上皮細胞は隣り合う細胞同士と強固に接着してシート構造を作ります。上皮細胞同士の境界線は常に直線なわけではなく、湾曲して美しいジグソーパズル状の構造を形作ることがあります(図1A、マゼンタ)。本研究では、九州大学の宮崎真太朗医学部六年生(当時)、同大大学院医学研究院の杉原圭助教、三浦岳教授らが、自然科学研究機構 基礎生物学研究所の藤森俊彦教授、生理学研究所の大谷哲久助教、古瀬幹夫教授らと共同で、典型的な上皮細胞であるMDCK細胞(※1)の境界の湾曲構造のパワースペクトルを両対数プロットすると直線状になる、スケーリングと呼ばれる性質があることを見出しました(図1B)。さらに、この構造の形成原理を探るべく、複数のパターン形成の数理モデルを比較した結果、境界構造をランダムに揺らす働きと、境界の長さを最小化しようとする働きを持ったEdwards-Wilkinsonモデルでこのスケーリングを再現できることを見出しました(図1C)。さらに、境界構造をランダムに揺らすメカニズムとしてリン酸化ミオシンの点状集積構造(puncta)がダイナミックに境界を変形させていることがわかりました(図1A、緑)。 この細胞境界では物質の輸送が行われるため、湾曲構造の存在は輸送機能を促進することとなり機能的に重要です。また、この湾曲構造は、細胞生物学的に興味深い構造であることに加え、物理の世界で用いられてきたモデルの一風変わった実世界での例ともなっています。この研究の発展によって、生物学と物理学、応用数学の境界領域の研究が一層進展することが期待されます。 本研究成果は2023年4⽉22⽇(土)1時(日本時間)にiScience誌に掲載されました。 |
三浦教授からひとこと: この現象は、医学部の学生だった宮崎さん(筆頭著者)が手でトレースした境界形状のパワースペクトルをとって発見したことから始まって、数理生物学者、細胞生物学者、発生生物学者が協力して現象の解明に辿り着きました。ライフサイエンスは飽和気味に見えますが、融合領域ではまだまだ若い人が新規参入して戦える分野が拓けています。 |