News

お知らせ

"やる気や頑張り"がリハビリテーションによる運動機能回復に 大切であることを脳科学的に証明

プレスリリース 2015年10月 2日

内容

 脊髄損傷や脳梗塞の患者のリハビリテーションでは、意欲を高くもつと回復効果が高いことが、これまで臨床の現場で経験的に知られていました。それとは逆に、脳卒中や脊髄損傷後にうつ症状を発症するとリハビリテーションに支障が出て、運動機能回復を遅らせるということも知られています。しかし、実際に脳科学的に、“やる気や頑張り”といった心の状態が、運動機能回復にどのように結び付いているのかは解明されていませんでした。
今回、自然科学研究機構・生理学研究所の西村幸男准教授と京都大学大学院医学研究科大学院生(当時)の澤田真寛氏(現・滋賀県立成人病センター 脳神経外科)、理化学研究所・ライフサイエンス技術基盤研究センターの尾上浩隆グループディレクターの共同研究チームは、脊髄損傷後のサルの運動機能回復の早期において、“やる気や頑張り”をつかさどる脳の領域である「側坐核」が、運動機能をつかさどる「大脳皮質運動野」の活動を活性化し、運動機能の回復を支えることを脳科学的に明らかにしました。この研究結果から、“やる気や頑張り”をつかさどる「側坐核」の働きを活発にすることによって、脊髄損傷患者のリハビリテーションによる運動機能回復を効果的に進めることができるものと考えられます。本研究成果は、米国科学誌のサイエンス誌に掲載されます(10月2日オンライン版掲載予定)。

研究チームは、“やる気や頑張り”をつかさどる脳の神経核である「側坐核」と運動機能をつかさどる「大脳皮質運動野」との神経活動の因果関係に注目しました。
 脊髄損傷前のサルの側坐核を薬剤で一時的に働かない状態(不活性化)にしたところ、手を巧みに動かす動作(巧緻性運動)には全く影響がありませんでしたが、脊髄損傷からの回復途中(脊髄損傷後約1ヶ月)のサルでは、一旦直り始めていた手の巧緻性運動が障害されるとともに(図1)、大脳皮質運動野の神経活動が低下しました。また、手の機能が完全に回復した脊髄損傷後約3ヶ月では、側坐核の不活性化による手の巧緻性運動への影響はありませんでした。これらの結果から、脊髄損傷後の運動機能回復の初期では、側坐核による運動野の活性化がリハビリテーションによる手の運動機能回復を支えていることがわかりました(図2)。
 西村准教授は「今回の実験結果から、リハビリテーションにおいては運動機能を回復させることばかりが重要なのではなく、“やる気や頑張り”を支える側坐核の働きが大切であることがわかりました。実際の患者においては、脳科学や心理学などに基づく心理的サポートが重要であることがわかります。」と話しています。
 本研究は文部科学省脳科学研究戦略推進プログラム(平成27年度より日本医療研究開発機構(AMED)に移管)の一環として実施され、科学研究費補助金の新学術領域研究および基盤研究(A)、(B)からの補助を受けて行われました。

今回の発見

・脊髄損傷後の運動機能回復の初期では、“やる気や頑張り”をつかさどる側坐核による大脳皮質運動野の活性化が、手の運動機能回復を支えている。
・脊髄損傷前と完全に運動機能回復した後では、側坐核の活動は大脳皮質運動野の活動及び手の運動に関与していない。

図1 一度回復した手の巧緻性が、側坐核の不活性化で障害される

20151002nishimuraPress_1.jpg
脊髄損傷後の約1ヶ月でサルは、側坐核の働きも高まるとともに(側坐核↑)、大脳皮質運動野の働きも高まり(運動野↑)、手の巧緻性運動が機能回復していますが、側坐核を不活性化させると(側坐核↓)、大脳皮質運動野の神経活動が低下して(運動野↓)、再び手の巧緻性運動に障害が見られるようになります。

図2  運動機能回復の初期に側坐核が手の巧緻性を制御している

20151002nishimuraPress_2.jpg脊髄損傷後の運動機能回復初期では、側坐核によって活性化された大脳皮質運動野の活動が、手の運動機能回復を支えていることがわかりました。

図3 側坐核が大脳皮質運動野の活動を活性化し、機能回復を促進

20151002nishimuraPress_3.jpg


用語説明

・大脳皮質運動野:身体の運動実行をつかさどる脳部位で脊髄を介して、筋肉の活動を制御している(図3参照)。
・側坐核:報酬や意欲など高次機能をつかさどる脳部位である。本来、身体の運動には関与しないと考えられていた(図3参照)。

この研究の社会的意義

“やる気や頑張り”がリハビリテーションによる運動機能回復を効果的に促す今回の研究結果から、“やる気や頑張り”をつかさどる脳の働きが活発になることで、脊髄損傷からの運動機能回復を効果的に進めることができるものと考えられます。実際、運動機能回復のためのリハビリテーションにおいては、脊髄損傷や脳梗塞後のうつ症状は運動機能回復の妨げになっていました。リハビリテーションにおいては、運動機能を回復させるばかりでなく、脳科学や心理学などに基づく心理的サポートが重要であるといえます。精神状態を良くすることが、運動機能回復につながることを示しています。

論文情報

Function of nucleus accumbens in motor control during recovery after spinal cord injury

Masahiro Sawada, Kenji Kato, Takeharu Kunieda, Nobuhiro Mikuni, Susumu Miyamoto, Hirotaka Onoe, Tadashi Isa, Yukio Nishimura
Science   2015年 10月2日オンライン版

連絡先一覧

◯ 研究について
自然科学研究機構 生理学研究所 認知行動発達研究部門
准教授 西村 幸男(にしむら ゆきお)

◯ 広報に関すること
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室
特任助教 坂本 貴和子

◯ 関連機関
・理化学研究所 ライフサイエンス技術基盤研究センター
 広報・サイエンスコミュニケーション担当
 山岸 敦

・京都大学 企画・情報部 広報課
 
・自然科学研究機構 研究力強化推進本部
 特任教授 小泉 周(広報担当)
 

◯ 事業に関すること
日本医療研究開発機構 脳と心の研究課
 

リリース元

生理学研究所
理化学研究所
京都大学
日本医療研究開発機構

関連部門

関連研究者