北海道大学大学院教育学研究院の阿部匡樹准教授,生理学研究所システム脳科学研究領域の定藤規弘教授らの研究グループは,二者の脳活動を同時に記録できるfMRIと呼ばれる装置を用い,共同作業時における他者との協調を司る神経基盤の同定に成功しました。 複数のヒトがある目的のために行動を共にする共同行為では,絶えず相手の状況や意図を推測し,それに基づいて自身の動作を調整する必要があります。このような他者との協調は,日常動作からスポーツに至るまで,様々なコミュニケーションに欠かせません。協調のための能力は人によって差があり,このような得意・不得意の違いを生み出す神経メカニズムの解明はコミュニケーションのしくみを理解する上で重要ですが,二人組の行動や脳活動を同時に計測するのは困難であり,これまではその神経基盤の同定に至っていませんでした。 今回の研究では,二者の脳活動を同時に記録できる特殊な機能的磁気共鳴画像装置(fMRI)*1と握力計測装置を用い,二人組の握力の平均値を指定された値に一致させ続けるという共同課題実験を行いました。そしてこの共同課題中の脳活動を,個人で同様の課題に取り組んだ時の脳活動と比較しました。また,共同課題中の握力変動が,どの程度相手の変動の影響を受けているかを,ノイズ寄与率*2という統計手法によって定量化しました。 その結果,相手を思いやる時に活性化するといわれる社会的な神経回路(メンタライジングシステム)が,共同課題時に強く活動していることがわかりました。また,共同課題時に相手からのノイズ寄与率が大きい(相手の変動の影響を受けやすい)人ほど,右側の側頭頭頂接合部(Temporo-parietal junction: TPJ)の前方領域の活動が大きいことが明らかとなりました。すなわち,他者との共同行為の際に相手の行為とどの程度協調するかに関して,この領域が非常に重要な役割を果たしていることが示唆されました。これらの成果は,他者との円滑なコミュニケーションを実現するための神経メカニズムの解明に大きな前進をもたらすものと考えられます。 なお,本研究成果は,2019年2月7日(木)にNeuroImage誌にオンライン公開されました。 |
ひとつの目的に向かって複数のヒトがお互いの行動を統合する共同行為は,身体を介したコミュニケーションの典型例であり,社会生活の根幹を成す行為といえます。共同行為の際に必要となるのが,相手の状況の推測とそれに基づく自身の動作の調整,すなわち相手との協調です。たとえば,大きなお盆にのせたコーヒーカップを二人で運ぶとき,一方の人がお盆を持ち上げたら,他方の人はそれにあわせてすぐにお盆を同じ高さに持ち上げなくてはなりません。この協調的な動作がなければ,コーヒーはすぐにこぼれてしまうでしょう。このような他者行為との協調を司る神経メカニズムを明らかにすることは,ヒトのコミュニケーションの仕組みを理解し,その改善を試みる上で重要です。
これまでの研究では,「単独での個人課題」と「二人による共同課題」における脳活動を比較することで,共同行為を司る脳領域を同定しようとしていました。しかし,これまでの共同課題の設定は個人課題よりもかなり難易度が高く,脳活動の変化が共同行為に潜む社会性を反映したものなのか,単に共同課題の難しさを反映したものなのか,曖昧なままでした。また,同じように共同課題を行っても相手の動きへの感度には個人差があり,このような個人差は同じ課題内でも当然配慮されるべきでしたが,そのような個々の行動の違いと脳活動の違いを関連づけて調べた研究は見当たりませんでした。このような理由から,共同行為時に他者行為との協調を司る神経基盤は未だ明らかになっておらず,その解明が待たれていました。
本研究では,共同行為中の脳活動を二人同時に計測するシステムと,相手に対する調整を随時記録・評価するシステムを組み合わせることで,この課題に挑みました。
本研究では,脳活動を記録できるfMRIを2台同時に使用する,ハイパースキャニング fMRIという手法を導入しました(図1)。fMRIは脳波など他の脳活動計測技術より位置の解像度が高く,課題に関連して活動する脳領域を詳細に同定できます。また,それぞれの装置内に特注の非磁気性握力計測装置を設置し,共同課題中の脳活動データと行動データを二人同時に記録することを可能としました。
実験課題は,装置内の握力計を使って,指定の標的力(全力の20%)を30秒間維持する,というものです。fMRIスキャナ内に設置されたディスプレイには,握力の大きさに応じて上下するカーソルが提示され,参加者は標的力を表す水平線にカーソルの中央をできるだけ正確に合わせ続けることを求められました(図2A)。課題には2条件あり,個人課題では自分自身の握力を標的力に合わせましたが,共同課題では個々の握力ではなく,二人の握力の平均値を標的力に合わせました。この共同課題は仕組みが単純なため,参加者は事前のわずかな練習ですぐにやり方を学習でき,その達成度(標的力からのばらつきの大きさで評価)に個人課題との差はありませんでした。
この共同課題のポイントは,課題のゴールがあくまで「平均力」を合わせる,ということであり,そこが満たされていれば個々の力はどうあってもいい,という点です。個々の力は視覚的には提示されないため,本人たちも気づかないような無意識的な力の変化が生じ(図2B),ここに潜在的な相手との協調の度合(相手の変動にどれくらい影響を受けているか)が反映されます。本研究では,相手の力の変動が自身の力の制御にどの程度影響を及ぼしていたかを,ノイズ寄与率という統計手法を用いて評価しました。この手法を用いることによって,個人課題・共同課題の差のみならず,共同課題中の個々の協調の度合を(同じペア内でさえも)独立的に定量化することに成功しました。
これらの実験・解析環境により,共同課題時に特に活動が強くなる脳領域はどこか,その中でも他者との協調の度合に関連して活動が生じる脳領域はどこか,個人内・個人間の脳領域の活動にどのような関連があるのか,を同定することが可能となりました。
他者行為との協調に関わる具体的な脳領域とメカニズムが同定できたことによって,ヒトのコミュニケーションに関する神経メカニズムの解明に大きな前進をもたらすものと考えられます。
論文名 Neural correlates of online cooperation during joint force production(共同力発揮課題時の協調を司る神経基盤)
著者名 阿部匡樹1,小池耕彦2,岡崎俊太郎3,菅原 翔2, 高橋康介4, 渡邊克巳5, 定藤規弘2
(1北海道大学大学院教育学研究院,2生理学研究所システム脳科学研究領域,3早稲田大学人間科学部,4中京大学心理学部,5早稲田大学理工学術院)
雑誌名 NeuroImage(脳機能の専門誌)
DOI 10.1016/j.neuroimage.2019.02.003
公表日 2019年2月7日(木)(オンライン公開)
北海道大学大学院教育学研究院 准教授 阿部匡樹(あべまさき)
配信元
北海道大学総務企画部広報課
*1 機能的磁気共鳴画像装置(fMRI) … 局所的な神経活動に伴う血液中の変化を反映するとされる信号(BOLD信号)を測定する装置。非常に高い精度で,被験者の身体への負担を抑えて脳活動を計測することができる。fMRIは,functional Magnetic Resonance Imagingの略称。
*2 ノイズ寄与率 … 一方の信号に含まれるノイズが,どの程度他方の信号の変動に影響を及ぼしているかを定量化する手法。その信号からの影響が大きいほど,ノイズ寄与率も大きくなる。本研究では相手行為との協調の度合の指標として用いている。
【参考図】
図1.ハイパースキャニングfMRIを用いた実験環境
図2.実験課題の概要。A: 個人及び共同課題の設定。B: 共同課題における握力変化の典型例。灰色の平均値(FJoint)は標的力周辺で維持されているが,二人の力の差は徐々に拡大している。
図3.個人課題時より共同課題時の活動が有意に大きい脳領域(以下,[共同>個人]と表記)。活動が大きいほど赤→黄→白に変色している。
図4.共同課題時のノイズ寄与率(グラフ横軸)と,rTPJ前方領域(+,+,+)の脳活動(共同課題時―個人課題時,グラフ縦軸)の関係。上段図の黄色枠は[共同>個人]の領域,紫色枠は[共同>個人]領域でかつノイズ寄与率との有意な相関を示した領域。
北海道大学
自然科学研究機構生理学研究所