内容
皮下脂肪が溜まる肥満は、内臓脂肪が溜まる肥満に比べて糖尿病、高血圧、肝障害など、所謂、生活習慣病になりにくいことが知られています。しかし、その理由はよく分かっていません。今回、自然科学研究機構 生理学研究所の箕越靖彦教授、近藤邦生助教らのグループは、脳視床下部に存在する神経細胞が、肥満によって引き起こされる脂肪組織の炎症を、皮下脂肪組織において抑制することを発見しました。本研究結果は、Cell Reports誌(日本時間2023年6月20日午前0時解禁)に掲載されました。 |
肥満は、糖尿病、高血圧、肝障害など生活習慣病の原因となることが知られています。肥満によって脂肪細胞が大きくなり過ぎると脂肪細胞は死んでしまい、これを貪食するマクロファージなど免疫細胞が脂肪組織に集まり、炎症を引き起こします(注1。この炎症が全身に影響を与え、生活習慣病の原因になると考えられています。
肥満は大きく分けて、皮下脂肪型肥満と内臓脂肪型肥満があります(注2。皮下脂肪型肥満は内臓脂肪型肥満に比べて上記のような病気を引き起こしにくいことが報告されています。皮下脂肪組織(以下、皮下脂肪)は内臓脂肪組織(以下、内臓脂肪)よりも炎症を引き起こしにくく、このことが病気の起こりやすさに関連すると考えられています。しかし、肥満してもなぜ皮下脂肪において炎症が少ないのか、その理由はよく分かっていませんでした。
研究グループは、脳の底部にある視床下部に着目。視床下部は、摂食行動や摂取した栄養素の代謝(利用と貯蔵など)を調節する重要な場所です。とりわけ、視床下部腹内側核に存在するSF1ニューロン(注3は、交感神経やホルモンを介してさまざまな臓器に作用を及ぼし、臓器における糖や脂肪の利用や産生、貯蔵を調節しています。
そこで本研究では、視床下部腹内側核のSF1ニューロンが、肥満によって引き起こされる脂肪組織の炎症にどのような調節作用を及ぼすかを調べました。まず、分子生物学的手法を用いてSF1ニューロンのみを除去したマウスを作成し、これらのマウスを脂肪食によって肥満させ、脂肪組織の炎症に影響が出るかどうかを調べました。その結果、SF1ニューロンを除去したマウスは、肥満させると皮下脂肪組織において炎症が高まりました(図1)。また、マクロファージが脂肪細胞を取り囲む「クラウン様構造」(注1も増加していました(図1)。しかし、内臓脂肪では炎症は対照群と同程度でした。
次に研究グループは、SF1ニューロンの神経活動を恒常的に高めた場合に、炎症に変化が出るかどうかを調べるため、SF1ニューロンを選択的に活性化したマウスを作成し、脂肪食によって肥満させた際の脂肪細胞の炎症を調べました。その結果、SF1ニューロンを除去したマウスとは逆に、SF1ニューロンを選択的に活性化したマウスでは、皮下脂肪の炎症は抑制されました。しかし、内臓脂肪の炎症は対照群と同程度に悪化しました(図2)。以上のことから、視床下部腹内側核SF1ニューロンは、肥満によって引き起こされる皮下脂肪組織の炎症を選択的に調節し、内臓脂肪の炎症には、ほとんど影響を与えないことがわかりました。
また研究グループは、SF1ニューロンがどのようにして皮下脂肪の炎症を調節しているのかを検証しました。脳は交感神経などを介して脂肪組織を調節しています。交感神経は有線による制御方式なので、皮下脂肪と内臓脂肪を別々に調節できます。そこで薬剤を用いて皮下脂肪の交感神経を除去すると、SF1ニューロンの活動を高めても皮下脂肪の炎症が抑制されなくなりました。また、SF1ニューロンを除去したマウスの皮下脂肪では、交感神経が減少していることも分かりました。このことから、SF1ニューロンによる皮下脂肪の炎症抑制効果に、交感神経が必須であることが明らかとなりました。
以上の実験結果から、視床下部腹内側核のSF1ニューロンは、交感神経系を介して肥満による皮下脂肪の炎症反応を抑制することがわかりました(図3)。SF1ニューロンによるこの抑制作用は、内臓脂肪では働きません。脳におけるこのような作用の違いが、ヒトの皮下脂肪型肥満と内臓脂肪型肥満において、糖尿病、高血圧、肝障害など生活習慣病の発症に違いを生じる原因となる可能性があります。
本研究は文部科学省科学研究費補助金(17H04203、18K08494、20H03736、 21H03387)、持田記念医学薬学振興財団の研究助成を受けて行われました。
今回の発見
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視床下部腹内側核SF1ニューロンが皮下脂肪において肥満による炎症を抑制することが分かりました。
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これに対して、視床下部腹内側核SF1ニューロンは内臓脂肪の炎症には効果を及ぼしませんでした。
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視床下部腹内側核SF1ニューロンによる皮下脂肪の炎症抑制は、交感神経系を介して行われることが分かりました。
この研究の社会的意義
皮下脂肪型肥満は内臓脂肪型肥満に比べて、糖尿病、高血圧、肝障害などの生活習慣病を引き起こしにくいことが報告されています。今回の発見は、これらの病気と関わりが強い、脂肪組織の炎症に対して、視床下部腹内側核SF1ニューロンが皮下脂肪組織において抑制作用を選択的に及ぼすことを明らかにしました。脳が皮下脂肪の炎症を抑える仕組みを詳しく解明することによって、肥満による生活習慣病の発症(肥満症)を抑える新たな治療法の開発につながると期待されます。
図1 視床下部SF1ニューロンを除去すると皮下脂肪組織の炎症が悪化
視床下部腹内側核SF1ニューロンを除去したマウス(左上)に、脂肪の多い食餌を与えて肥満させ、マクロファージマーカー(Adgre1, Itgax, Mrc1)の発現量を比較しました。その結果、コントロール群(脂肪食によって肥満したマウス。SF1ニューロンは正常)と比べて皮下脂肪のマクロファージ量が増加しました。また、「クラウン様構造」も増加しており、炎症が悪化することがわかりました(右上:矢印はクラウン様構造の例)。これに対して、内臓脂肪のマクロファージ量に変化はありませんでした(右下)。
図2 視床下部SF1ニューロンを活性化すると皮下脂肪組織の炎症が抑制される
視床下部腹内側核SF1ニューロンの活動を選択的に高めたマウス(左上)に脂肪食を与えて肥満させ、マクロファージマーカー(Adgre1, Itgax, Mrc1)の発現量を比較しました。その結果、マウスは肥満するにも関わらず、皮下脂肪のマクロファージ量は少ないままでした(右上:矢印はクラウン様構造の例)。これに対して、内臓脂肪のマクロファージ量に差はありませんでした(右下)。薬剤で皮下脂肪の交感神経を除去すると、SF1ニューロンの活動を高めても皮下脂肪の炎症が抑制されなくなりました。
図3 本研究のまとめ
視床下部腹内側核のSF1ニューロンは、交感神経系を介して肥満による皮下脂肪の炎症を抑制することがわかりました。この抑制作用は内臓脂肪では働かないことから、脳は異なる部位の脂肪組織に交感神経を介して別々に作用を及ぼし、炎症を抑制すると考えられます。この研究成果は、皮下脂肪型肥満と内臓脂肪型肥満において生活習慣病の発症が異なる原因を解明する糸口になると考えられます。
論文情報
Inhibition of high-fat diet-induced inflammatory responses in subcutaneous adipose tissue by SF1-expressing neurons of the ventromedial hypothalamus.
Misbah Rashid, Kunio Kondoh, Gergo Palfalvi, Ken-ichiro Nakajima, Yasuhiko Minokoshi
Cell Reports 日本時間2023年6月20日午前0時解禁
用語の説明
1)脂肪組織の炎症とクラウン様構造
脂肪組織には、脂肪細胞の他に、血管や神経、そしてマクロファージなどの免疫細胞が存在する。肥満によって脂肪細胞が過剰に肥大すると、脂肪細胞は死滅し、マクロファージが集積して貪食する。「クラウン様構造」は、マクロファージが脂肪細胞の周りを取り囲み、脂肪細胞を貪食している状態と考えられる。この時、炎症性サイトカインと呼ばれるタンパク質が分泌されて脂肪組織の炎症を引き起こす。このような炎症反応が全身に影響を与え、生活習慣病を引き起こす原因の一つと考えられている。
マクロファージやその他の免疫細胞には、交感神経から分泌される神経伝達物質ノルエピネフリンの受容体が発現しており、交感神経の調節を直接受ける。
2)皮下脂肪型肥満と内臓脂肪型肥満
皮下脂肪型肥満は主として皮下脂肪組織が肥大する肥満であり、内臓型肥満は腹腔内の脂肪組織が肥大する肥満である。疫学調査などにより、皮下脂肪型肥満は内臓脂肪型肥満に比べて、糖尿病、高血圧、肝障害などの生活習慣病を引き起こしにくいことが明らかにされている。しかし、その理由はまだよくわかっていない。これまでの研究では、皮下脂肪と内臓脂肪を体外に取りだして、ホルモン作用などの違いを調べた研究がほとんどある。本研究によって始めて、脳が交感神経を介して肥満によって引き起こされる皮下脂肪と内臓脂肪の炎症を別々に調節することが明らかとなった。脳―交感神経系がなぜ皮下脂肪においてのみ炎症を調節するかは現在も不明であるが、皮膚は生体防御のために免疫反応が活発な場所であり、交感神経はこれらの免疫反応を強く調節している可能性がある。
3)視床下部腹内側核SF1ニューロン
視床下部腹内側核SF1ニューロンは、SF1と呼ばれるタンパク質を選択的に発現する神経細胞であり、摂食量や末梢組織の栄養代謝を調節する。本研究は、これらの作用に加えて、皮下脂肪において炎症を調節することを始めて明らかにした。SF1は、遺伝子発現を調節する転写因子の一つであり、視床下部腹内側核の他、下垂体、性腺に発現する。
お問い合わせ先
<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 生殖・内分泌系発達機構研究部門
教授 箕越 靖彦(ミノコシ ヤスヒコ)、助教 近藤邦生(コンドウ クニオ)
<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室
リリース元
自然科学研究機構 生理学研究所
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