News

お知らせ

漏れない細胞シートをつくる仕組み
―3つの細胞の隙間を塞ぐタンパク質を解明―

プレスリリース 2021年7月16日

内容

  私たちのからだの中は、細胞が敷石状に集まった「上皮」とよばれるシート構造によって多くの区画に仕切られており、上皮が「漏れないバリア」としてはたらくことにより、からだの区画の環境が正しく保たれます。上皮の細胞シートは、細胞同士の隙間を塞ぐ仕組みによってバリアを作っていますが、中でも3つの細胞の隙間を塞ぐ「3細胞結合」がどのような仕組みで出来ているかについては、これまでよくわかっていませんでした。今回、自然科学研究機構 生理学研究所の古瀬幹夫教授と菅原太一特任助教(現熊本大学助教)、大谷哲久助教、熊本大学の若山友彦教授らの共同研究グループは、アンギュリン1とよばれる膜タンパク質が3細胞結合の隙間を塞ぎ、上皮のバリア機能に寄与していることを明らかにしました。本研究成果は、Journal of Cell Biology誌(日本時間2021年7月16日午後23時解禁)に掲載されました。
 
 私たちのからだの中は、細胞が敷石状に集まった「上皮」とよばれるシート構造によって多くの区画に仕切られており、この上皮が「漏れないバリア」としてはたらくことにより、からだの区画の環境が正しく保たれます。生体がもつこのようなバリアは恒常性の維持に不可欠であり、その機能の低下は様々な疾患の発症に関わります。

 図1に示すように、上皮のバリアは、一般に多角形の上皮細胞が隙間なく敷き詰められて互いに接着することによってできています。このとき、多角形の細胞の辺に相当する部分では、隣り合う細胞との間にタイトジャンクションというジッパー状の接着構造がつくられることによって、細胞の隙間から物質が漏れるのを防いでいます。一方、多角形の細胞の頂点にあたる部分には、3つの細胞が点状に接する「3細胞結合」とよばれる領域があり、この部分も塞がないと上皮のバリアは壊れ、細胞の隙間から物質が漏れてしまいます。3細胞結合では、タイトジャンクションのジッパーが3方向から究極まで近づいて留められることによって隙間が閉じられると考えられており、これまでの研究から、3細胞結合にはアンギュリン1とトリセルリンという膜タンパク質が存在することが分かっています(図2)。実際にアンギュリン1とトリセルリンが3細胞結合部分で、どのような働きをしているかは分かっていませんでした。

 そこで今回、研究グループは、ゲノム編集の手法を用いて、アンギュリン1、トリセルリンそれぞれを欠失する上皮細胞を作製し、その形や性質を詳しく調べました。その結果、アンギュリン1を欠失する細胞では、タイトジャンクションが3細胞結合に十分に引き寄せられず、その結果、3細胞結合部分に大きな穴があき、細胞シートのバリアの働きが低下しました(図3)。一方、トリセルリンを欠失した細胞では、3細胞結合は閉じたままで、細胞シートのバリア機能に目立った異常は見られませんでした。この結果から、3細胞結合を塞ぐために中心的な役割を担うのは、トリセルリンでなく、アンギュリン1であることがはじめて証明されました。今後、バリアの機能低下に関わる疾患の研究分野で3細胞結合やアンギュリン1の役割が注目されるようになり、そのはたらきについて理解が進むことが期待されます。

 古瀬教授は「10年かかってアンギュリン1の重要な役割をようやく証明できたことは本当にうれしい。最近、アンギュリン1の異常が肝臓の重篤な疾患の原因となることが報告されているので、その発症の仕組みを明らかにするためにもさらに研究を続けていきたい」と話しています。


本研究は文部科学省科学研究費補助金、武田科学振興財団の補助を受けて行われました。

今回の発見

  1. 上皮の強いバリア機能に必要な3細胞結合の閉鎖にはアンギュリン1が重要であることがわかりました。
  2. 今回の研究では細胞シートのバリア機能におけるトリセルリンの役割は検出できず、アンギュリン1に比べて寄与は小さいと推測されます。

図1 3つの細胞に挟まれた隙間をシールする「3細胞結合」

 
20210716furuse-1.png
左は上皮細胞が敷石状に敷き詰められてできた上皮を上から見た模式図です。六角形が1つの細胞を示しています。六角形の辺は、隣り合う細胞との境界で、ここにはタイトジャンクションというジッパー状の細胞間結合が作られ、細胞同士の隙間をシールして漏れを防いでいます。一方、上皮の中には3つの細胞の角が集まる「3細胞結合」とよばれる部分(赤丸)がたくさんあります。この部分を拡大したのが右の図です。上皮がバリアとしてはたらくためには、3細胞結合の隙間もシールする必要があります。これまでの研究から、タイトジャンクションのジッパーが究極の近距離まで近づくことによって、この部分を閉じていると考えられてきましたが、その仕組みはよくわかっていませんでした。

図2 精巣上体におけるアンギュリン1とトリセルリンの発現

 
20210716furuse-2.png

この写真は、マウスの精巣上体の上皮に存在する膜タンパク質を蛍光免疫染色で色違いに示したものです。タイトジャンクション(多角形の細胞の辺に相当する部分)にはオクルディン(赤)と呼ばれる膜タンパク質が存在するのに対し、アンギュリン1(左図:緑)やトリセルリン(右図:緑)はタイトジャンクションの交点すなわち3細胞結合に集まっていることがわかります。

図3 3細胞結合の電子顕微鏡写真

 
20210716furuse-3.png

細胞シートに水平な向きで電子顕微鏡を用いて観察したところ、正常細胞では3細胞結合が閉じているのに対して(左図矢印)、アンギュリン1欠失細胞では隙間ができていることが明らかになりました(中央図矢印)。実際、アンギュリン1欠失細胞のシートは漏れやすくなっていました。一方で、トリセルリン欠乏細胞では、隙間ができていないことが分かります(右図矢印)。

この研究の社会的意義

生体バリアの異常を伴う様々な疾患のメカニズム解明につながることが期待されます。

論文情報

Angulin-1 seals tricellular contacts independently of tricellulin and claudins
Taichi Sugawara, Kyoko Furuse, Tetsuhisa Otani, Tomohiko Wakayama3, Mikio Furuse
Journal of Cell Biology.   (日本時間2021年7月16日23時掲載)

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 細胞構造研究部門
教授 古瀬幹夫 (フルセミキオ)

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室

リリース元

nips_logo.jpg
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室

関連部門

関連研究者