現代のストレス社会においては、睡眠研究に対する社会的関心と要請が高まっています。その一方で、脳における睡眠メカニズムの研究は未解明の点が多く、これからの大きな課題となっています。これまでの研究では、様々な脳内ホルモンが、睡眠の誘導に重要な役割を果たしていると考えられてきましたが、その放出や作用が脳の中でどのように調節されているのか不明な点が多く残っています。今回、生理学研究所の山中章弘准教授の研究グループは、これまで機能がわかっていなかった新しい神経タンパク質“ニューロペプチドB(Neuropeptide B)”が睡眠の誘導に働いていることを解明しました。睡眠学専門雑誌Sleep(スリープ)の電子版で公開されました。
山中准教授の研究グループは、自由に寝たり起きたり行動するマウスから1日中連続して脳波を取ることに成功。このマウスの脳に、ニューロペプチドBを投与したところ、マウスが睡眠することをつきとめました。さらにマウスの脳波の解析をすすめたところ、ニューロペプチドBによって誘導されるのは、ノンレム睡眠であることがわかりました。一般的に睡眠は脳波によってノンレム睡眠とレム睡眠にわけられます。レム(REM)睡眠は人で言えば夢をみるときの状態であり、急速眼球運動(Rapid Eye Movement)のみられる睡眠です。脳波は比較的早い脳波(θ波など)が主体となります。その一方で、ノンレム睡眠はゆったりとした脳波(δ波など)がみられる睡眠であり、脳の活動が抑制された状態(脳が休んでいる状態)で、徐々に深まっていく睡眠状態であると言えます。ニューロペプチドBは、睡眠の中でも、このノンレム睡眠を誘導していました。
山中准教授は「これまで作用の知られていなかった新しい神経タンパク質“ニューロペプチドB”の作用を明らかにできた。また、睡眠の中でもノンレム睡眠を誘導できることは注目されるポイントであり、今後、ノンレム睡眠を引き起こす神経メカニズムの解明にもつながると期待できる。さらに、新しい作用機序の睡眠薬の創薬の可能性も期待できる」と話しています。
なお、今回の発見に用いた自由行動下の「マウス脳波筋電図記録装置」は、2010年4月に開室された生理学研究所の代謝生理解析室に設置され、同時に同室に設置された「エネルギー代謝モニタリングシステム」と共に、2011年4月より広く共同利用研究に役立てていただくことになっております。
本成果は文部科学省科学研究費補助金の支援を受けて行われました。
※ 山中章弘准教授は、JST さきがけ「脳神経回路の形成・動作と制御」(研究総括: 村上 富士夫、大阪大学大学院生命機能研究科 教授)の研究員です。
1)新しい神経タンパク質であるニューロペプチドBが睡眠覚醒調節に関与することがわかりました。
2)ニューロペプチドBによって誘導される睡眠は、ゆったりとした脳波(δ波など)のノンレム睡眠でした。
マウス4匹(4台)から脳波と筋電図を連続して同時記録することができる装置を開発した。
マウスの脳波と筋電図を同時測定して、その波形のパターンやリズムから、覚醒(起きている状態)しているか睡眠しているか見分けることができました。また、睡眠の中でも、θ波(脳波)などが主体であるレム睡眠なのか、δ波(脳波)などが主体のノンレム睡眠なのかも見分けられました。
ニューロペプチドB(NPB)を脳に投与すると、夜行性のマウスも夜になっても眠りつづけました。また、脳波と筋電図の解析から、この眠りはノンレム睡眠であることがわかりました。
通常では、脳の扁桃体と呼ばれる部分の作用により脳の視床下部のオレキシン神経が活発になりオレキシンが放出され覚醒(起きた状態)しています。これに対して、ニューロペプチドBは扁桃体の神経の作用を抑えます。これによって、睡眠を誘導するものと考えられました。
1)ニューロペプチドBを応用したノンレム睡眠誘導薬の創薬に期待
今回の発見で、新しい神経タンパク質であるニューロペプチドBがノンレム睡眠を誘導する作用があることがわかりました。投与方法などに工夫が必要ですが、そうした問題が克服されれば、ノンレム睡眠を誘導する新しい睡眠薬開発の期待ができます。
Neuropeptide B induces slow wave sleep in mice
Hirashima N, Tsunematsu T, Ichiki K, Tanaka H, Kilduff TS, *Yamanaka A
Sleep(電子版)
<研究に関すること>
山中 章弘 (ヤマナカ アキヒロ)
所属: 生理学研究所 細胞生理研究部門 准教授
<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報