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他者の行動を処理・活用する神経回路が明らかに

プレスリリース 2020年10月16日

内容

 実社会では、他者の行動から得られる情報を上手く活用することが求められます。近年、映像内の他者やロボットなど、様々な他者とコミュニケーションを図る機会が増えてきましたが、こうした状況で脳がどのように他者の情報を処理するのかは明らかになっていませんでした。自然科学研究機構生理学研究所の二宮太平助教、則武厚助教、小林憲太准教授、磯田昌岐教授は、大脳に存在する腹側運動前野と内側前頭前野と呼ばれる部位が、様々な他者の行動に応じた異なる活動を示すこと、そして脳領野間の機能連関が他者の行動情報を処理・活用することに重要であることを突き止めました。今回の成果は、社会生活の基盤となる他者の行動情報を処理する仕組みについて、またそのような処理を苦手とする自閉スペクトラム症などの神経発達障害について解明する足掛かりになると期待されます。本研究結果は、Nature Communications誌(日本時間2020年10月16日18時解禁)に掲載されました。

 私たちは日常的に他者の行動とその結果を観察し、そこから得られる情報を自らの次の行動決定に役立てています。これまでの研究から、社会の複雑化と共に発達してきたといわれる大脳新皮質、特に腹側運動前野*1(PMv)や内側前頭前野*2(MPFC)と呼ばれる脳領野が、他者の行動情報の処理に関与することが分かっていました。しかし近年、私たちのコミュニケーションは、目の前に実在する相手(実在他者)だけではなく、テレビ会議の相手(映像他者)や接客ロボット(物体他者)などにまで広がっています。様々な他者と関わりあう際に、これらの脳領野がそれぞれどのように機能し、またどのように情報のやり取りをしているのかは分かっていませんでした。

 これらの疑問を解決するために、まず社会的行動選択と呼ばれる課題をニホンザルにトレーニングしました(図1A)。2頭のサルに交代で、3つのボタンから1つの正解ボタンを選べば報酬(ジュース)がもらえるという試行をおこなわせます。どれが正解ボタンかは11~17試行毎にランダムに変わるため、報酬を多く得るには他者の行動からも学ぶ必要があります。その際、課題をおこなう相手として、本物のサル(実在他者)だけでなく、録画再生されたディスプレイ上のサル(映像他者)、そしてディスプレイ上の棒状の物体(物体他者)という3種類の条件を設定しました(図1B)。

 課題をおこなっている時の2つの脳領野、PMvとMPFCにおいて、単一神経細胞活動*3を調べてみると、自分が行動選択している時に活動する「自己タイプ」の神経細胞、相手が行動選択しているのを観察している時に活動する「他者タイプ」の神経細胞、そのどちらでも活動する「ミラータイプ」の神経細胞の3つのタイプが、それぞれの脳領野に異なる割合で見つかりました(図2A)。

 各脳領野の他者タイプの神経細胞全体の応答を平均化してみると、PMvはどのような他者が相手の場合も活動の大きさが変わらないのに対して、MPFCは、実在他者と課題をおこなう際に活動がより大きくなることが分かりました(図2B)。

 次に、様々な他者と課題をおこなう際に、PMvとMPFCの間で神経情報の流れがどのように変化するかを調べるために、2つの脳領野から同時記録した局所電場電位*4を解析しました。その結果、PMvからMPFCへの情報の流れが、相手が実在他者の時に最も多く、物体他者の時に最も少ないことが分かりました(図2C)。

 最後に、PMvからMPFCへの神経情報の流れが、どのような機能に関わっているかを直接的に検証するために、2種類のウイルスベクター*5を組み合わせて、対象とする神経回路を選択的に遮断する実験をおこないました(図3A)。この方法では、PMvの神経細胞の中で、MPFCへ投射する細胞のみを抑制することができます。こうしてPMvからMPFCへの神経回路を一時的に遮断すると、相手が選択ミスをした後に自分も選択ミスをしてしまうという、相手の行動情報を自分の行動に活かせないケースが増えました。このようなケースは実在他者の場合に最も多く、物体他者の場合に最も少ないことが分かりました。一方で、自分が選択ミスをした後では、すぐに正しいボタンを選びなおすことができたことから(図3B)、自分の行動情報を次の自分の行動に活かす能力には影響が認められませんでした。これらの結果は、PMvからMPFCへの情報伝達が、他者の――特に実在の他者の――行動情報を処理・活用するうえで重要であることを示しています。

 磯田教授は「腹側運動前野と内側前頭前野は社会的な情報を処理する脳領野として知られていましたが、両者の機能がどのように違い、両者の間にどのような機能連関があるのかは分かっていませんでした。今回の研究成果により、2つの脳領野では神経細胞のタイプや神経活動の他者依存性に違いがある一方で、腹側運動前野から内側前頭前野への情報流が、様々な他者の行動に応じて変わることを明らかにできました。さらに、2つの脳領野をつなぐ神経回路の活動を操作することで、当該神経回路が他者の行動情報を処理・活用する機能を担うことを実証できたことは画期的です。また興味深いことに、神経回路を遮断したサルでみられた他者のミスに対応できなくなる状態は、以前報告した自閉スペクトラム症様サルの特徴と非常によく似ています。今後、さらに解析を進めて、自閉スペクトラム症との関連やモデル動物としての可能性を探っていきたいと考えています」と話しています。
 

助成金など
 本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)「柔軟な環境適応を可能とする意思決定・行動選択の神経システムの研究 (意思決定)」および「戦略的国際脳科学研究推進プログラム」の助成を受けて行われました。
 

*1 腹側運動前野: 大脳の前頭葉の外側に位置する運動前野と呼ばれる脳領域の一部で、より下部の領域を指す。
*2 内側前頭前野: 大脳の前頭葉の最前部に位置する前頭前野と呼ばれる脳領域の中で、左右の脳が接する内側部分のこと。様々な行動の企画を担い、直接的に運動を制御する脳領域に出力を送る。
*3 単一神経細胞活動記録: 一つの神経細胞の活動電位を細胞間隙に配置した電極から記録する方法。これにより、個々の神経細胞の活動タイミングや活動パターンがわかる。
*4 局所電場電位: 神経細胞間隙に配置した電極から、その周辺にある神経細胞の集団電位を記録する方法。電極近傍の神経細胞集団の活動タイミングや活動パターンが記録できる。
*5 ウイルスベクター: 遺伝子の運び屋。ウイルスが持っている遺伝子を細胞に導入する性質を利用して、実験目的に適した遺伝子を、ターゲットとする脳部位に発現させることができる。

今回の発見

  1. 腹側運動前野はどのような「他者」が相手でも活動の大きさが変わらないのに対して、内側前頭前野は、実在他者と課題をおこなう際に活動がより大きくなることを明らかにしました。
  2. 腹側運動前野から内側前頭前野への神経情報の流れは、実在他者とやりとりする際に最も多くなることを明らかにしました。
  3. 腹側運動前野から内側前頭前野への神経情報を阻害すると、他者、特に実在他者の行動情報を自分の行動選択に利用することができなくなりました。

図1 実験デザインと三つの他者条件

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A. サルがおこなった行動課題。2頭のサルが3回毎に交替で行動選択をおこなうようになっている。相手が選択したボタンの位置と、それが正解だったかどうか(報酬がもらえたかどうか)をモニターしておくことで、自分の行動を最適化できるようにデザインされている。
B. 行動課題は、本物のサル(a.実在他者)、ディスプレイ上のサル(b.映像他者)、ディスプレイ上の棒状の物体(c.物体他者)の三種類の他者とおこなう。

図2 脳活動の解析結果を表す模式図

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A. 自己と他者の動作情報に関連した3つのタイプの神経細胞が、腹側運動前野(PMv)と内側前頭前野(MPFC)に異なる割合で存在した。
B. MPFCの他者タイプの神経細胞は、他者の違いにより活動の大きさが異なった。
C. PMvからMPFCへの情報の流れは実在他者条件で最も多かった。

図3 選択的神経路遮断実験の結果を表す模式図

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A. PMvからMPFCへの神経回路をターゲットにした、神経路遮断実験の模式図。
B. 標的神経路を遮断した結果、相手が選択ミスをした後でのみ、課題の成績が悪くなった。

この研究の社会的意義

腹側運動前野や内側前頭前野からなる社会的な情報を処理する神経ネットワーク、いわゆる社会脳ネットワークは、自閉スペクトラム症などの神経発達障害との関連が指摘されています。今回報告した成果に関して、特に神経回路操作をおこなったサルについては、その行動の変容が自閉スペクトラム症様サルと類似することからも、病態モデルとして活用できる可能性があります。自閉スペクトラム症の動物モデルが確立できれば、病態の解明、ひいては治療法の開発等につなげることができるのではないかと期待されます。

論文情報

A causal role for frontal cortico-cortical coordination in social action monitoring
Taihei Ninomiya, Atsushi Noritake, Kenta Kobayashi and Masaki Isoda
Nature Communications.   日本時間2020年10月16日18時解禁

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 認知行動発達機構研究部門
教授 磯田 昌岐 (イソダ マサキ)

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室

<AMED事業に関すること>
国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
疾患基礎研究事業部 疾患基礎研究課 

リリース元

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自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室
国立研究開発法人日本医療研究開発機構

 

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