えられます。これがちょうど、シナプスを作る神経細胞同士をつなぐ「橋」となり、シナプスの働きを正常に保っているものと考えられます。LGI1タンパク質が無くなったりすると、3つのタンパク質の結合が減少し、シナプスの機能が異常となり、てんかん発作(ヒトではある種の家族性特発性部分てんかん)が引き起こされるものと考えられます。
本研究からLGI1タンパク質の減少が確かにてんかん発作の発生につながることが明らかになり、LGI1遺伝子がある種の"家族性特発性部分てんかん"の症状発現の原因であると考えられます。そこで、LGI1遺伝子やタンパク質の補充で、症状が改善される可能性が示唆されます。
本研究によって、LGI1タンパク質欠損マウスが、今後、ヒトの"家族性特発性部分てんかん"のモデルマウスとなることが期待され、てんかん治療薬の評価を検討する上でも有用と考えられます。
Disruption of LGI1-linked synaptic complex causes abnormal synaptic transmission and epilepsy
Yuko Fukata, Kathryn L. Lovero, Tsuyoshi Iwanaga, Atsushi Watanabe, Norihiko Yokoi, Katsuhiko Tabuchi, Ryuichi Shigemoto, Roger A. Nicoll and Masaki Fukata
米国科学アカデミー紀要(PNAS)
自然科学研究機構 生理学研究所
生体膜研究部門
教授 深田 正紀(フカタ マサキ)
自然科学研究機構 生理学研究所
生体膜研究部門
准教授 深田 優子(フカタ ユウコ)
科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究推進部
原口 亮治(はらぐち りょうじ)
生理学研究所・広報
科学技術振興機構 広報ポータル部