携帯音楽プレーヤーや携帯電話を使って音楽を楽しんでいる人が多くなっていますが、周囲の雑音が騒々しい場合には、ついつい音量を上げてしまいがちです。今回、自然科学研究機構生理学研究所の岡本秀彦准教授、柿木隆介教授とドイツの研究グループは、共同で、そうした騒々しい状況下で大音量で音楽を聞き続けると、聴覚検査は正常であっても、雑音の中から音を聞き分ける力(音を鮮明に聞きとる力)が弱くなることを明らかにしました。一つ一つの音を聞かせて聞こえを検査する通常の聴覚検査では明らかにならない「音の聞き分け(音の鮮明さ)」に関わる聴覚の異常であり、今後の検査方法の在り方にも提言を与える研究成果です。米国科学誌プロスワン(3月2日号電子版)に報告されます。
研究グループは、生体磁気計測装置MEG(magnetoencephalography)を使い、音に対する脳の反応を記録。普段から大音量で携帯音楽プレーヤーを聞いている13名の若者(常用者)とそうでない若者13名(非常用者)に、映画をみさせるなどリラックスしている状態で、雑音とともに特定の周波数の音を聞かせ、その時の脳の反応を記録しました。すると、雑音の中から音を聞き分ける能力が、携帯音楽プレーヤー常用者の方が弱くなっていました。静寂の中で集中してもらい、特定の周波数の音が聞こえるか聞こえないか検査する通常の聴覚検査では、常用者でも非常用者でも違いはないことから、これまでの検査方法では見落とされる聴覚の異常です。
岡本准教授は、「これまでの検査方法では聴覚正常といわれても、知らず知らずに音を鮮明に聞き分ける能力が落ち、脳や聞こえの神経に負荷がかかっていると考えられる。雑音が騒々しい場所で携帯音楽プレーヤーを楽しむ時は、大音量にするのではなく、ノイズキャンセラーなどの機能を使って音は控えめにして欲しい」と訴えています。
携帯音楽プレーヤー常用者と非常用者で脳の聴覚反応を比較したところ、特定の周波数の音に対する聴覚反応は、静寂下では異ならないものの、雑音環境下では大きく違っていた。常用者では雑音からの音の鮮明な聞き分けに異常が生じていた。
MEGで記録した脳の聴覚反応
携帯音楽プレーヤー常用者(13名)と非常用者(13名)の聴覚反応を、雑音に邪魔されずに聞こえやすい時と雑音に邪魔されて聞こえにくい時で記録した。雑音に邪魔されずに聞こえやすい時には、どちらも同じように正常な聴覚反応だが、雑音に邪魔されて聞こえにくい場合には、携帯音楽プレーヤー常用者の方が反応が小さくなる。(図2で、常用者と非常用者の聴覚反応の大きさを比較)
聴覚反応の大きさの比較
図1の記録の脳の聴覚反応の大きさを常用者と非常用者で比較。雑音に邪魔されずに聞こえやすい時には、ほとんど違いはないが、雑音に邪魔されて聞こえにくい時には、大きな違いがあらわれる。常用者13名、非常用者13名の平均値。ANOVA検定で有意差を確認したものを、棒グラフで表現している。
1) 今後の聴覚検査の在り方に提言:通常の聴覚検査では明らかにならない異常
通常、聴覚検査は、静寂の中で、特定の周波数の音が聞こえるか聞こえないかを検査する検査方法です。この方法では、携帯音楽プレーヤーの常用者でも、正常と同じような聞こえ方をします。しかし、今回の研究で明らかになったように、雑音の中での音の聞こえ方は、知らず知らずのうちに悪化しており、これが脳や聞こえの神経に負荷をかけてしまっていると考えられます。今後こうした異常を早期に発見するためにも、こうした音の鮮明さを反映できる聴覚検査であるhearing in noise test(雑音がある中で音を聞き分ける検査)なども行われるとよいと考えられます。
2)ノイズキャンセラーなどを利用して!
携帯音楽プレーヤーは雑音が多い中で使用する場合が多く、ついつい音量を上げてしまいがちです。しかし、今回の研究成果より、そうした大音量の音を聞き続けることが知らず知らずと聴覚の異常を起こしているものと考えられます。周囲が騒々しく雑音が多い場合には、携帯音楽プレーヤーの音量を上げるのではなく、周囲の雑音をキャンセルするようなノイズキャンセラーなどの機能を使うとよいでしょう。
今回の研究成果のイメージ図
作画: 鯉田/生理学研究所
Broadened Population-level Frequency Tuning in Human Auditory Cortex of Portable Music Player Users
Hidehiko Okamoto, Henning Teismann, Ryusuke Kakigi, Christo Pantev
PLoS One, プロスワン(2011年3月2日電子版)
<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 感覚運動調節部門 特任准教授
岡本 秀彦(オカモト ヒデヒコ)
<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報