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目標に向けて努力し続けられる脳の仕組みを解明
―期待外れを乗り越えるためのドーパミン機能―

プレスリリース 2023年3月11日

概要

我々は日々、様々な目標の達成を目指して、その途中で思った通りにうまくいかずに「期待外れ」が生じても、それを乗り越えようと努力し続けることができます。小川正晃 京都大学大学院医学研究科SKプロジェクト特定准教授(元生理学研究所)、石野誠也 同特定助教らの研究グループは、その能力を担う脳の仕組みとして、期待外れが生じた直後にドーパミンを増やしてそれを乗り越える行動を支えるドーパミン神経細胞を、ラットで発見しました。従来ドーパミンは、思ったよりもうまくいくと増える一方、期待が外れると減ると考えられていました。しかしこの役割では、期待外れを乗り越える能力は説明できませんでした。本研究成果は、意欲機能に対するドーパミンの新たな役割を解明し、意欲を支える脳の仕組みの常識を変える革新的な成果です。
期待外れを乗り越える能力を支える神経メカニズムが実在するという本成果は、将来的に、意欲の異常が深く関わるうつ病や依存症などの精神・神経疾患の新たな理解や治療法の開発につながることが期待されます。 また、生涯を通した主体的な学びや自己啓発などの「高み」を目指す精神的営みに、重要な示唆を与えます。
本研究成果は、2023年3月11日に、国際学術誌「Science Advances」に掲載されました。

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1.背景

ヒトは、仕事、勉学、スポーツなどにおいて、現状よりも高い目標の達成を目指します。その途中で思った通りにうまくいかずに、目標と現実の差である「期待外れ」が生じても、それを乗り越えようと努力し続けることができます。ヒト以外の動物でも、大抵の場合すぐには成功しない採餌行動や求愛行動において、期待外れを乗り越えることができなければ、生存や繁栄に影響します。このように普遍的に重要であるにも関わらず、期待外れを乗り越える機能を支える脳の仕組み、すなわちその神経メカニズムは不明でした。ドーパミン神経細胞は意欲(「やる気」)に重要です。従来の研究によって、ドーパミン細胞の活動は、思ったよりもうまくいくと増える一方、期待外れが生じると減ることが知られていました。しかしこの活動では、期待外れを乗り越える能力は説明できませんでした。私たちは、これまで未知の、期待外れに対して活動が増すようなドーパミン細胞が存在するのではないかという仮説を立て、本研究を開始しました。

2.研究手法・成果

私たちは、得られるかどうかが不確実である確率的な報酬(甘い水)を、ラットが能動的に求め続けるように訓練しました。その結果ラットは、たまたまその報酬が得られずに「期待外れ」が生じても、その後に次の報酬獲得に向けて行動を切り替えることができました(下図、行動課題)。
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その行動をしている最中のラットのドーパミン神経細胞の活動を、オプト電気生理学法(1)とカルシウムイメージング法(2)という2つの方法で確実にドーパミン細胞であることを確認しながら、ミリ秒〜秒単位の時間精度で、計測しました。すると期待外れが生じた直後に活動が増すドーパミン細胞を、世界に先駆けて、見出すことができました(下図、その新規ドーパミン細胞の電気活動の例)。
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このようなドーパミン細胞は、我々が計測を行った中脳の部位(腹側被蓋野の外側部)では約半数程度という、驚くべき多数、見つかりました。また私たちは、最新のドーパミン量計測法(3)を用いて、そのドーパミン細胞の投射先である線条体(側坐核)という脳の部位で、期待外れが生じた直後にドーパミン量が増加することを見出しました。さらに光遺伝学法(4)という方法を用いて、期待外れが生じる瞬間に、その側坐核へのドーパミン神経回路の活動を人工的に刺激すると、期待外れを乗り越える行動を駆動することができました。以上によって私たちは、期待外れを乗り越える機能を支える新しいドーパミン神経細胞とその神経回路を明らかにしました。
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3.波及効果、今後の予定

本成果は、意欲機能におけるドーパミンの新たな役割を解明し、意欲を支える脳の仕組みの常識を変える革新的な成果です。期待外れを乗り越える能力を支える神経細胞と神経回路が実在するという本成果は、将来的に、意欲が異常に低下するうつ病や、逆に異常に亢進する依存症など、様々な精神・神経疾患の新たな理解や治療法の開発につながることが期待されます。また幼少期から高齢期まで生涯を通した主体的な学びや自己啓発など、我々が日常的に行っている「高み」を目指す精神的営みに、重要な示唆を与えます。今後、私たちが見出した新しいドーパミン細胞がどのような状況に対して活動を調節するのか、またその活動を生み出すメカニズムなどについて、さらなる研究が必要です。

4.研究プロジェクトについて

本研究は、日本学術振興会 科学研究費(19K16895, 21H00961, 20K14270, 20K16474, 26702039, 26120731, 16H01288, 16H01518, 19H05019, 20H03547, and 20K20862)、塩野義製薬(SKプロジェクト)、科学技術振興機構 創発的研究支援事業(JPMJFR2040)、生理学研究所 共同利用研究(20-263)、武田科学振興財団、堀科学芸術振興財団の支援を受けて行われました。
 
SKプロジェクト:京都大学と塩野義製薬株式会社は、精神疾患に対する画期的な新薬創製を目指して、「精神疾患治療のための創薬・医学研究プロジェクト(SKプロジェクト第2期)」を、2018年4月より開始しました。京都大学大学院医学研究科メディカルイノベーションセンターの理念のもと、アカデミアで蓄積した知識と技術を企業の保有する新薬創出のノウハウと融合する事で、産学連携による新規医薬品開発を目的としています。

<用語解説>
(1)    オプト電気生理学法:神経細胞のミリ秒単位の活動を人工的に誘導できる光遺伝学法(4)と神経細胞の電気活動計測を融合した方法。電気活動を計測した細胞タイプを特定することができる。
(2)    カルシウムイメージング法:神経細胞の活動に伴って増減する細胞内のカルシウムイオンの量の変化を計測する技術。
(3)    ドーパミン量計測法:ドーパミンの人工受容体を利用して、細胞外に放出されたドーパミン量の変化を計測する技術。
(4)    光遺伝学法:遺伝学的手法によって、植物や細菌由来の光感受性イオンチャネルを神経細胞に発現させ、さらにその細胞に光を当てることで、その細胞の活動をミリ秒単位の時間精度で刺激または抑制できる技術。

<研究者のコメント>
本研究の完成という目標に向け、まさしく「期待外れを乗り越える」必要がある状況が、多々ありました。「途中で諦めてしまっては私たちが見出したドーパミン細胞に対して申し訳ない」という冗談を言いながら、それを乗り越えられるように頑張ってきました。じっくりと年月をかけ、思う存分、納得のいく研究を行える贅沢な環境を与えてくださった、全ての皆様に、深く感謝申し上げます(小川)。
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論文タイトルと著者

タイトル:Dopamine error signal to actively cope with lack of expected reward
(期待する報酬の欠如に能動的に対処するためのドーパミン誤差信号)
著  者:Seiya Ishino, Taisuke Kamada, Gideon A. Sarpong, Julia Kitano, Reo Tsukasa, Hisa Mukohira, Fangmiao Sun, Yulong Li, Kenta Kobayashi, Honda Naoki, Naoya Oishi, Masaaki Ogawa
石野 誠也 (写真左)、鎌田 泰輔、ギデオン サポン、北野 樹里亜、司 玲央、向平 妃沙、ファンミャオ サン、ユーロン リ、小林 憲太、本田 直樹、大石 直也、小川 正晃 (写真右)
掲 載 誌:Science Advances
D O I:10.1126/sciadv.ade5420

お問い合わせ

<研究に関する問い合わせ先>
小川 正晃(おがわ まさあき)
京都大学大学院医学研究科メディカルイノベーションセンターSKプロジェクト特定准教授

<報道に関するお問い合わせ>
京都大学 総務部広報課国際広報室

リリース元

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京都大学
自然科学研究機構生理学研究所

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