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染色体に似た構造をシアノバクテリアの一種で発見し 低温超高圧電子顕微鏡を用いて解明

プレスリリース 2016年10月19日

内容

生物は大きく核を持つものと持たないものに分けられます。私たちの細胞は核をもち、細胞が分裂する際に核が消えて染色体という構造になり、新しく生まれる2つの細胞に均等に分配されます。一方バクテリアは核を持ちません。細胞が分裂する際にも、染色体のようなはっきりとした構造体はこれまで確認されていませんでした。今回生理学研究所の村田和義准教授と埼玉大学の金子康子教授らの研究グループは、シアノバクテリアという光合成をするバクテリアの一種が、細胞分裂する際、染色体に似た構造を作ることを発見しました。そしてこの構造体を、分裂する直前の細胞を急速凍結することで捕まえ、低温超高圧電子顕微鏡という特殊な顕微鏡を使って詳細にその構造を明らかにすることに、世界で初めて成功しました。
 本研究結果は、Scientific Reports誌に掲載されます(28年10月12日午後 6時オンライン版掲載)。

 シアノバクテリアは海や池に広く生息し光合成をするバクテリアの一種です。そしてシアノバクテリアは昼から夜に変わる瞬間に一斉に細胞分裂することが知られています。今回研究グループは、その一種である「シネココッカス=エロンゲータス(Synechococcus elongatus PCC7942)」は、細胞分裂する際私たちの細胞の染色体に似た構造体を作ることを発見しました。そして特殊な低温超高圧電子顕微鏡を用いて、その構造を詳細に調べることに世界で初めて成功しました。シアノバクテリアを12時間の明暗周期で5日間培養し、染色体に似た構造体が最もはっきり現れる明期から暗期に変わる瞬間に、-170 °Cの液体エタンの中に入れて急速凍結しました。そして、これを凍ったまま低温超高圧電子顕微鏡用語説明1にセットし、氷が解けないような弱い電子線を照射して試料を傾斜しながら画像を撮影し、これを元にシアノバクテリアの三次元像をコンピューターで再構築しました(図1)。
結果、通常遺伝子を含むシアノバクテリアの細胞質は、細胞壁の内側にあるチラコイド膜用語説明2層(図1:赤色で示す)のさらに内側に密接して広がっている(図1:青色で示す)のですが、分裂前の細胞では、染色体に似た構造が現れ、チラコイド膜層との間にはっきりとした隙間が出来ることがわかりました。また、シアノバクテリアは細胞質にポリリン酸体(図1:黒色の粒子)用語説明3とよばれる大きな顆粒を数個持っています。しかし、これが一体何をしているのか、その機能についてはこれまでほとんどわかっていませんでした。今回の解析から、このシアノバクテリアが染色体に似た構造体を作るのにともない、ポリリン酸体は分裂してその数を2倍に増やすことがわかりました(図1:黄色の粒子)。さらに、そのポリリン酸体から遺伝子のDNAがうず巻き状に形作られる様子が観察されました(図2の矢印)。染色体は分裂する細胞のために遺伝子が2倍に複製された構造体です。このDNAの複製にはたくさんのリン酸が必要になることから、ポリリン酸体がDNA複製のためのリン酸の供給源であると考えられます。
通常バクテリアには、私たちの細胞のような遺伝子が膜に包まれた核はありません。分裂に際しても、染色体構造はとらず、2倍に複製された遺伝子DNAが細胞の成長にともない伸張する細胞膜にくっついて新しい細胞へと分配されることがわかっています。本研究では、シアノバクテリアの一種において、細胞分裂の際2倍に複製された遺伝子DNAが染色体に似た構造体を作り、分裂後の新しい2つの細胞に分配されていくことが明らかにされました。
今回の成果は、バクテリアのような単純な生物がより複雑な生物へと進化するその一つの過程を表していると考えられ、私たちのような高等で複雑な生物がいつ、どのように作られてきたかをひも解くためのヒントになると期待されます。
 本研究は生理学研究所超高圧電子顕微鏡共同利用実験の支援を受けて行われました。
 

今回の発見

  1. シアノバクテリアの一種で発見された、細胞分裂にともなう遺伝子DNAの凝集した構造体は、私たちの細胞がもつ染色体に非常に似た性質を示すことがわかりました。
  2.  染色体に似た構造体の形成には、シアノバクテリアが細胞質にもつポリリン酸体が深く関与していることがわかりました。
  3. ポリリン酸体は、DNA合成のためのリン酸を供給すると考えられるだけでなく、DNAの複製にともない、同様に分裂して新しい細胞にそれぞれ分配されることがわかりました。

この研究の社会的意義

本研究によって一種のシアノバクテリアにおいては、染色体に似た遺伝子の凝集構造を作り、複製された遺伝子を新しい2つの細胞に均等に分配するしくみがあることが示されました。また、染色体に似た構造の形成には、ポリリン酸体というリン酸の貯蔵庫を用意して活用していることもわかりました。これらの成果は、私たちのような高等で複雑な生物が、いつ、どのようなしくみで出現してきたかを知る上で、進化上の大きなヒントになると期待されます。

<用語説明>


1. 低温超高圧電子顕微鏡
低温超高圧電子顕微鏡とは、試料を低温(約-170°C)にして観察できる高加速電圧を持つ電子顕微鏡である。専用の低温試料ホルダーにより、凍った状態の試料をそのまま顕微鏡にセットし、これに超高電圧(100万ボルト)で加速した電子線を照射して試料を観察することができる。超高圧に加速した電子はバクテリアのような1ミクロンにおよぶ厚い試料でも透過することができる。
2. チラコイド膜
チラコイド膜は、シアノバクテリアに見られる光合成の初期過程(明反応)をつかさどる膜である。シアノバクテリアは細胞壁の内側にチラコイド膜とよばれる光合成明反応のためのタンパク質がすべて詰まった膜層を発達させ、そこで光合成の初期反応を行っている。
2. ポリリン酸体
ポリリン酸体は、広く生物が細胞内に持つポリリン酸を含む顆粒である。ポリリン酸はリン酸が鎖状につながった物質である。細胞におけるポリリン酸体の役割はこれまでよくわかっていなかった。

図1 分裂時シアノバクテリアが示す染色体状構造の低温超高圧電子顕微鏡解析(赤がチラコイド膜層、青がDNA、黒と黄色の粒子がポリリン酸体)

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図2 シアノバクテリアが示す染色体状構造 ポリリン酸体からうず巻き状にDNAが作られてくる様子(矢印)

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論文情報

Ultrastructure of compacted DNA in cyanobacteria by high-voltage cryo-electron tomography
Kazuyoshi Murata, Sayuri Hagiwara, Yoshitaka Kimori & Yasuko Kaneko
Scientific Reports  2016年10月12日日本時間午後6時オンライン版掲載
www.nature.com/articles/srep34934

お問い合わせ

<研究について>
大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 生理学研究所
脳機能計測・支援センター 准教授 村田 和義(ムラタ カズヨシ)

国立大学法人 埼玉大学 教育学部
自然科学講座 教授 金子 康子(カネコ ヤスコ)

<広報に関すること>
大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 生理学研究所
研究力強化戦略室

国立大学法人 埼玉大学 広報渉外室
 

リリース元

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大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 生理学研究所
国立大学法人 埼玉大学
 

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