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鳥はワサビを「熱い」と感じる
― ニワトリの「ワサビ受容体」は鳥類忌避剤および高温刺激のセンサーとして働く

プレスリリース 2014年1月23日

内容

極端な低温や高温に曝されたり、刺激性の化学物質に触れると痛みを感じます。今回、痛みを引き起こす刺激のセンサーであるTRPA1(トリップ・エーワン)をニワトリから単離し機能解析を行い、ニワトリTRPA1が刺激性の化学物質および高温のセンサーとして働くことを明らかにしました。変温動物の両生類や爬虫類のTRPA1も高温のセンサーであるのに対して、哺乳類のTRPA1は高温センサーではないことが知られています。同じ恒温動物である鳥類と哺乳類のTRPA1の温度感受性が一致していないことが分かりました。
また、鳥類忌避剤として利用されるアントラニル酸メチルがTRPA1により受容されることを新たに発見しました。更に、この化学物質によるTRPA1の活性に重要な役割を担う3つのアミノ酸を同定し、これまで不明だったアントラニル酸メチルによって引き起こされる忌避行動の分子メカニズムを解明しました。本研究成果は国際分子生物・進化学会誌(Molecular Biology and Evolution)に掲載されます(1月7日にオンライン先行出版されました)。
 

 研究グループは、脊椎動物や昆虫において痛みセンサーとして機能するワサビ受容体TRPA1を様々な脊椎動物種の間で比較してきました。これまで、両生類や爬虫類のTRPA1が高温のセンサーであり、高温感受性ではない哺乳類のTRPA1とは性質が異なることを報告してきました。今回、哺乳類と同じ恒温動物である鳥類のTRPA1の機能特性を明らかにするために、ニワトリからTRPA1を単離して機能を調べました。ニワトリのTRPA1はワサビの辛み成分アリルイソチオシアネートや他の香辛料に含まれる化学物質により活性化され、刺激性の化学物質のセンサーとして働くことを明らかにしました。更に、ニワトリのTRPA1は高温センサーであることも示し、鳥類のTRPA1の温度感受性が同じ恒温動物である哺乳類とは似ておらず、むしろ変温動物の両生類や爬虫類、昆虫と類似していることを発見しました。

 また、鳥類の忌避剤として海外で利用されるアントラニル酸メチルがニワトリTRPA1を活性化させること、ニワトリの感覚神経においてアントラニル酸メチルによる反応がTRPA1の特異的阻害剤により抑制されることを示し、アントラニル酸メチルの忌避作用がTRPA1を介して生じることを明らかにしました。更に、アントラニル酸メチルに対するTRPA1の活性が脊椎動物種の間で異なることも見出し、この種間多様性を利用してTRPA1のアントラニル酸メチルの活性に重要な3つのアミノ酸を同定しました。

 富永教授と齋藤助教は、「今回の研究により、TRPA1が鳥類の忌避剤であるアントラニル酸メチルのセンサーであることが分かり、作用メカニズムを分子レベルで解明することができました。また、遺伝子の機能を多様な動物種間で比較することが作用機構を分子レベルで解明するうえで有用であることを示すこともできました。今回の研究はより効果的な鳥類忌避剤の開発に役立つかもしれません」と話しています。

 アントラニル酸メチル:コンコードグレープなどに含まれる、ぶどうのような匂いがする化学物質であり、安全性の高い化学物質と考えられており、食品添加物としても用いられる。鳥類に対して忌避作用があることが知られており、海外では鳥類を追い払うために農場や飛行場などで散布される。

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本研究は、鳥取大学の太田利男教授との共同研究により行われました。
本研究は、文部科学省科学研究費補助金の補助を受けて行われました。

今回の発見 

1.ニワトリのワサビ受容体TRPA1が様々な刺激性の化学物質および高温のセンサーとして働くことを明らかにしました。
2.鳥類の忌避剤であるアントラニル酸メチルがTRPA1を介して作用すること、また、脊椎動物種間でTRPA1のアントラニル酸メチルに対する活性が異なることを発見しました。
3.ニワトリTRPA1のアントラニル酸メチルによる活性に重要な3つのアミノ酸を同定しました。

図1 温度刺激と化学物質刺激に対するニワトリTRPA1の応答

tominagaPress20140123-1.jpgマウスのTRPA1は低温に反応すると報告されていますが、ニワトリTRPA1は低温刺激には反応せず、高温刺激を与えた場合にのみ明瞭な電流応答が生じました。また、ワサビの辛み成分であるアリルイソチオシアネート(AITC)にも反応しました。ニワトリではTRPA1は高温と刺激性化学物質のセンサーとして機能することを示しています。

図2 アントラニル酸メチルに対するTRPA1の活性の種間多様性と活性化に重要な役割を担うアミノ酸

tominagaPress20140123-2.jpgアントラニル酸メチルに対するTRPA1の活性を5種の脊椎動物種間で比較したところ、ニワトリ、マウス、ヒトのTRPA1では明瞭な反応が観察されるのに対して、ニシツメガエルとグリーンアノールトカゲのTRPA1では反応が小さかった。また、ニワトリTRPA1のアントラニル酸メチルによる活性化には互いに近接した3つのアミノ酸が重要な役割を担うことが分かった。

図3 脊椎動物のTRPA1の機能的な多様性とその進化シナリオ

tominagaPress20140123-3.jpg高温センサーであるニワトリのTRPA1は、同じ恒温動物である哺乳類とは特性が異なり、むしろ、変温動物である両生類や爬虫類のTRPA1と類似していました。脊椎動物はもう一つの高温センサーとしてTRPV1を維持しているために、動物種によってはTRPA1の温度感受性が変化したと考えられます。一方、体にダメージを与え得る刺激を感じる能力はどの動物種にも必須であるため、いずれの動物種もTRPA1の化学物質感受性を維持してきたと考えられます。

この研究の社会的意義

TRPA1をターゲットとした新しい忌避剤の開発
近年、鳥獣による人や農作物への被害が問題となっています。今回の研究により、鳥類がアントラニル酸メチルを忌避するメカニズムが分子レベルで解明され、更に、TRPA1の活性に重要な役割を担うアミノ酸も特定されました。痛みセンサーに作用する忌避剤は即効性がありながら、動物に致死的な作用を及ぼしにくい利点があります。また、植物の成分であるアントラニル酸メチルは安全性が高い化学物質であると考えられています。TRPA1は植物に含まれる多様な化学物質のセンサーであることから、今回の研究成果はTRPA1をターゲットにした新たな忌避剤の開発につながることが期待されます。

論文情報

Heat and noxious chemical sensor, chicken TRPA1, as a target of bird repellents and identification of its structural determinants by multispecies functional comparison. 
Shigeru Saito, Nagako Banzawa, Naomi Fukuta, Claire T. Saito, Kenji Takahashi, Toshiaki Imagawa, Toshio Ohta, and Makoto Tominaga.   2014年1月14日

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 細胞生理研究部門
助教 齋藤 茂 (さいとう しげる)
教授 富永真琴 (とみなが まこと)


<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室

 

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