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皮膚の表皮細胞が温かいと感じる温度感覚を生み出していることを発見

プレスリリース 2023年7月20日

概要

 私たちは外界の温度を感覚神経で感知し、その信号が脳まで送られて、熱い、冷たい、温かい、という温度感覚が生じます。しかし、私たちの全身を覆う最大の臓器である皮膚も温度を感知しているかどうかは、意外にも意見が分かれていました。今回、自然科学研究機構 生理学研究所(生命創成探究センター)の富永真琴教授、LEI Jing NIPSリサーチフェロー、佐賀大学の城戸瑞穂教授、慶應義塾大学医学部皮膚科学教室の天谷雅行教授、東京工科大学の松井 毅教授らの研究グループは、皮膚の表皮細胞にあるTRPV3(トリップヴイスリー)が温かい温度を感知して温度依存性行動につなげていることを明らかにしました。本研究により、皮膚の表皮細胞が温度感知に関係していることが明らかになり、近年意見が分かれていた議論に終止符が打たれました。本研究結果はNature Communications誌(日本時間2023年7月20日18時解禁)に掲載されました。

 我々が「熱い」「冷たい」などの温度を感じる際に、非常に重要な役割を果たすのは感覚神経です。感覚神経には温度感受性TRPチャネルと呼ばれる一群のイオンチャネルが存在し、なかでも2021年ノーベル医学生理学賞の研究対象であるTRPV1(43度以上で活性化)やTRPM8(29度以下で活性化)などの活動が脳に伝えられると、「熱い」「冷たい」といった温度感覚が生まれます。
 しかし、32-39度ほどの温かい温度で活性化するTRPV3は、感覚神経には、ほとんど存在しておらず、多くは皮膚の表皮組織に存在しています。感覚神経だけでなく、皮膚の表皮細胞も温度を感知している、という概念は以前から提唱されていましたが、いろいろな意見があり、表皮組織のTRPV3の反応が、脳まで伝わり、温度感覚を生むのかについては、結論が出ていませんでした。

 そこで、本研究において研究グループは、TRPV3の働きを詳細に調べるため、TRPV3と同じく表皮細胞に存在し、機能がよく分かっていない蛋白質TMEM79に着目しました。
まず、TRPV3とTMEM79を培養細胞に共発現させ、TRPV3を活性化させた際の電流を調べました。その結果、TRPV3のみが存在している場合に比べて、TMEM79とTRPV3が共に存在するとTRPV3の電流が小さくなることが分かりました(図1)。この結果から、TMEM79がTRPV3による電流に影響を与えていることが明らかになりました。

 そこで、TMEM79欠損マウスを作製し、TMEM79欠損マウスの温度嗜好性行動を観察しました。ドーナツ型のThermal Gradient Ring装置を使い、室温25度の状態で、床温度を10度から45度の間でなだらかに変化させたところ、野生型マウスは約30.4度を好んだ一方、TMEM79欠損マウスは、より温かい温度(34.4度)にすばやく移動しました(図2)。TMEM79欠損により、表皮細胞のTRPV3電流の大きさが変わった結果、マウスの温度感覚に影響が出ていることが分かります。
 実際に、TMEM79を欠損したマウス尾の表皮細胞におけるTRPV3電流の大きさを調べたところ、通常のマウスに比べて、TRPV3の電流が大きくなっていました(図3)。通常の状態ではTMEM79によってTRPV3電流の大きさが抑えられていますが、TMEM79を欠損させることで、 TRPV3電流が大きくなったと考えられます。

 最後に、研究グループは、なぜTRPV3とTMEM79が共に表皮細胞に存在すると、TRPV3の電流が小さくなるのかを検証しました。通常TRPV3は細胞膜に発現しますが、TMEM79と共発現させるとTRPV3は細胞膜から細胞内に移動しました(図4)。細胞膜上のTRPV3量が減少したので、TRPV3の電流が小さくなったと考えられます。また、細胞全体のTRPV3量も減少していることや、多くのTRPV3は蛋白質分解に関わるリソゾームに存在することから、TRPV3が分解されていることが示唆されました。さらに、細胞膜上にTRPV3とTMEM79が結合して存在することも分かりました。

 以上のことから、研究グループは皮膚の表皮細胞でTRPV3がTMEM79と結合して、表皮のTRPV3量を制御することで、皮膚の温度感受性をコントロールしていると結論しました(図5)。これまで、皮膚の表皮細胞の情報が脳まで伝わり温度感覚を生むのかどうかについては議論の的となっていましたが、明確に「表皮細胞が温度感覚に影響を与えている」ことが示され、これまでの論争に終止符が打たれました。TRPV3, TMEM79の機能を制御して私たちの温度感覚をコントロールする方法が可能となるものと期待されます。

本研究はJSPS 科研費 JP21H02667、JP20H05768の助成を受けたものです。

今回の発見

1. 表皮細胞に存在するTRPV3チャネルが温度感覚に影響を与えることが分かりました。
2. 表皮細胞のTRPV3チャネルは、蛋白質TMEM79に影響を受けて電流が変化することが分かりました。
3. TMEM79欠損マウスは野生型マウスと比べて高い床温度を好むことが分かりました。
4. TMEM79はTRPV3の細胞膜量をコントロールして、皮膚での温かい温度を感知する能力を制御していると考えられます。

図1 TMEM79を共発現させるとTRPV3の電流が小さくなる

TRPV3を発現した培養細胞とTRPV3, TMEM79の両方を発現した培養細胞でTRPV3による電流を比較したところ、TMEM79を共発現させるとTRPV3電流が小さくなることが分かりました。2-APBはTRPV3の活性化剤です。
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図2 TMEM79欠損による温度嗜好性の変化

温度嗜好性行動解析装置(Thermal Gradient Ring、左)での解析で、野生型マウスに比較してTMEM79欠損マウスは、より高い温度を好みました(右)。なお、TRPV3欠損マウスは先行研究で知られている通り、温度嗜好性が乏しくなっていることがわかります。
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図3 TMEM79欠損表皮細胞でのTRPV3電流の増大

TMEM79欠損マウスの表皮細胞では、同じく表皮細胞にあって温かい温度を感知するTRPV4電流(GSK101に対する電流)に変化ないものの、TRPV3電流(2-APBに対する電流)が大きいことが分かりました。
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図4 TMEM79の共発現によるTRPV3タンパク質の細胞膜から細胞内への移動

TMEM79を共発現させるとTRPV3が細胞膜から細胞内へ移動することがわかりました。青色は細胞の核を示しています。
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図5 まとめ

マウスの表皮細胞で温度感受性TRPV3チャネルとTMEM79が結合して細胞膜上のTRPV3を細胞内に取り込むように働き、さらにリソゾームでの分解をもたらしていることがわかりました。
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この研究の社会的意義

 今回の研究から、表皮細胞にあるTMEM79というタンパク質が温度感受性TRPチャネルの1つであるTRPV3と結合し、細胞膜上のTRPV3量を調節して温かい温度を感知する能力をコントロールしていることが分かりました。これは、皮膚の表皮細胞が受け取った温度に関する情報が脳まで伝わり、温度感覚を生み出していることの証拠です。TRPV3やTMEM79の量や機能を制御することで温かいと感じる温度感覚をコントロールできる可能性が期待されます。

論文情報

Involvement of skin TRPV3 in temperature detection regulated by TMEM79 in mice.
Jing Lei, Reiko U. Yoshimoto, Takeshi Matsui, Masayuki Amagai, Mizuho A. Kido, Makoto Tominaga.
Nature Communications(日本時間2023年7月20日18時解禁)
https://doi.org/10.1038/s41467-023-39712-x
 

お問い合わせ先

<研究について>
教授 富永真琴 (とみなが まこと)

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室
自然科学研究機構 生命創成探究センター 研究戦略室
佐賀大学広報室 
慶應義塾大学信濃町キャンパス総務課
東京工科大学 コミュニケーション企画部 

リリース元

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