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大脳皮質視覚野の神経細胞の同期的活動が発達するメカニズムを解明
~生後の視覚体験が同じ機能を持つ神経細胞同士の同期を作り出す~

プレスリリース 2018年8月22日

内容

私たち哺乳類の脳機能は、生まれ育った環境に適応しながら発達します。つまり脳機能の発達は、生後に経験するさまざまな体験や学習の度合いに依存していると言えます。今回、生理学研究所の石川理子助教と吉村由美子教授らの研究グループは、生後の視覚体験を操作したラットを対象に、大脳皮質一次視覚野の複数の神経細胞から視覚反応を記録し、その発達過程を詳細に調べました。
結果、視覚野の浅い層では、似た視覚刺激に対してよく応答をする神経細胞のペアでのみ、強い同期的な活動が生じることがわかりました。そしてこの同期活動が形作られるためには、生後の発達期に様々な「形」をみる視覚体験が必要であることがわかりました。
一方深い層では、それぞれの細胞の視覚反応性があまり似ていなくても同期活動し、この同期活動は物を見る体験がなくても発達することがわかりました。神経の同期活動は脳内の情報伝達に極めて重要です。同じ一次視覚野の中であっても、層によって活動同期の発達機構が異なることを示した本結果は、脳機能発達を担う神経基盤を解明する上で重要な知見となると考えられます。
本研究成果は、米国科学雑誌であるJournal of Neuroscienceのオンライン版に掲載されました(2018年7月31日)。

外界の物を認知・識別する能力は、生後の発達期にさまざまな視覚体験を経ることで向上します。もし発達期に比較的長期間眼帯をかけるなど、視覚体験をはく奪されると弱視となってしまうことはとても有名な話です。大脳皮質の一次視覚野は、表層から深部にかけて6つの層から構成されており、視覚情報はこの領域に存在する多くの神経細胞が協調的に活動することで処理された後、さまざまな高次脳領域へと伝えられます。このような複数の神経細胞による同調活動は、一次視覚野の個々の神経細胞の出力が弱く、複数の神経細胞をミリ秒単位で同期活動することによって、初めて様々な脳領域へ視覚情報を出力していくことが可能になると考えられます。したがって、この同期的な神経活動パターンの発達メカニズムを明らかにすることは、物をみる能力がどのようにして向上するか理解する上で非常に重要です。しかし、複数の神経細胞の活動パターンがどう発達するのかといった過程や、その発達に具体的にどのような生後の視覚体験が必要なのかについては、これまで全く明らかにされていませんでした。

今回私たちはまず、正常な視覚体験を経たラットを用い、一次視覚野の浅い層(2-4層)と深い層 (5/6層)にある複数のニューロンの神経活動を計測しました(図1)。正常な視覚体験を経たラットでは、サルなど視覚機能が非常に発達した動物と同様に、視覚反応性が似ている神経細胞のペアで同期的な神経活動が生じることが分かりました(図2A)。この同期活動の特性は層によって異なり、浅い層の細胞ペアは深い層に比べ、似た視覚反応性を示す神経細胞のペアがより強く同期活動を示しました。この結果は、信号の出力先が異なる浅い層と深い層の神経細胞集団が、それぞれの出力先に異なるタイプの視覚情報を伝えていることを示唆します。
次に、このような同期活動の発達過程を明らかにするため、開眼直後の未熟なラットにおいても調べたところ、どの層の神経細胞のペアも視覚刺激によって同期活動を生じませんでした (図2B)。つまり、同期的な神経活動は生まれながらにして備わっている機能ではなく、開眼後に形成されることがこの結果からわかります。さらに、その形成に視覚体験が必要かどうかを調べるため、暗闇で物を見せずに飼育した場合や、両瞼(まぶた)を閉じ光による明暗の情報のみを与えて発達期を生育したラットを用いて同様の解析を行ったところ、一次視覚野の浅い層では神経細胞の同期活動の形成が著しく阻害されていることがわかりました。一方深い層では、正常な環境で育ったラットと同様、神経細胞の活動の同期がみられました(図2C)。
これらの結果は、浅い層では、正常な視覚体験下でのみ視覚反応性の似た神経細胞の同期的な神経活動が形成され、深い層では視覚体験の影響をあまり受けずに神経細胞の同期活動が形成されることを示しています。
本研究成果により、一次視覚野の神経細胞の同期活動が、層によって異なる特性を持つことが示されました。どの層においても神経細胞の同期的な活動は生後に形成されますが、浅い層では視覚体験が必要で、深い層では必要ありませんでした。浅い層の神経細胞は高次の視覚領域に出力する特徴を持っています。つまり、この層でみられた経験依存的な同期活動が成熟することで、大脳皮質領域間の情報伝達が促進され、結果として物を見る能力が向上するのではないか、と考えられます。

本研究は 日本学術振興会 若手研究(B)「視覚野における微小神経回路網の機能的役割」「領野間情報伝達を担う投射先選択的な神経細胞間の同期発火の解明」 新学術領域研究「スクラップ&ビルドによる脳機能の動的制御」(領域代表者:榎本和生教授)、新学術領域研究「行動適応を担う脳神経回路の機能シフト機構」(領域代表者:小林和人教授)、新学術領域研究「統合的神経機能の制御を標的とした糖鎖の作動原理解明」(領域代表者:門松健治教授)、文部科学省 最先端・次世代研究開発支援プログラムの補助を受けて行われました。

今回の発見

  1. 大脳皮質一次視覚野の浅い層にあるニューロンは、それらの細胞が似た視覚反応を示す場合には同期活動を示す一方、深い層にある細胞ペアは視覚反応が似ていなくても同期活動を示しました。
  2. 浅い層の同期活動の成熟には、発達期に物を見る経験が必要ですが、深い層の同期活動の形成には視覚体験は不要でした。
  3. 浅い層のニューロンは高次の脳領域に出力することから、この層で同期活動が経験依存的に形成されることが、物を見る能力の向上に重要であると考えられます。

図1 6層構造をもつ一次視覚野ニューロンの神経活動を多チャンネル記録法で計測しました。

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図2 神経活動の同期は、層ごとに異なる形式で発達する。

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この研究の社会的意義

本研究成果は、大脳皮質視覚野の情報処理機能が成熟する過程には、経験や学習に依存した機構と経験に依存しない自律的な機構があることを示しています。
現在、広く使われるようになった人工知能の手法の中で特によく用いられているディープラーニング(深層学習法)の考え方は、もともと神経回路から着想を得て作られたものです。ディープラーニングは優れた方法ですが、学習に非常に多くのデータを必要とするといった実用上解決しなくてはならない問題が残されています。今回、神経回路での学習過程の一端が明らかになったことは、より効率的な人工知能の開発にも貢献すると期待されます。

論文情報

Experience-dependent development of feature-selective synchronization in the primary visual cortex
Ishikawa AW, Komatsu Y, Yoshimura Y
Journal of Neuroscience オンライン版 2018年7月31日

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 視覚情報処理部門
助教 石川 理子 (イシカワ アヤコ)

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室

 

リリース元

nips_logo.jpg自然科学研究機構 生理学研究所

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