幸せには、好きなものが得られた時などに経験する「幸せな気持ち(幸せ感情)」としての一時的な側面と、自分は幸せである、と比較的長期にわたり安定して認知される「幸福度」としての長期的な側面の2つの側面があることが知られており、幸福度が高い人は日常生活の中で幸せ感情を感じやすく、逆に日常生活において幸せ感情を多く経験すればするほど幸福度が上がっていくというように、幸せの2つの側面は相互に関連していることが分かっていました。しかしながら、なぜ2つの側面が関連するのか、その生理学的基盤はよく分かっていませんでした。 今回、自然科学研究機構 生理学研究所の定藤規弘教授、小池耕彦特任助教、中川恵理特任助教と愛知医科大学の松永昌宏講師らの共同研究グループは、磁気共鳴画像装置(MRI)用語説明1を用いて、幸せに関連する脳領域を構造面・機能面から調べました。その結果、幸福度が高い人ほど内側前頭前野用語説明2の一領域である吻側前部帯状回用語説明3という脳領域の体積が大きく、その大きさはポジティブな出来事に直面した時の吻側前部帯状回の活性化と関連している(幸福度が高い人は、吻側前部帯状回が大きいために幸せ感情を感じやすい)ということが明らかとなりました。 本研究結果は、NeuroImage誌に掲載されました(2016年4月13日オンライン版掲載)。本研究は文部科学省脳科学研究戦略推進プログラムの一環として実施され、科学研究費補助金の補助を受けて行われました。 |
研究グループは、幸せと脳との関連に注目。今回の研究では、MRIを用いて、脳の構造的解析と機能的解析を組み合わせることで、これまでにない側面から脳と幸せとの関連を明らかにすることを試みました。MRI実験では、実験参加者にポジティブな出来事(好きな人に告白してOKをもらったなど)、ネガティブな出来事(好きな人に告白してフラれたなど)、感情的にニュートラルな出来事などをMRIの中で想像してもらい、ポジティブな出来事を想像している時に特に強く活動するとともに、幸せ感情喚起の程度と関連して活性化する脳領域があるかどうか、参加者の幸福度に対応して構造が変化する脳領域があるかどうか、などを調べました。実験の結果、幸福度が高い人(自分は幸せであると強く感じている人)ほど、内側前頭前野の一領域である吻側前部帯状回と呼ばれる脳領域の体積が大きいこと、ポジティブな出来事を想像している時に感じる幸せ感情の程度が高い人ほど吻側前部帯状回の活動が大きいこと、さらにポジティブな出来事を想像している時の吻側前部帯状回の活動はその場所の体積と相関していることなどが明らかとなりました。このことは、幸福度が高い人ほど、ポジティブな出来事に直面した時に幸せ感情を感じやすいことを意味しており、その生理学的基盤が吻側前部帯状回の構造と機能との関連で説明できることを示しています。
定藤教授は、「幸福感には、自分は幸福であるという持続的な肯定的評価(持続的な幸福)と、ポジティブな出来事に直面した時に発生する一時的な肯定的感情(一時的な幸福)という二面性があり、これらはお互いを強化しあう関係があります。今回の研究では、幸福の二側面が共通の神経基盤(吻側前部帯状回)を持ち、持続的な幸福はその体積に、一時的な幸福はポジティブな出来事を想起している最中の神経活動に関係していることがわかりました。最近の研究で、脳は筋肉と同じように、鍛えれば鍛えるほど特定の脳領域の体積が大きくなることが分かっていますので、今回の結果は、楽しい過去の記憶の想起や、明るい未来を想像するといったトレーニングにより、持続的な幸福が増強する可能性を示したものといえます。トレーニング効果は今後実験的に確認する必要があるでしょう。」と話しています。
本研究は文部科学省脳科学研究戦略推進プログラムの一環として実施され、科学研究費補助金の補助を受けて行われました。
1.磁気共鳴画像装置
Magnetic Resonance Imaging の頭文字をとってMRIと呼ばれる。
強力な磁石でできた筒の中に入り、磁気の力を利用して体の内部を撮影する装置のことで、生理学研究所に設置されてあるMRIは、病院での検査に使用されるものと同様の装置である。
2.内側前頭前野(ないそくぜんとうぜんや)
大脳の前部に位置する、前頭葉と呼ばれる領域の中でも内側の部分を指す。
感情、自己認知、心の理論(他者の気持ちを推察する機能)など、様々な機能に関連していると考えられている。
3.吻側前部帯状回(ふんそくぜんぶたいじょうかい)
大脳の内側にあり、脳梁(左右の大脳半球をつなぐ交連線維)の辺縁に位置する前部帯状回と呼ばれる脳領域の中で、最も前方に位置する脳領域を指す(図1を参照)。ポジティブ感情に関連していると考えられている。
MRIを用いて、106名の実験参加者の幸福度と脳の構造との関連を調べた結果、幸福度が高いほど吻側前部帯状回と呼ばれる脳領域が大きいことが分かった。
26名の実験参加者にMRI装置内でポジティブな場面、ネガティブな場面、感情的にニュートラルな場面に直面した時のことを想像してもらい(統制条件として暗算をする場面も設定)、その場面で自分はどの程度幸せになるかを評価してもらった。実験の結果、ポジティブな出来事を想像している時に感じる幸せ感情の程度と吻側前部帯状回の活動が関連していること、ポジティブな出来事を想像している時の吻側前部帯状回の活動とその体積が関連していることなどが分かった。
本研究成果は、日本国民の幸福度の向上に結びつくことが期待されます。
Structural and functional associations of the rostral anterior cingulate cortex with subjective happiness.
Masahiro Matsunaga, Hiroaki Kawamichi, Takahiko Koike, Kazufumi Yoshihara, Yumiko Yoshida, Haruka K. Takahashi, Eri Nakagawa, Norihiro Sadato.
NeuroImage. 2016年 4月13日オンライン版掲載
<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所
システム脳科学研究領域 心理生理学研究部門
教授 定藤 規弘 (サダトウ ノリヒロ)
愛知医科大学 医学部衛生学講座
講師 松永 昌宏 (マツナガ マサヒロ)
<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室
愛知医科大学 医学部事務部庶務課
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室
学校法人 愛知医科大学