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「トリップ」で「ハイパー」を感じる仕組みを解明
―細胞が縮んで死んでいくことを防ぐイオンの通り道となる分子を 世界に先駆けて発見―

プレスリリース 2012年2月29日

内容

私たちの体をつくる細胞は、常に一定の大きさを保っています。たとえ、激しい運動による脱水、過剰な塩分や大量な水の摂取等により引き起こされる体液の浸透圧変化によって細胞の大きさの変化を強いられたとしても、細胞自らが環境の変化を感じて大きさを一定にするように調節しています。細胞の大きさの調節には、細胞内外でイオンの出し入れを行って(水を移動させて)いることは知られていましたが、細胞の膜のどの穴(イオン・チャネル)を通っているのか、その分子は分かっていませんでした。今回、自然科学研究機構・生理学研究所の岡田泰伸(おかだ・やすのぶ)所長らの研究グループは、ヒトの上皮細胞で、周囲の体液濃度が高まって高浸透圧(「ハイパー」)になったときにイオンの通り道となり細胞が縮んでしまうことを防ぐ分子(イオン・チャネル)は、TRP(トリップ)チャネルの一種であることを発見しました。さらに、この分子が働くことで、細胞が縮まず、死なずにすむ、その分子メカニズムを明らかにしました。研究成果は、ジャーナル・オブ・フィジオロジー(生理学分野で最も古く権威のある英国から発刊の生理学雑誌、2012年3月1日号)に掲載され、次号のトップ掲載の「展望」記事にて注目論文として紹介されます。


研究グループが発見したのは、温度などに対するセンサー分子として知られているTRP(トリップ)チャネルの一種。中でも、TRPM2(トリップ・エムツー)チャネルの一種であるTRPM2∆C(トリップ・エムツー・デルタシー)チャネルが、高浸透圧(「ハイパー」)でも細胞が縮むのを防ぐイオンの通り道となる分子であることを発見しました。さらに、研究グループは、このTRPM2∆Cチャネルは、HIV感染や癌、Ⅱ型糖尿病、オキシトシン分泌などに関与する分子であるCD38(サイクリックADPリボースヒドロラーゼ)と結合して相互作用をすることで活性化されるという新たな分子メカニズムを解明しました。

岡田泰伸所長は「これまで長年にわたって世界中の研究者が探し求めてきた分子が明らかになったことは、今後、多くの病態の解明・治療に寄与するものとして期待されます。さらに今回の研究成果から、HIV感染や癌、Ⅱ型糖尿病、オキシトシン分泌(その不全の自閉症などの発達障害)などに関与する分子であるCD38が関わることから、これらの疾患との関連性についても今後、研究の発展が期待されます」と話しています。

本研究は、京都大学の沼田 朋大助教・森 泰生教授、、ならびに、ドイツ・マックスプランク研究所のフランク・ヴェーナー教授との共同研究です。また、本研究は、文部科学省科学研究費補助金による支援を受けて行われました。

今回の発見

1.周囲の体液濃度が高まって高浸透圧(「ハイパー」)になったときにイオンの通り道となり細胞が縮みっぱなしになることを防ぐ分子(イオン・チャネル)は、TRP(トリップ)チャネルの一種であるTRPM2∆C(トリップ・エムツー・デルタシー)チャネル(C末端細胞質Nudix領域一部欠失スプライスバリアント)であることを発見しました。
2.TRPM2∆Cチャネルは、HIV感染や癌、Ⅱ型糖尿病、オキシトシン分泌などに関与する分子であるCD38(サイクリックADPリボースヒドロラーゼ)と結合して相互作用をすることで活性化されるという新たな分子メカニズムを解明しました。

図1

高浸透圧(「ハイパー」)になったときにTRPM2(TRPM2∆C)チャネルがイオンの通り道になる

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ヒトの上皮細胞の周囲の液を高浸透圧(「ハイパー」)にすると、イオンの流れ(電流応答)が増大しました。遺伝子クローニングによる解析を行ったところ、この電流応答は、TRPM2(TRPM2∆C)チャネルによるものであることが明らかとなりました。さらに、このTRPM2チャネルの働きを抑えると、電流応答も小さくなることがわかりました(右グラフ)。

図2

TRPM2∆CチャネルとCD38が相互作用し活性化する

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TRPM2∆CチャネルとCD38分子は同じ細胞に存在し、細胞表面の膜の近くで、相互作用していることがわかりました。左写真:TRPM2チャネル(緑)とCD38分子(赤)は、両方ともに同じ細胞にあります。右写真:TRPM2チャネルとCD38分子の細胞の中での相互作用。二つの分子が細胞表面の膜近くで相互作用していることがわかりました(青色であれば相互作用していることを示しています)。

図3

トリップ(TRPM2∆Cチャネル)がハイパー(高浸透圧)を感じる仕組み(模式図)

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細胞表面の膜には、TRPM2チャネル(TRPM2∆Cチャネル)とCD38が近くに寄り添うように存在しています。細胞の周囲の液が高浸透圧になると、CD38が働き、これによってTRPM2∆Cチャネルが細胞の外から内へイオン(Naイオン)を流し、細胞が縮みっぱなしになることを防いでいることがわかりました。

この研究の社会的意義

細胞が縮んで死んでいくことを防ぐイオンの通り道となる分子を世界に先駆けて発見

これまで長年にわたって世界中の研究者が探し求めてきた分子が明らかになったことは、今後、多くの病態の解明・治療に関与するものとして期待されます。特に、体液浸透圧維持不全が原因として関与する高ナトリウム血症や、ある種の高血圧症、高血糖高浸透圧症候群、心筋梗塞などの疾患の発生メカニズムの解明にも波及することも期待されます。さらに今回の研究成果から、HIV感染や癌、Ⅱ型糖尿病、オキシトシン分泌(その不全の自閉症などの発達障害)などに関与する分子であるCD38が関わることから、これらの疾患との関連性についても今後、研究の発展が期待されます。

補足説明

見てみよう!細胞は大きくなったり小さくなったり
映像「おウチで実験!ウズラの卵も大きくなったり小さくなったり」

 

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殻を溶かしたウズラ卵の膜(細胞膜)は半透膜という性質をもっており、周囲の液の種類や濃さが変わると、それに応じて水が出たり入ったりして、大きくなったり小さくなったりします。その様子をみてみましょう。前半は蜂蜜につけた時に小さくなっていく様子、後半は、普通の水につけたときに元の大きさに戻っていく様子の映像です。
 

 

https://www.nips.ac.jp/nipsquare/dotchannel/2011/11/post-1.html
 

論文情報

The ∆C splice-variant of TRPM2 is the hypertonicity-induced cation channel (HICC) in HeLa cells, and the ecto-enzyme CD38 mediates its activation.
T Numata, K Sato, J Christmann, R Marx, Y Mori, Y Okada*, F Wehner*
(*Corresponding authors)
ジャーナル・オブ・フィジオロジー (英国生理学雑誌) 2012年3月1日号掲載

お問い合わせ先

<研究に関すること>
岡田 泰伸 (オカダ ヤスノブ)
自然科学研究機構 生理学研究所 所長

<広報に関すること>

自然科学研究機構 生理学研究所 広報
 

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