パーキンソン病は、手足が震え、こわばり、動かしにくくなる神経難病で、脳の中で中脳黒質のドーパミン分泌細胞の機能の低下が主な原因であると考えられています。この中脳黒質は、解剖学的に脳の線条体と言われる部分から神経のつながりがあり、パーキンソン病の病態を理解するためにはこのつながりが重要であるとされていました。今回、自然科学研究機構・生理学研究所の田中謙二助教らの国際共同研究チームは、線条体から中脳のドーパミン細胞への神経のつながりは、普段から実は全く機能していないことを、最先端の“光操作”技術を駆使して、明らかにしました。パーキンソン病にかかわる神経のつながりに新しい説を提唱する発見です。1月26日号の米国神経科学会誌ザ・ジャーナル・オブ・ニューロサイエンスに掲載されます。
研究チームは、光で神経細胞を操作する“光操作”技術を応用。光を感じて神経の活動を活発にすることができる“チャネロドプシン2(ツー)”というタンパク質を線条体と中脳をつなぐ神経線維(中型有棘神経細胞)に遺伝子導入したマウスを開発。光でその神経のつながりを操作することで、実際にそのつながりがちゃんと働いているのかどうか確かめてみました。これまでの電極をつかった刺激方法では、こうした特定の神経のつながりだけを狙って刺激することはできませんでしたので、そのつながりがちゃんと機能しているのかどうか確かめることはできませんでしたが、今回の光操作技術でそれが可能になりました。すると、これまで解剖学的には線条体と中脳黒質のドーパミン細胞は直接つながりがあるといわれていましたが、光をあててその部分を刺激し電気信号を記録しても、そのつながりからは全く電気信号を記録できませんでした。研究チームはさらに線条体からのつながりをしらみつぶしに調べ、これまで分かっていたそれぞれの解剖学的なつながりが、実際にどの程度の強さで機能しているか明らかにしました。
田中助教は「今回の研究成果は、最先端の光操作技術を応用できたからこそ得られた研究成果であり、これまでの定説を覆す結果となった。線条体神経のつながりには不明な点が多いので、この先端技術を使って線条体が関与する現象、薬物依存や認知、にかかわるつながりについても明らかにしていきたい」と話しています。
米国コロンビア大学医学部精神科の中馬奈保博士らとの共同研究成果です。
1. 脳の線条体の神経細胞に、光を感じて神経細胞の活動を活発にさせるタンパク質“チャネロドプシン2”を遺伝子導入したマウスを開発しました。光で神経活動を操作することが可能に(最先端の光操作技術)。
2. パーキンソン病に関連する脳の部位として知られる中脳黒質ドーパミン細胞と線条体をつなぐ神経線維は、解剖学的なつながりはあるものの、機能的には全く働いていないことを明らかにしました。
チャネロドプシン2”の遺伝子導入で、神経の電気活動を光操作
チャネロドプシン2は、青色の光を浴びたときだけ開くイオンの通り道となるタンパク質(イオンチャネル)であり(上)、これが青色光をうけて開くことによって、神経に電気信号が生まれます(下)。 このタンパク質を狙った神経細胞に遺伝子導入することで、その神経細胞の電気活動を光で操作することができるようになります。
チャネロドプシン2を遺伝子導入したマウスの線条体
マウスの脳を縦断し、横からみたもの。チャネロドプシン2を遺伝子導入した中型有棘神経細胞とその神経線維が、オワンクラゲの緑色蛍光タンパク質(GFP)で光っている。線条体(Str)から中脳黒質(SN)へ神経線維のつながりがわかる。GPは淡蒼球。
線条体から中脳黒質ドーパミン細胞へ電気信号は伝わらない
図2の神経線維である中型有棘神経細胞の神経線維を光で刺激し、そのときの中脳黒質の神経細胞での電気信号を記録したもの。右は、ドーパミン細胞における電気記録。電気信号がまったく見られない。つまり、中型有棘神経細胞とドーパミン細胞は機能的にはつながっていないことが分かる。その一方で、左は同じ中脳黒質にはあるが、ドーパミン細胞ではないGABA細胞での電気記録。ドーパミン細胞以外へのつながりはあることがわかる。
(1) パーキンソン病に関連する脳の神経のつながりに新しい説を提唱
これまで、解剖学的な研究から、パーキンソン病の病態に重要な役割を果たす中脳黒質ドーパミン細胞には、脳の線条体と言われる部分から神経のつながりがあると言われていました。しかし、今回の研究で、その神経のつながりが、電気信号を伝えることができているのか調べたところ、普段から全く機能していないことがわかりました。パーキンソン病の治療の方針の一つとして、中脳黒質ドーパミン細胞の活性低下をどのように補うかが課題となっていますが、そのとき、機能にもとづく神経細胞のつながりをいかに上手に利用することができるかが課題となるでしょう。
結果のまとめ
(2) 薬物依存にかかわる神経のつながりの解明に期待
覚醒剤を投与された動物では、中型有棘神経細胞が活性化します。この活性化が薬物依存の形成に重要なはたらきをすることまではわかっています。神経細胞の活性化はつながりを持つ次の細胞へ信号を伝達するはずですが、どのような強さでどの細胞につながっているか分かっていません。光操作技術を使えば、つながりとつながりの強さを同時に調べることが出来、薬物依存形成にかかわる神経回路を機能の面から明らかにできます。新しい知見に基づく新しい治療法が提案されることが期待されます。
(3) 運動学習との関連
中脳黒質ドーパミン細胞は、運動学習と関わりがあると考えられています。このような情報が脳の何処から来るのかが、大きな問題となっています。本研究は、このような議論にも大きなインパクトがあると考えられます。
Functional Connectome of the Striatal Medium-Spiny Neuron
Nao Chuhma, Kenji F. Tanaka, Rene Hen, Stephan Rayport
米国神経科学会誌ザ・ジャーナル・オブ・ニューロサイエンス (2011年1月26日号掲載)
※中馬博士と田中助教の2人が本論文のトップオーサー
<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 分子神経生理部門 助教
田中 謙二(タナカ ケンジ)
<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報