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神経機能を制御するアストロサイトが脳内に広く分布する仕組みを解明
-精神神経疾患の新たな病態理解に期待-

プレスリリース 2022年12月 6日
 慶應義塾大学医学部解剖学教室の仲嶋一範教授、愛知県医療療育総合センター発達障害研究所の田畑秀典室長(研究開始時は慶應義塾大学医学部解剖学教室専任講師)らの研究グループは、生理学研究所の鍋倉淳一所長らと共同で、脳を構成する主要な細胞であるアストロサイトが胎児や新生児の脳内でどのように移動して持ち場につくのかを、マウスを用いて明らかにしました。
 哺乳類の脳には神経細胞のみならず、それを上回る数のグリア細胞が存在し、神経細胞の活動をバックアップします。中でもアストロサイトは主要なグリア細胞の一種であり、発生・発達期の神経ネットワークの形成等に重要な役割を果たします。しかしながら、アストロサイトがどのように発生し、脳内に広く分布できるのかはほとんどわかっていませんでした。今回の研究では、脳の深部で生まれたアストロサイト前駆細胞が、ほぼランダムに動き回る移動と血管をガイドとした移動の2種類を使い分けながら、神経細胞が存在する領域に到達して満遍なく分布することを明らかにし、それを支える分子機構を見出しました。こうしたアストロサイトの発生機構が乱されると、神経ネットワーク形成等が阻害される可能性が考えられます。さまざまな精神神経疾患の背景に発生期の障害が存在する可能性が近年注目されており、今回の研究により、それらの疾患の新たな病態理解が進むことが期待されます。
 この研究成果は、2022年11月2日(英国時間)にNature Communications(オンライン版)に掲載されるとともに、特に重要な論文としてEditors’ Highlightsに選ばれました。

1.研究の背景と概要 

 アストロサイトは神経細胞の主な産生時期が終了した後の神経幹細胞から生じます。神経幹細胞は脳の最深部にあり、神経細胞はここから脳表面側へと移動、配置して、灰白質を形成します。アストロサイトの元になるアストロサイト前駆細胞もまた脳深部で作られ、脳表面側へと移動して、すでにネットワークを形成し始めている神経細胞たちに合流します。このとき、アストロサイトは神経細胞に働きかけ、神経伝達の場であるシナプスの形成を促進するなどします。従って、アストロサイトが正しく移動し、配置することは、適切な神経ネットワークの形成に重要であり、その撹乱によりさまざまな精神神経疾患の背景となる病態を引き起こす可能性が考えられます。しかしながら、アストロサイト前駆細胞の発生過程を追跡することは技術的に困難であり、その解明が待たれていました。

2.研究の内容と成果

 仲嶋教授、田畑室長らの研究グループでは、マウス胎児の神経幹細胞に蛍光タンパク質を発現する遺伝子を導入し、そこから発生する子孫細胞の挙動を顕微鏡下に観察してきました。そのような観察の中で、ある細胞集団は、これまで神経細胞で知られているような秩序だった移動ではなく、ランダムに見える動きを示すことを見出しました。本研究グループはこれを不軌道性移動と名付けました(図1)。

20221206nabekura-1.jpg【図1】脳発生過程におけるアストロサイト前駆細胞の移動
アストロサイトは脳内に存在する主要な構成要素で、神経ネットワーク形成に重要な役割を果たします。今回の研究により、脳深部で誕生したアストロサイトが不軌道性移動と血管ガイド移動を使いながら神経細胞が存在する灰白質へ移動することが明らかになりました。


 こうした移動を示す細胞を特殊な方法でラベルし、培養したところ、これらはアストロサイトに分化しました。また、不軌道性移動する細胞に発現するマーカー遺伝子(Olig2)を見出し、このマーカー遺伝子が発現した細胞が光るマウス(注1)を作成して細胞系譜解析を行ったところ、これらはやはりアストロサイトに分化しました。以上より、不軌道性移動を示す細胞はアストロサイト前駆細胞であることが確認されました。大脳皮質は、脳表側の灰白質と深部の白質とに分けられ、神経細胞は灰白質に集まって並んでいます。本研究グループは、不軌道性移動を示すアストロサイト前駆細胞は胎児期の特定の時期にのみ産生されて最終的に灰白質のアストロサイトに分化すること、一方、生後の新生児期に生まれたアストロサイトは主に白質に分布することを見出しました。不軌道性移動する細胞を良く観察したところ、特に脳表層付近では比較的直線的な移動が目立つようになり、これを血管が光るマウス(注2)を用いて観察したところ、多くが血管に沿って活発に移動していることを発見しました。アストロサイト前駆細胞はこの血管ガイド移動と不軌道性移動を使い分けながら、脳表層へと移動、拡散することが示されました。こうした移動様式は、生きたマウス胎児の頭蓋に小さな窓を開けて2光子レーザー顕微鏡で覗き込むという難易度の高い実験による観察においても確認されました(注3)。血管ガイド移動は神経細胞には見られない移動方法であるため、両者の網羅的遺伝子発現解析を行い、その分子機構として、血管細胞から分泌される誘因性活性を有するCxcl12に対して、アストロサイト前駆細胞はその受容体であるCxcr4およびCxcr7を発現して血管に引き寄せられる可能性を見出しました。実際、これら受容体の機能阻害により、血管ガイド移動が阻害され、さらに脳表層側に配置するアストロサイトが少なくなりました。また、そのシグナル経路の下流でインテグリンβ1が働くことも見出し、その阻害によっても、同様の効果が認められました。こうした観察から、アストロサイト前駆細胞の血管ガイド移動は、アストロサイトの灰白質内での配置に重要であることが示されました。

3.今後の展開・意義

 今回の研究で、これまで不明であった脳内の最大主要細胞成分の1つであるアストロサイトの発生機構が明らかになってきました。発生期に起源があるとされる脳の病態は多く報告されていますが、アストロサイトは神経細胞のネットワーク形成に重要な役割を果たしますため、今後、神経細胞そのものの異常ではなく、アストロサイトの発生異常に基づく病態が明らかになることが期待されます。また、脳が成熟すると、アストロサイトは血管を取り囲み、血液脳関門と呼ばれる構造を形成します。この構造は脳内環境を一定に保つことに極めて重要であり、アストロサイトの機能低下や産生数の減少によりこれが破綻すると、てんかんや認知機能低下等のさまざまな障害が生じることが知られています。今回の研究は、このようなアストロサイトの発生異常による脳血管障害の理解にも道を開くものと期待されます。

4.特記事項

本研究は、JSPS科研費 JP21K07309、JP20H05688、JP16H06482、JP22K19365、JP16H06280、JP21K06413、JP18K06508、公益財団法人武田科学振興財団、慶應義塾学事振興資金、慶應義塾福澤基金等の助成で行われました。

5.論文

タイトル:Erratic and Blood Vessel-Guided Migration of Astrocyte Progenitors in the Cerebral Cortex.
タイトル和訳:大脳皮質におけるアストロサイト前駆細胞の不軌道性、および血管ガイド移動
著者名:田畑秀典、佐々木恵、揚妻正和、佐野ひとみ、廣田ゆき、宮島倫生、林周宏、本田
岳夫、西川将司、稲熊裕、伊東秀記、竹林浩秀、依馬正次、池中一裕、鍋倉淳一, 永田浩一、仲嶋一範
掲載紙:Nature Communications(オンライン版)
DOI:10.1038/s41467-022-34184-x

【注釈】
(注1):新潟大学の竹林浩秀教授、生理学研究所の故 池中一裕教授との共同研究です。
(注2):滋賀医科大学の依馬正次教授との共同研究です。
(注3):生理学研究所の揚妻正和特任准教授、鍋倉淳一教授との共同研究として、先端バイオイメージング支援プラットフォーム(ABiS)の支援により行われました。


【本発表資料のお問い合わせ先】
慶應義塾大学医学部 解剖学教室
仲嶋 一範(なかじま かずのり)教授

愛知県医療療育総合センター 発達障害研究所
分子病態研究部
田畑 秀典(たばた ひでのり)室長


【本リリースの発信元】
慶應義塾大学
信濃町キャンパス総務課 : 山崎・飯塚・奈良
※本リリースのカラー版をご希望の方は上記までご連絡ください。

愛知県医療療育総合センター
発達障害研究所:森下

生理学研究所
研究力強化推進室(広報):西尾

リリース元

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慶應義塾大学医学部
愛知県医療療育総合センター 発達障害研究所
生理学研究所

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