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甘味およびそれに伴う心地よさを選択的に伝達する神経細胞の発見

2019年5月 8日 プレスリリース

内容

摂食は、動物にとって最も重要な本能の1つです。なかでも味覚は、食物の価値を判断する際に、大きな影響を与えます。近年、舌の上で味覚がどのように伝えられるかに関する研究が進んでいるのに対し、脳内で味を伝える神経メカニズムについてはほとんどわかっていませんでした。今回、自然科学研究機構生理学研究所の中島健一朗准教授・傅欧研究員および東京大学大学院農学生命科学研究科の三坂巧准教授の研究グループは、マウスにおいて甘味およびそれに伴う心地よさを選択的に伝達する神経細胞が脳幹に存在することを発見しました。本研究結果は、Cell Reports誌(日本時間2019年5月8日午前1時解禁)に掲載されました。

 摂食は、ヒトを含め動物にとって最も重要な本能の1つです。このうち、味覚(注1)は、栄養豊富な好ましい食物を積極的に摂取し、有害な成分を忌避するなど、食物の価値の判断基準としてはたらきます。
 味覚の情報は、舌を起点に脳内の複数の中継点をリレーする事で認識されますが、近年、舌の上で味のセンサーとしてはたらく味覚受容体が同定され、末梢における味覚受容のメカニズムがわかりつつあります。一方、脳内で味覚を伝える神経メカニズムについてはよくわかっていませんでした。
 本研究ではマウスをモデルに、味覚情報伝達の重要な中継点である脳幹において、味覚伝達神経の探索を行いました。
 過去に報告されている電気生理学および組織学の解析結果を照らし合わせて精査したところ、脳幹の中でも橋結合腕傍核(PBN)とよばれる部位(注2)において味刺激に応答する神経細胞が偏在しており、転写因子の一つであるSatB2(注3)を発現している可能性が示唆されました。
 そこで、SatB2が味覚伝達神経の目印であると仮定し、分子生物学的手法によって、この神経細胞を除去したところ、他の味に対する反応は正常だったのに対し、甘味のみをほとんど感じられなくなることがわかりました。
 一方、装着型微小顕微鏡(注4)を用いて、味溶液摂取中に、脳活動を計測したところ、この神経細胞は甘味にのみ選択的に応答する事が明らかになりました。
 また、オプトジェネティクス(注5)という手法を用いて、この神経の活動を人工的に活性化すると、無味の溶液であってもまるで、甘味溶液のように好んで摂取する事がわかりました。この神経は、味覚のもう1つの中継点として知られる視床の後内側腹側核に接続していました。
 さらに、たとえ溶液の摂取がない場合でも、マウスは視床に接続するこの神経回路が人工的に活性化された状態を好むことから、この神経回路は甘味を味わった際に生じる心地よさ(快情動)を引き起こす上で重要な役割を担っている事が明らかになりました。
 以上の結果から、マウス脳幹においてSatB2発現神経は、他の味ではなく、甘味およびそれに伴う心地よさを伝えている事が示されました。マウスの橋結合腕傍核において、味覚応答神経の存在が報告されてから40年以上経ちますが、哺乳類の脳内において味覚伝達神経を特定することに成功したのは、本研究が初めてになります。

用語説明

注1)味覚: ヒトでは甘味・うま味・酸味・塩味・苦味の基本5味から構成される。マウスなど、げっ歯類もこれらの味を識別することが出来る。
注2)橋結合腕傍核: 味覚・痛覚・痒み・温度等さまざまな外的刺激の中継点として機能する脳部位。近年、空腹や満腹など体内の生理状態の変化も受容することが報告され、これら様々な情報の統合の場としての役割も指摘されている。
注3)SatB2: 大脳皮質の発達に重要な役割をもつ転写因子。大脳皮質以外の部位での役割や発達期以降の機能については不明な点が多い。本研究では、転写因子そのものの役割ではなく、味覚伝達神経の目印として使用した。
注4)装着型微小顕微鏡: マウスの頭部に取り付け可能な小型顕微鏡。微細な内視鏡レンズをとりつけることで脳内部の神経活動を蛍光プローブによりイメージング測定できる。
注5)オプトジェネティクス: 光応答性のイオンチャネルを用いる事で神経細胞の活動を光刺激によってコントロールする手法。

助成金情報

本研究は文部科学省科学研究費補助金、内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)次世代農林水産業創造技術「次世代機能性農林水産物・食品の開発」、ロッテ財団「ロッテ重光学術賞」の補助を受けて行われました。

今回の発見

1.マウスの脳内で甘味の情報を選択的に伝える神経を発見しました。
2.この神経が消失すると正常に甘味が感じられなくなることがわかりました。
3.この神経が活性化すると甘味に伴う心地よさが生じることがわかりました。

図1 SatB2神経を選択的に除去すると通常の甘味感受性が消失する

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SatB2神経を選択的に除去すると上図に示すように緑色のSatB2陽性神経の数が有意に減少します。このマウスでは、甘味に対する嗜好性が著しく低下しますが、苦味など他の味の感受性には変化がありませんでした。 

図2 SatB2神経は甘味刺激に応答する

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味溶液を摂取している際のSatB2神経の応答を装着型微小顕微鏡で測定した結果、甘味に対して選択的に応答する事がわかりました。

図3 SatB2神経を活性化すると心地よさ(快情動)が生じる

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純水を摂取中にSatB2神経を光応答性チャネルにより活性化すると、あたかも甘味溶液を摂取しているかのように溶液の摂取量が高まりました。

図4 本研究のまとめ

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マウス脳幹のSatB2神経が甘味およびそれに伴う心地よさ(快情動)を引き起こすために必要であることがわかりました。

この研究の社会的意義

味覚を評価するためには、ヒトの官能試験や培養細胞を用いた方法がありますが、評価が主観的になることや、複数の味の相互作用の評価が難しいという問題がありました。しかし、今回発見した甘味神経細胞そのものの活動を測定すれば、甘味を定量的に評価できるだけでなく、他の味が甘味に与える修飾効果(例:適度な塩味で甘味が強まる)や美味しさの定量的な評価にも役立つと期待されます。 
 また、肥満や2型糖尿病になると味や食物の好みが変化し、不健康な食生活を好む傾向にある事(例:糖分の多い甘いものをより好むようになる)が知られていますが、その原因はよくわかっていません。疾患時の脳内の味覚伝達神経の性質を調べる事で、その原因が明らかになる可能性があります。

論文情報

SatB2-expressing Neurons in the Parabrachial Nucleus Encode Sweet Taste
Ou Fu, Yuu Iwai, Kunio Kondoh, Takumi Misaka, Yasuhiko Minokoshi, and Ken-ichiro Nakajima
Cell Reports   2019年 5月7日 午前11時(米国東部標準時)

DOI [https://doi.org/10.1016/j.celrep.2019.04.040].

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 生殖・内分泌系発達機構研究部門
准教授 中島 健一朗 (ナカジマ ケンイチロウ)

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室

リリース元

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自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室
東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部

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