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ChatGPT等で有効な深層学習は脳波の解析でも有用である
―Transformerモデルは脳波パターンを高精度に推定する―

プレスリリース 2024年10月29日

発表のポイント

  • 最近のChatGPTなどの生成AI技術では、自然言語処理に特化したTransformerモデルが活躍しています。Transformerモデルが脳波の解析でも高い推定精度を発揮することを示しました。
  • 内臓痛を引き起こしたマウスにおいて、8つの脳領域から記録した脳波データを用いました。
  • 脳波パターンから様々な心身状態を解読するための新たな可能性を開き、将来の脳-機械インターフェースの開発に貢献することが期待されます。

概要

 脳波は、脳の様々な活動の結果として発生する電気信号の集合であり、絶え間なく連続して発生する時系列信号です。脳波における特定の周波数の信号(アルファ波やガンマ波)が、覚醒状態や注意を反映していることが知られています。今よりもさらに高度な情報を脳波から読み取るためには、近年発展が著しいAI技術の活用に期待がもてます。特に、最近のChatGPTなどの生成AI技術で活躍している、時系列情報である自然言語処理に有用なVision Transformer(注1)をベースにした深層学習モデルが有望かもしれません。
 東北大学大学院薬学研究科の佐々木拓哉教授・田村篤史特任助教・鹿山将研究員、生命科学研究科の筒井健一郎教授、生理学研究所の北城圭一教授らの研究グループは、マウスに嫌悪的な内臓痛を引き起こし、8つの脳領域から記録した脳波(局所場電位)パターンをVision Transformerにより解析しました。その結果、従来の画像解析で用いられるような深層学習と比較して、より高精度に内臓痛の状態を検出できることを示しました。
 本研究成果は、複雑な脳活動パターンの解読に新たな可能性を開くものであり、情動の客観的評価をはじめとして、高度な脳-機械インターフェースの開発につながることが期待されます。
この研究成果は、2024年10月17日(木曜日)に科学誌Scientific Reports誌に掲載されました。

詳細な説明

研究の背景
 脳は、様々な情動を処理する複雑なシステムです。この処理には多くの脳領域が関与し、各領域は神経細胞の集団から構成されています。これらの細胞が電気的活動を発することで、その集合的な電気信号が脳波として計測されます。脳波は信号解析により様々な周波数成分に分解され、例えば8-13 Hzの信号はα波と呼ばれます。これまでの研究では、例えば痛みなど嫌悪的な情動に関する脳波の変動については、特定の脳領域でα波などの特定周波数の信号強度が変化することが知られていました。しかし、脳全体から発生する多数の脳波信号から、このような情動をどの程度読み取れるか、またそのためにどのような解析が最適であるかという点は、多くの議論が残されています。
 我々は、より高度な情報を脳波から読み取るためにAI技術が有用ではないかと考えました。特に注目したのは、最近のChatGPTなどのAIサービスで活躍している、自然言語処理に有用なTransformerモデルです。Transformerの特徴である自己注意機構は、時系列情報内の任意の位置同士を直接関連付けることができます。例えば、文章中の離れた位置にある単語間の関係性を効果的に学習できます。脳波も連続して発生する時系列信号であることから、Transformerの学習アルゴリズムが脳波解析にも適している可能性があります。そこで本研究では、通常の状態と嫌悪状態の脳波信号を比較し、これら2つの状態をTransformerモデルによってどの程度正確に判別できるか検証しました。

今回の取り組み
 本研究では、実験動物モデルとしてマウスを用いました。マウスの脳内でも様々な脳波が発生しており、また実験動物では、ヒトでは検証しにくい嫌悪的な状態を作り出すことができます。本研究では、マウスに嫌悪的な内臓痛を引き起こすために、腹腔内に酢酸を注射し、痛みに関連する8つの脳領域から脳波(脳内部から計測する場合、より正確には「局所場電位」と呼ぶ)を記録しました(図1)。対象となった脳領域は、一次体性感覚野(S1)、前帯状皮質(ACC)、前辺縁皮質(PL)、中脳水道周囲灰白質(PAG)、下辺縁皮質(IL)、視床(THL)、側坐核(NAc)、扁桃体(AMY)です。これらの領域は、痛みの感覚的側面や情動的側面の処理に重要な役割を果たすことが知られています。
 次に、脳波データの解析を行いました。まず、従来の手法に基づいて40分間の記録全体を分析しました。その結果、酢酸注射後の嫌悪状態では、注射前の正常な状態と比較して、ほとんどの脳領域で各周波数帯(2 Hzから100 Hz。デルタ、シータ、アルファ、ベータ、ガンマ帯)の脳波の振幅(パワー)が全体的に減少することが観察されました。しかし、このような従来の解析手法には限界があります。長時間の記録全体の脳波パワーの増減を考察するだけでは、より短期間で刻々と変化する脳波パターンが嫌悪的な状態をどれほど正確に反映しているかを把握することは困難です。特に、様々な心身状態の変化をリアルタイムで推定するためには、秒単位など、より短い時間間隔で変化する脳波から、判別精度を検証する必要があります。そこで我々は、脳波信号をより短い時間(5秒間)に区切って詳細な解析を行いました(図2)。その結果、従来のような単純な脳波パワーの分析だけでは、正常な状態と比較して、内臓痛による嫌悪状態を正確に推定することが困難であることがわかりました(図3にて、d-prime値により定義される判別精度がほとんど0に近い)。この結果は、より高度な解析手法の必要性を示唆しています。
 従来の解析手法の限界を踏まえ、次に我々は機械学習を用いて脳波データを解析し、嫌悪状態の検出精度を比較しました。まず、脳波解析で広く使用されている深層学習の一種、畳み込みニューラルネットワーク(CNN)を採用しました。具体的には、画像認識タスクで高い性能を示したAlexNetアーキテクチャ(注2)をベースにしたモデルをテストしました。CNNの特徴は、データの多様な構造を効果的に学習できる点です。この利点を活かし、我々は複数の脳領域から得られた多次元の脳波データを統合して解析しました。脳波信号は、短い時間(5秒間)に区切ったパターンを扱いました。その結果、このCNNを用いた手法は、前述の従来型の周波数に基づいた脳波パワー解析よりも高い推定精度を示しました(図3)。この結果は、機械学習、特に深層学習技術が脳波解析において大きな可能性を持つことを示唆しています。
 次に、同様のデータセットを用いて、我々は自然言語処理で注目されている生成AIモデルであるTransformerを用いて解析を行いました。解析の結果、TransformerモデルはAlexNetベースのCNNモデルよりも有意に高い推定精度を示し(図3)、本研究で比較した手法の中で最も優れた性能を発揮することが明らかになりました。Transformerモデルの主な利点は、脳波信号データにフィルター前処理などを行わずに直接適用できる点にあります。これにより、解析者の主観に依存せず、データ前処理をほとんど行うことなく、信号内の重要な特徴を自動的に抽出できます。さらに、このモデルは時系列データ内の離れた要素間の関係性を効果的に学習できるため、脳波のような複雑な時系列データの解析に特に有効と考えられます。これらの特徴により、Transformerモデルは脳波解析において高い性能を発揮し、より正確な嫌悪状態の検出を可能にしたと考えられます。

今後の展望
 本結果から、Transformerモデルが脳波解析に有効であることがわかりました。本研究は、マウスを対象としましたが、今後はヒトの脳波にも同様の解析を適用して、より複雑な心身状態(感情、認知機能など)の解読にも応用していく予定です。このような検討を繰り返すことで、高度な脳-機械インターフェースの開発にも貢献し、医療や福祉など様々な分野での応用が期待されます。
 本研究グループのメンバーは、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が推進する「ムーンショット型研究開発事業 目標9「2050年までに、こころの安らぎや活力を増大することで、精神的に豊かで躍動的な社会を実現」」に参画しており、本事業の更なる推進が期待されます。

用語解説

注1. Transformer:自然言語処理タスクで高い性能を示す人工知能モデルの一種。
注2. AlexNet:画像認識タスクで使用される畳み込みニューラルネットワークの一種。

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図1. マウスに内臓痛を誘発し、8つの脳領域の脳波(局所場電位)を計測した。
図2. 脳波信号を5秒おきに区切って、内臓痛に由来する嫌悪状態を生じる前後の脳波が、正常と嫌悪状態のどちらに判別されるか検討した。
図3. 脳波を推定するための解析法として、従来の周波数パワーに基づいた解析、AlexNet、Transformerの3つを比較した。周波数パワー解析よりもAlexNet、さらにAlexNet よりもTransformerは有意に高い判別精度を示した。*P < 0.05。 

謝辞

本研究は、以下の研究費支援により実施しました。
JST ムーンショット型研究開発事業JPMJMS2292
多様なこころを脳と身体性機能に基づいてつなぐ「自在ホンヤク機」の開発
研究代表PM:筒井健一郎
課題推進者PI:佐々木拓哉、北城圭一

科学研究費補助金    学術変革領域研究(A)『適応回路センサス』 計画研究 JP21H05243
記憶状態の遷移を担う神経回路ダイナミクス
研究代表:佐々木拓哉(東北大学大学院薬学研究科)

JST CRESTマルチセンシングJPMJCR21P1
多様な迷走神経情報から創発する内受容感覚の脳統合
研究代表:佐々木拓哉(東北大学大学院薬学研究科)

論文題目

Title: Transformer-based classification of visceral pain-related local field potential patterns in the brain
Authors: Tasuku Kayama*, Atsushi Tamura, Tuo Xiaoying, Ken-Ichiro Tsutsui, Keiichi Kitajo, Takuya Sasaki**.
*筆頭著者  
**責任著者:東北大学大学院薬学研究科 教授 佐々木拓哉
Journal: Scientific Reports
DOI: 10.1038/s41598-024-75616-6

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学大学院薬学研究科 
教授 佐々木拓哉

東北大学大学院生命科学研究科 
教授 筒井健一郎

自然科学研究機構生理学研究所
教授 北城圭一

(報道に関すること)
東北大学大学院薬学研究科 
総務係

リリース元

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国立大学法人東北大学
自然科学研究機構生理学研究所

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