公益財団法人東京都医学総合研究所 脳機能再建プロジェクトの中山 義久 主席研究員らは、自然科学研究機構生理学研究所 心理生理学研究部門の定藤 規弘 教授らと共同で、「ヒトの背側運動前野は目的志向的行動の段階的な計画過程に関与する」を発表しました。目的を達成するための行動の計画には「目的を設定する」「行為を選択する」「行為を準備する」といったようにいくつかのステップがありますが、それぞれのステップに前頭葉の運動前野の異なる部位が関与することを示しました。
本研究成果は、目的達成のための行動の各ステップが脳のレベルで分かれて表現されていることを示唆します。この結果は、車の運転でアクセルとブレーキを踏み間違えてしまうような、「わかっているのにできない」現象がなぜ起こるかを理解するための重要な手がかりになることが期待されます。
この研究成果は、2022年4月18日(月)に、米国科学雑誌「NeuroImage」のオンライン版に掲載されました。
<論文名>
“The dorsal premotor cortex encodes the step-by-step planning processes for goal-directed motor behavior in humans”
(ヒトの背側運動前野は目的志向的行動の段階的な計画過程に関与する)
<発表雑誌>
NeuroImage
DOI: https://doi.org/10.1016/j.neuroimage.2022.119221
URL: https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1053811922003457
<研究成果のポイント>
・目的を達成するための行動を計画する過程に、ヒトの前頭葉にある運動前野が関与することを見出しました。
・行動目的の決定は運動前野の下前方部、その行動目的に基づいた行為の選択は上前方部、行為の準備は後方部といったように、目的決定から行為の実現へ計画段階が進むにつれ、運動前野内で異なる領域が役割分担をしながら一連の過程を実現させていることがわかりました。
問合せ先
(研究に関すること)
公益財団法人 東京都医学総合研究所 脳機能再建プロジェクト
中山 義久
(東京都医学総合研究所に関すること)
事務局研究推進課:武仲・大井
研究の背景
ヒトは目的を達成するために行為を選択し実行しています。例えばドアを開けるという行動の目的を達成するためには、ドアの種類やドアの状況に応じて「右に動かす」「左に動かす」「ドアノブを回す」などの行為を行う必要があります(図1)。前頭葉の高次運動野がこのような目的に基づいた行為を選択する行動に関わることが、これまでの臨床研究や動物実験によって示唆されています。この一連の行動を計画する過程には、目的を決め、その目的に基づいて行為を選び、その行為を準備するといった複数のステップがありますが、高次運動野がそれぞれのステップにどのように関与するかは明らかにされていませんでした。
図1 行動の目的と行為の関係。目的と行為は必ずしも一対一に対応しない。
研究の説明と成果
今回研究グループでは、行動の目的と行為を切り分ける行動課題を作成し(図2)、目的に基づいた行為を選択する過程への高次運動野の「運動前野」の関与を、ヒトを対象に調べる研究を実施しました。目的と行為を時間的に分離することで、目的を達成する行動の準備過程の複数のステップを切り分けることができます。それぞれのステップの背景にある脳の機能的役割を明らかにするため、この行動課題を行っている被験者の脳活動を、超高磁場(7テスラ)磁気共鳴装置を利用した機能的磁気共鳴画像法 (fMRI) を用いて測定する実験を行いました。
図2 行動課題のイメージ図。
実験の結果、行動目的の決定過程、行動目的から行為へ変換する過程、行為の準備過程の各ステップにおいて、いずれも運動前野の領域が活動することがわかりました。さらに、運動前野の中において、それぞれのステップで活動する領域が異なることもわかりました。行動目的の決定には運動前野の前方の下部、行動目的から行為へ変換する過程には前方の上部が活動し、行為の準備には運動前野の後方部から運動野(一次運動野)にまたがる領域が活動していました(図3)。この結果は、行動計画の複数のステップそれぞれに対応するメカニズムが脳内に実現されており、運動前野内の異なる部位が行動の計画過程でのそれぞれ異なるステップの処理を担うことを示唆しています。
図3 行動の計画過程と活動が見られた脳領域
この研究成果が社会に与える影響
高齢ドライバーがアクセルとブレーキを踏み間違える事故がしばしば問題になりますが、この事故は行為の目的は理解しているものの、それを正しく行為として表現することができなくなる現象であると考えらます。複数の行動計画のステップが脳のレベルで分かれて表現されていることを示唆する今回の結果は、この「わかっているのにできない」現象を理解するための重要な手がかりになることが期待されます。今回の研究で見出された運動前野の役割分担の視点を発展させることで、認知症や高次脳機能障害の病態理解や新たなリハビリテーション法の開発に繋がることが期待されます。
本研究の主な助成事業
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費 基盤研究(C)、挑戦的研究(萌芽)、及び若手研究(B)・生理学研究所共同利用研究費の支援を受けて行われました。
リリース元
公益財団法人東京都医学総合研究所
自然科学研究機構生理学研究所
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