脳内の免疫機能を担当している細胞であるミクログリアは脳卒中などの障害で死んだ細胞などを貪食して除去する働きがあることが知られていました。これに加えて、最近、自然科学研究機構 生理学研究所(以下、生理研)のグループは、正常な脳でもミクログリアは神経細胞に接触して、脳回路が正常に働いているかチェックする働きを持っていることを明らかにしてきました。ミクログリアによるこれらの脳の健康状態を監視する役割に加えて、今回、生理研の鍋倉淳一教授、和氣弘明准教授(現 神戸大学教授)、および吉村由美子教授、山梨大学の小泉修一教授らの研究グループは、発達期のマウスを用いて、ミクログリアが神経細胞に接触して、神経細胞間のつなぎ目(シナプス)の新生を促し、大脳皮質の脳回路を作る役割を担っていることを特殊な顕微鏡(2光子顕微鏡)を使うことで明らかにしました。 本研究結果は、Nature Communications誌に掲載されます(28年8月25日午後6時オンライン版掲載)。 |
グリア細胞(用語解説1)の1つであるミクログリア(用語解説2)は、脳内の免疫機能を担当している唯一の細胞です。これまでミクログリアは、脳梗塞などによって脳障害が起きたとき、死んでしまった細胞や老廃物などを自身の細胞内に取り込み、除去することで、脳内を守る働きを持っていると考えられていました。このように重要な役割を担っているミクログリアですが、脳内から取り出すと活性化し、状態が変化してしまうことから、脳内に存在する本来の状態のミクログリアの機能を調べることは困難でした(図1)。しかしながら、生きた動物の脳内の細胞を観察することができる特殊な顕微鏡(2光子励起顕微鏡)を用いることで、脳内で細胞が死ぬような状況ではない、正常な状態であっても、ミクログリアは四方に伸ばした突起を伸縮させながら、脳内のいろいろな構造に接触していることが明らかになりつつあります。このミクログリアが伸ばしている突起が、神経細胞同士のつなぎ目であるシナプス(用語解説3)と呼ばれる重要な部分に接触しており、シナプスの機能が正常に機能しているかどうかをチェックしていることが近年の生理研の研究で明らかとなってきています。
今回私たちは、2光子顕微鏡を用いて、発達期のマウスのミクログリアと神経細胞の接触の状態を詳細に観察しました。結果、ミクログリアが神経細胞の突起に接触すると、神経細胞の接触した箇所に、将来の新たなシナプスの元になると考えられる「フィロポディア(用語解説4)」という構造が形成され、その後実際にシナプスへ成長していく様子が観察されました(図1)。また、ミクログリアを特異的に取り除いた発達期の遺伝子改変マウスではシナプスの数が減少していることから、ミクログリアがシナプスの形成に関わっているということが新たに確認されました(図2)。また、発達期のミクログリアの活性を薬剤を用いて低下させるとシナプス形成が減少したことから、ミクログリアの数だけでなくミクログリアの状態もシナプス形成に重要であることが明らかとなりました。
さらに、今回、発達期で見られた「ミクログリアによるシナプス形成」が、単に発達期の一過性の出来事なのか、または成熟後も脳回路の機能に影響を与えるのかを調べるため、発達期にのみミクログリアを取り除いたマウスを使い、成熟期の脳回路の機能を調べました。その結果、成熟後においても皮膚感覚の情報処理を行っている大脳皮質体性感覚野(用語解説5、第1層から第6層まであり、それぞれが特徴的につながって、感覚の処理を行っている)の4層(最初に末梢感覚を受ける大脳皮質神経細胞が存在する)から2/3層への情報伝達が減少していることが分かり、未熟期に見られた「ミクログリアのシナプス形成」が成熟期になっても大脳皮質の情報伝達機能の構築に関係していることが明らかになりました。
様々な発達障害でシナプスの形成異常が生じることが知られていますが、今回、発達期における新たな神経回路形成のメカニズムとして脳内免疫細胞であるミクログリアの関与が明らかとなったことで、ミクログリアをターゲットとした新しい治療法や予防につながる可能性が期待されます。
本研究は国立研究開発法人日本医療研究開発機構 革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)の研究開発領域「脳神経回路の形成・動作原理の解明と制御技術の創出」(研究開発総括:小澤 瀞司教授)における研究開発課題「生体内シナプス長期再編におけるグリア−シナプス機能連関」(研究開発代表者:鍋倉 淳一教授)の一環で行われたと共に、日本学術振興会の科学研究費補助金基盤研究A(代表研究者:鍋倉淳一教授)による支援を受けて行われました。なお、本AMED-CREST「脳神経回路」領域開発領域は、平成27年4月の日本医療研究開発機構の発足に伴い、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)より移管されたものです。
本研究成果は、これまで推測されていた発達期の脳内免疫状態や脳内環境が脳の発達に重要であることを、生きた動物の脳で直接観察・実証したことに意義があると考えられます。そして発達期における新たな神経回路形成のメカニズムとして脳内免疫細胞であるミクログリアの関与が明らかとなったことで、ミクログリアをターゲットとした新しい治療法や予防につながる可能性が期待されます。
Microglia contact induces synapse formation in developing somatosensory cortex
Akiko Miyamoto, Hiroaki Wake, Ayako Wendy Ishikawa, Kei Eto, Keisuke Shibata, Hideji Murakoshi, Schuichi Koizumi, Andrew J Moorhouse, Yumiko Yoshimura, Junichi Nabekura
Nature Communication 2016年8月25日オンライン版掲載
<研究について>
大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 生理学研究所
生体恒常性発達研究部門 教授 鍋倉 淳一(ナベクラ ジュンイチ)
大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 生理学研究所
視覚情報処理研究部門 教授 吉村 由美子(ヨシムラ ユミコ)
国立大学法人 山梨大学 医学部
薬理学講座 教授 小泉 修一(コイズミ シュウイチ)
<事業に関すること>
国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
戦略推進部 研究企画課
<広報に関すること>
大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 生理学研究所
研究力強化戦略室
国立大学法人 山梨大学
総務部 総務課 広報グループ
大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 生理学研究所
国立大学法人 山梨大学
国立研究開発法人 日本医療研究開発機構