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ラット体内でマウス多能性幹細胞から精子を作ることに成功

プレスリリース 2021年2月26日

内容

 胚性幹細胞 (ES 細胞) や人工多能性幹細胞 (iPS 細胞) といった多能性幹細胞は、生体のあらゆる細胞になることができます。特に、多能性幹細胞から精子・卵子といった生殖細胞を作ることができれば、畜産分野や高度生殖補助医療など、様々な分野に応用できると期待されています。今回、自然科学研究機構 生理学研究所の小林俊寛助教、後藤哲平研究員、及川真実研究員、平林真澄准教授らの研究グループは、鳥取大学の香月康宏准教授、信州大学の保地眞一教授、東京大学医科学研究所の中内啓光特任教授、ケンブリッジ大学の Azim Surani 教授らとの共同研究により、ラットの体内で、マウス多能性幹細胞由来の精子を作ることに成功しました。本研究成果は、Nature Communications 誌 (日本時間2021年2月26日19時解禁) に掲載されました。

背景

 多能性幹細胞は、試験管内で生体のあらゆる細胞になれるだけでなく、胚盤胞注1) と呼ばれる発生初期の胚に移植すると、発生に沿って全身の細胞になり、キメラ動物 注2) を作ることができます (図1A)。特に、次世代に遺伝情報を伝えることのできる精子・卵子といった生殖細胞にもなれることから、多能性幹細胞の遺伝子にあらかじめ操作を加え、それら由来の個体を作ることで、遺伝子改変動物が作製できるようになりました。この技術のおかげで目的の遺伝子が身体の中でどのような機能を持つか知ることが可能になり、生命科学研究に大きく貢献したことから、2007 年には基本技術を発見した 3 人がノーベル医学生理学賞を受賞しました 注3)。

 目的の遺伝子を次世代に効率的に伝えるためには生殖細胞がその遺伝情報を持っている必要があります。一方で、キメラ動物において、多能性幹細胞が生殖細胞になれる効率は一定ではなく、何がその成否を左右するかは明らかになっていません。特にラットの多能性幹細胞の質はマウスに比べて不安定なことが知られています注4-5)。

本研究成果

 そこで研究グループは、動物体内で効率的に多能性幹細胞から生殖細胞を作るため、同グループがこれまでに開発を進めてきた「胚盤胞補完法」という技術を用いることにしました。胚盤胞補完法は、臓器の作れない動物の胚盤胞に、正常な多能性幹細胞を移植することで、多能性幹細胞由来の臓器を作る方法です。これまでに膵臓や、腎臓などが作れることが示され1, 2、再生医療への応用に向けた研究が進められています (図1B)。今回、研究グループは、昨年、同グループが報告した生殖細胞の作れない Prdm14 欠損ラットに着目し3、このラットの胚盤胞を使えば、移植した多能性幹細胞由来の生殖細胞を体内で効率的に作れるのではないかと仮説を立てました (図1C)。

ラットの体内で、異なる遺伝子を持つ生殖細胞を効率よく作ることに成功

 研究グループはまず、赤く光るラットの ES 細胞を Prdm14 欠損ラットの胚盤胞へ移植しました (図2A *本図中では精子の作製の結果のみ示す)。すると、生まれてきたキメララットの精子および卵子はすべて赤く光った ES 細胞由来のものであり、仮説の通り、体内で効率的に生殖細胞を作れることが明らかになりました (図2B)。従来の方法 (右) で作製したキメララットでは 9.2% の産仔にしか遺伝情報が伝わらなかった一方で、今回の方法でキメララットを野生型ラットと交配させると、100% ES 細胞の遺伝情報を次世代に伝えることができました。
なお、今回の技術を用いることで、腎臓を完全に欠損するラットおよび、人工染色体という余分な染色体を持つラット、という2種類のラットを効率的に作製することに成功しました。

異なる動物種であるマウスの生殖細胞をラット体内で作ることに成功

 次に研究グループは、異なる動物種の多能性幹細胞でも Prdm14 欠損ラットの体内であれば生殖細胞を作れるのではないかと考え、Prdm14 欠損ラットの体内でマウスの生殖細胞が作れるかどうか検証しました (図3A *本図中では iPS 細胞の結果のみ示す)。マウスの ES 細胞とiPS 細胞を Prdm14 欠損ラット胚盤胞に移植したところ、マウス多能性幹細胞由来の精子および精子細胞をPrdm14 欠損ラットの体内で作ることに成功しました (図3B)。このラット体内で作られたマウスの精子細胞を、マウスの未受精卵に顕微鏡下で注入し、その受精卵を仮親に戻してあげると、正常なマウスの産仔が得られました。このことから、ラットの体内というマウスにとっては異種の環境においても、マウスの多能性幹細胞から機能的な生殖細胞が作られたことが証明されました。

 以上より、生殖細胞を作れないラットを利用した胚盤胞補完法により、同じ動物種であるラットの多能性幹細胞、もしくは異なる動物種であるマウスの多能性幹細胞からでも、ラット体内で効率的に生殖細胞を作り出すことが可能になりました。本技術は多能性幹細胞から生殖細胞、あるいはそれを介した遺伝子改変動物を作り出す方法の一つとして、幅広く応用されることが期待されます。

 本研究は文部科学省科学研究費補助金 基盤研究 (B) (研究代表者: 平林真澄)、新学術領域研究 (研究代表者: 小林俊寛)、AMED-LEAP  (研究分担者:平林真澄)、AMED再生医療実現拠点ネットワークプログラム幹細胞・再生医学イノベーション創出プログラム (研究代表者: 小林俊寛)、グレートブリテン・ササカワ財団 (研究代表者: 小林俊寛) の支援を受けて行われました。

今回の発見

  1.  生殖細胞を作れないPrdm14 欠損ラットの体内で、異なる遺伝子を持つラットのES 細胞由来の精子・卵子を効率的に作ることができた。
  2.  1 の方法を用いて、腎臓を完全に欠損するラット、もしくは人工染色体を持つラットといった遺伝子改変ラットの効率的な作製が可能になった。
  3. 異なる動物種であるマウスの ES 細胞、iPS 細胞を用いることで、Prdm14 欠損ラット内にマウスの機能的な精子細胞を作り出すことに成功した。

用語説明

注1) 胚盤胞
受精後、マウスでは 3-4日、ヒトでは5-7日目に形成される特徴的な構造を持つ初期胚。マウス、ヒトではこの構造の形成後、子宮への着床が起こり、発生が進む。

注2) キメラ動物
遺伝的に異なる2種類以上の細胞が混在している動物。語源はギリシャ神話に登場する架空の生物「キマエラ」に由来します。

注3)  2007 年 ノーベル医学生理学賞
受賞理由は “for their discoveries of principles for introducing specific gene modifications in mice by the use of embryonic stem cells” (ES 細胞を用いたマウスの標的遺伝子改変法の原理の発見)” として、マリオ・カペッキ(米国)、オリバー・スミシーズ(米国)、マーティン・エバンス(英国)の 3氏が受賞しました。

注4) マウスとラットの違い
マウスはハツカネズミ、ラットはドブネズミでそれぞれ実験動物としてよく使われています。ラットの方が 10倍ほど大きく、賢いことから、外科的手術、あるいは脳科学・生理学研究において扱いやすいという利点があります。

注5)  ラットの多能性幹細胞
マウスでは 1981 年にマーティン・エバンス(英国)によって ES 細胞の樹立が報告されましたが、ラットでは 2008 年になってようやくオースティン・スミス (英国) のグループによって ES 細胞の樹立が報告されました。

図1 キメラ動物作製法とそれを利用した胚盤胞補完法

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A. 従来のキメラ動物作製法では生殖細胞含む全身に多能性幹細胞由来の細胞が混在している。
B. 胚盤胞補完法では、臓器・組織を作ることのできない動物の胚盤胞を使うため、移植された多能性幹細胞がその”空き”を補い、多能性幹細胞由来の臓器・組織を作り出すことができる。
C. 本研究成果では B を生殖細胞作製へ応用した。生殖細胞ができない動物の胚盤胞に多能性幹細胞を移植することで、動物体内の全ての生殖細胞を多能性幹細胞から作ることができる。

図2 赤く光るラット ES 細胞由来の精子の効率的な作製

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A. 実験の概略図。赤く光るラットの ES 細胞を生殖細胞が作れない Prdm14 欠損ラットの胚盤胞に移植しキメララットを作製した。得られたキメララットは野生型ラットと交配し、ES 細胞の遺伝情報が生殖細胞を介して100%次世代に伝わる事が明らかになった。
B. 左は A の方法で作製したキメララットの精巣。全ての生殖細胞が赤い ES 細胞由来の細胞で構成されている。一方、従来の方法 (右) では、赤い ES 細胞由来の生殖細胞は一部に留まる。

図3 ラット体内におけるマウス iPS 細胞に由来する精子の作製

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A. 実験の概略図。緑に光るマウスの iPS 細胞 (オスのマウス尻尾から作った細胞) を生殖細胞が作れない Prdm14 欠損ラットの胚盤胞に移植し、キメラ動物を作製した。
B. A の方法で作製したキメラ動物の精巣組織。生殖細胞はすべて緑に光るマウス iPS 細胞由来の細胞で構成されている。また管の内側には iPS 細胞由来の精子も観察することができる。

 

この研究の社会的意義

 本成果を応用すれば、効率的な遺伝子改変動物の作製だけでなく、様々な動物のiPS 細胞から動物体内で生殖細胞を作る技術に繋がる可能性があり、効率的な家畜動物の繁殖・生産、絶滅危惧種の保存などへの応用に繋がることが期待されます。

論文情報

Blastocyst complementation using Prdm14-deficient rats enables efficient germline transmission and generation of functional mouse spermatids in rats

Toshihiro Kobayashi, Teppei Goto, Mami Oikawa, Makoto Sanbo, Fumika Yoshida, Reiko Terada, Naoko Niizeki, Naoyo Kajitani, Kanako Kazuki, Yasuhiro Kazuki, Shinichi Hochi, Hiromitsu Nakauchi, M. Azim  Surani, Masumi Hirabayashi
Nature Communications.   日本時間2021年2月26日19時解禁

お問い合わせ

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 行動・代謝分子解析センター 遺伝子改変動物作製室
助教 小林 俊寛 (コバヤシ トシヒロ)
准教授 平林 真澄 (ヒラバヤシ マスミ)
      
鳥取大学 医学部 生命科学科
分子細胞生物学講座 細胞ゲノム機能学分野
准教授 香月 康宏

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室

鳥取大学 米子地区事務部総務課広報係 

リリース元

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自然科学研究機構 生理学研究所
鳥取大学

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