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神経シナプス間の軸調整を担う分子群を発見
―新たなてんかん病態を解明―

プレスリリース 2021年1月 5日

内容

てんかんは、人口の1%程度に発症する頻度の高い神経疾患であり、神経細胞や神経回路の異常な興奮により発症すると考えられています。てんかんは、「いつ発作がおこるか予測困難であり、発作を何度も繰り返す」ことから、その原因究明と新しい治療薬の開発が強く望まれている疾患です。
 今回、自然科学研究機構 生理学研究所の深田正紀教授と深田優子准教授の研究グループは、「LGI1–ADAM22–MAGUK」(注1-3)という分子群(タンパク質複合体)が、シナプスの内部装置の配置をナノメートル単位で微調整していることを、超解像顕微鏡(注4)を用いて解明しました。そして、この微調整ができないマウスは、てんかん発作を必発することを明らかにしました。今回の発見はヒトのてんかん病態の解明と、てんかんの新しい治療戦略の開発に貢献できると考えられます。

 一つの神経細胞には、神経細胞間の情報伝達を担うシナプスが、数千から数万個、存在しています(図1)。各シナプスは、神経伝達物質を放出するシナプス前部と、神経伝達物質を受け取る受容体が配置されているシナプス後部から成り立っています。最近の超解像顕微鏡の出現によって、これらのシナプス前部と後部の内部には、さらに小さい特殊領域(ナノドメイン)が存在することが分かってきました(図2)。そして、「これらナノドメインの対面整列によって、効率のよい情報伝達が可能となる」ことが提唱されるようになってきました(シナプス・ナノカラム説)。しかし、どのような分子がシナプス間の整列調整(つまりシナプスの軸調整)を担っているかはよく分かっていませんでした。また、この軸調整の破綻が脳機能に与える影響に関しても不明でした。

研究グループは、「LGI1・ADAM22」というタンパク質複合体がシナプス間隙(すきま)に存在することを見出し、さらに「LGI1–ADAM22」が、シナプス前部とシナプス後部のMAGUKと総称される分子と結合することにより、シナプス前部とシナプス後部の軸調整(対面整列)が精緻に行われることを見出しました(図3左)。また、ADAM22とMAGUKの結合を遮断したマウスを作製すると、このシナプス間の対面整列が損なわれ、すべてのマウスがてんかん発作を引きおこすことを見出しました。脳波解析と組織学的解析により、このてんかんが海馬の歯状回を発生源(焦点)としていることを突き止めました(図3右)。さらに、MAGUKの結合を遮断するようなADAM22の変異が、ヒトのてんかん患者においても認められることを見出しました。

このように、LGI1-ADAM22-MAGUKという分子群の連結はシナプス間の情報伝達を極めて精緻に調節していること、およびその破綻が重篤なてんかん病態を惹起することを見出しました。以上の結果は、これら分子群の連結(図4)を強化、補強するような薬剤が開発できれば、新たなてんかん治療につながる可能性を強く示唆します。



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図1. 神経細胞のシナプス
一つの神経細胞には数千から数万のシナプスが存在している(赤)。シナプスは神経細胞間の接続部で、情報伝達の基本単位として機能する。一つ一つのシナプスは非常に小さく、直径約0.5〜1μm程度の構造物である。青色は神経細胞の核を示す。

 

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図2. シナプス内部のナノドメイン間の対面整列
シナプス分子[Bassoon(赤)とPSD-95(青)]を超解像顕微鏡(STED顕微鏡)で可視化すると、シナプス前部(赤)とシナプス後部(緑)に、それぞれ100〜200 nm径の領域(ナノドメイン)が複数存在すること、そして各ナノドメインごとに両者が互いに対面整列していることが観察される(四角の囲み;ナノカラム)。このシナプス間の対面整列は、効率のよい正確な情報伝達に重要と考えられている。

 

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図 3 . LGI1-ADAM22-MAGUK複合体はシナプス間の対面整列を担う
LGI1-ADAM22-MAGUKからなる分子群はシナプス前部とシナプス後部を連結するだけでなく、それらの内部構造を対面整列させることで、シナプス間の情報伝達を調節する(左)。一方、この連結が何らかの理由で壊れると(右)、シナプス伝達の異常が生じ、てんかん発作が生じる。今回の研究では、ADAM22とMAGUKの結合が破綻したマウスを作製した。
 

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図 4 . ADAM22-MAGUK(PSD-95)の連結様式を原子レベルで解明
この連結を強化するような化合物は、新たなてんかん治療薬になる可能性がある。
 

今回の発見

1. 「LGI1–ADAM22–MAGUK」はシナプス間の内部構造を精緻に整列させることで、効率のよい正確なシナプス伝達を制御している。
2. 「LGI1–ADAM22」はシナプス構築の中核を担うMAGUKの局在と機能を調節する。
3. 「LGI1–ADAM22–MAGUK」連結の破綻は、シナプス伝達を低下させ、てんかん発作を引きおこす。

この研究の社会的意義

(1) 新たなてんかん病態の解明:多くの既知のてんかんの原因遺伝子は、直接シナプス伝達や神経細胞の興奮性を制御する“イオンチャネル”の変異であることが多かった。今回の知見は、イオンチャネルの配置を調節する分子群が異常になることでもてんかんが生じることを示したもので、新たなてんかんの仕組みを発見したと言える。
(2) 新しいてんかん治療戦略の提案:現在使用されている抗てんかん薬の多くは、イオンチャネルを標的としたものである。今回、新たに見出したLGI1-ADAM22-MAGUK分子群の連結を補強、強化することは新たなてんかん治療戦略になりうると考えられる。
(3) てんかんのモデル動物:今回作製したADAM22変異マウスは、似た変異がヒトの患者さんでも報告されており、海馬が発生源のてんかんモデルマウスとして、てんかん治療薬の評価等に活用できると考えられる。

<用語解説>
注1)LGI1:神経細胞から放出される分泌タンパク質で、その遺伝子変異は家族性側頭葉てんかんを引きおこす。また、LGI1に対する自己抗体は、記憶障害やけいれんを伴う辺縁系脳炎を引きおこす。

注2)ADAM22:膜1回貫通タンパク質で、LGI1の受容体として機能する。ADAM22のヒトの変異は、けいれん発作、知的障害、脳奇形を引きおこす。

注3)MAGUK: 代表的な足場タンパク質の総称で、シナプス前部のCASKやシナプス後部のPSD-95といった分子が属する。シナプスにおいて、これらMAGUKはイオンチャネルなど膜タンパク質やシグナル分子と結合することで、シナプス構築を担う。MAGUKの遺伝子変異もまた、けいれん発作、知的障害、脳奇形を引きおこす。

注4)超解像顕微鏡: 従来の光学顕微鏡が持つ空間分解能を超えた高分解能(数十ナノメートル)を有する顕微鏡。

 

論文情報

LGI1–ADAM22–MAGUK configures trans-synaptic nanoalignment for synaptic transmission and epilepsy prevention

Yuko Fukata, Xiumin Chen, Satomi Chiken, Yoko Hirano, Atsushi Yamagata, Hiroki Inahashi, Makoto Sanbo, Hiromi Sano, Teppei Goto, Masumi Hirabayashi, Hans-Christian Kornau, Harald Prüss, Atsushi Nambu, Shuya Fukai, Roger A Nicoll*, Masaki Fukata*  *責任著者

米国科学アカデミー紀要(PNAS)

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 分子細胞生理研究領域
教授   深田正紀 (フカタマサキ)

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室
 

リリース元

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自然科学研究機構生理学研究所
京都大学

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