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会話中の脳は「伝える」と「思い浮かべる」を切り替えていた
~脳ネットワークの連携は役割に応じて変化する~

プレスリリース 2026年5月28日

本研究のポイント

  • 2台のMRI装置を用いて対話中の2者の脳活動を同時に計測する「ハイパースキャニングfMRI注1)」を用い、「話し手」と「聞き手」という二つの役割における脳内メカニズムを調べた。
  • 脳活動の解析により、話し手と聞き手に共通して活動するコアネットワークを同定するとともに、話し手・聞き手の役割ごとに特徴的に活動する領域を明らかにした。
  • さらに、コア領域間の影響関係を解析した結果、脳領域間の連携の仕方が話し手と聞き手で動的に切り替わっていることが示された。また、こうした領域間の連携は、伝達する情報量によっても変化した。
  • 本研究は、「見たものを言葉にする過程」と「言葉からイメージを構築する過程」が、共通する神経基盤の上で相補的に機能していることを示すものであり、視覚・言語・認知制御の各システムが協調して働く、人間の柔軟なコミュニケーションの神経基盤を理解するための新たな枠組みを提供するものである。

研究概要

 名古屋大学大学院情報学研究科の沈 鈺蕾(シェン ユーレイ)博士後期課程学生(研究当時)と田邊 宏樹 教授の研究グループは、理化学研究所 脳神経科学研究センターの小池 耕彦 ユニットリーダー、生理学研究所および立命館大学総合科学技術研究機構の定藤 規弘 教授らとの共同研究により、対話している二人の脳活動を同時に計測することで、自分が見たものを言葉で相手に伝える時と、その言葉からイメージを思い浮かべる時の脳の働きの一端を明らかにしました。
これまで、「話す」と「イメージする」という過程に関わる脳領域はそれぞれ個別に研究されてきており、実際の対話の中で、それらの脳領域がどのように連携して働くのかについては十分に分かっていませんでした。
 そこで本研究では、2台のMRIを接続し、リアルタイムの会話中における「話し手」と「聞き手」の脳活動を同時に計測しました。対話課題を遂行中の両者の脳活動を比較した結果、役割ごとに特徴的に活動する脳領域に加えて、両方の役割で共通して活動するコア領域(下前頭回、頭頂間溝、紡錘状回顔領域)の存在が明らかとなりました。さらに、これらのコア領域同士の影響関係を解析したところ、脳領域間の連携の仕方が話し手と聞き手で動的に切り替わっていることが示されました。これは、視覚・言語・認知制御に関わる脳システムが、コミュニケーションの役割に応じて柔軟に再構成されることを示唆しています。
 本研究は、人と人との自然なコミュニケーションを支える脳の仕組みの理解を深めるものであり、視覚と言語の橋渡しに困難を伴うさまざまな疾患の理解や、ヒトのコミュニケーションを支援するブレイン・コンピュータ・インタフェースの開発への応用が期待されます。本研究成果は、2026年5月12日(日本時間)付で、国際学術雑誌『Human Brain Mapping』に掲載されました。

研究背景と内容

 見たものを言葉で説明したり、相手の言葉から情景を思い浮かべたりする能力は、私たちが他者と意思を通わせる上で欠かせない、コミュニケーションの基本的な働きです。話し手は視覚的な経験を言葉へと変換し、聞き手はその言葉をもとに頭の中でイメージを構築しています。このような「視覚と言語の橋渡し」がうまく機能することで、私たちは経験や考えを共有することができます。
 これまでの脳機能イメージング研究では、「見たものを言葉に変換する過程」と「言葉から心的イメージを生成する過程」は、それぞれ別々の課題として研究されてきました。一方、実際のコミュニケーションでは、人は会話の中で「話す」「聞く」という役割を素早く切り替えながら相互作用しています。こうした自然な対話の中で、脳がこれら二つの過程をどのように使い分けているのかは、これまで十分に分かっていませんでした。
そこで本研究では、2台のMRI装置を接続した「ハイパースキャニングfMRI」を用い、リアルタイムで会話している二人の脳活動を同時に計測しました(図1)。参加者は、顔写真の特徴を相手に説明する「話し手」と、相手の説明だけを頼りに顔を頭の中に思い描く「聞き手」を交互に担当しました。また、伝える情報量についても「少ない条件」と「多い条件」の2段階を設定しました。


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図1 ハイパースキャニングfMRI実験のイメージ図


 脳活動解析の結果、下前頭回(IFG)、頭頂間溝(IPS)、紡錘状回顔領域(FFA)を含む前頭・頭頂・腹側視覚系ネットワークが、話し手と聞き手の両方で共通して活動することが明らかになりました。一方で、話し手では視覚領域や前補足運動野など、聞き手では下頭頂小葉や楔前部などが、それぞれ役割に応じて強く活動していました。
 さらに、共通して活動していたIFG・IPS・FFAの3領域について、それぞれの領域が互いにどのように影響し合っているかを、動的因果モデリング(DCM)注2)を用いて解析しました。その結果、話し手では、視覚に関わるFFAと言語や注意、空間表象に関わるIFGやIPSとの間で、それぞれ双方向的に連携するパターンがみられました。一方、聞き手では、話し手でみられた領域間の影響関係のパターンが変化するとともに、IFGとIPSの間にも相互作用がみられました(図2)。また、こうした領域間の連携は、伝達する情報量によっても変化していました。
 これらの結果から、コミュニケーションを支える共有ネットワークは固定的なものではなく、話し手と聞き手という役割や状況に応じて柔軟に再構成されることが示されました。


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図2 動的因果モデリングによる脳領域間連携

成果の意義

 私たちは日常会話の中で、「話し手」として見たものを言葉にし、「聞き手」として相手の言葉からイメージを構築するという二つの認知過程を絶えず行き来しています。本研究は、これら二つの過程を同じ参加者が同じ対話文脈の中で行う状況において直接比較した、先駆的研究の一つです。
 本研究により、「見たものを言葉にする過程」と「言葉からイメージを構築する過程」は、完全に独立した別々のシステムではなく、共通する神経基盤の上で相補的に機能していることが示されました。さらに、その脳領域間の連携の仕方は、話し手と聞き手という役割に応じて動的に切り替わっていることも判明しました。
 これらの知見は、視覚・言語・認知制御の各システムが協調して働くことで成り立つ、人間の柔軟なコミュニケーションの神経基盤を理解するための新たな枠組みを提供するものです。また本研究は、自然なコミュニケーションを支える脳の仕組みの理解を深めるだけでなく、失語症、自閉スペクトラム症、心的イメージを生成しにくい特性を持つアファンタジアなど、視覚と言語の橋渡しに困難を伴うさまざまな特性や状態の研究にも新たな視点を提供します。さらに、より生態学的妥当性の高い脳機能研究の方法論や、言語・イメージ機能のリハビリテーション評価、ヒトのコミュニケーションを支援するブレイン・コンピュータ・インタフェース(BCI)の設計などへの応用も期待されます。

用語説明

注1)ハイパースキャニングfMRI:
2台(またはそれ以上)のMRI装置を用いて、相互作用している複数の参加者の脳活動を同時に計測する手法。リアルタイムの社会的相互作用を行っている最中の脳活動を研究することができる。本研究では、2者間の脳活動同期そのものではなく、コミュニケーション中に各個人の脳内で生じる処理過程に焦点を当てて解析を行った。
注2)動的因果モデリング(Dynamic Causal Modeling: DCM):
脳領域間の因果的結合注3)を推定する代表的な解析手法。神経活動と、それに伴う脳血流変化のモデルを用いて、課題遂行中に脳領域同士がどのように影響し合っているかを統計的に推定する。
注3)因果的結合(effective connectivity):
ある脳領域の活動が、別の脳領域の活動にどの程度影響を与えるかを表す概念。単に「同時に活動する」ことではなく、脳領域間の影響の方向性や強さを評価する。

論文情報

雑誌名: Human Brain Mapping
論文タイトル: Neural mechanisms of bidirectional visuo-linguistic transformation in interactive communication
著者: Yulei Shen, Takahiko Koike, Shohei Tsuchimoto, Ayumi Yoshioka, Kanae Ogasawara, Norihiro Sadato, Hiroki C. Tanabe(名古屋大学)
DOI: 10.1002/hbm.70540
URL: https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/hbm.70540

お問い合わせ先

【研究者連絡先】
名古屋大学大学院情報学研究科
教授 田邊 宏樹(たなべ ひろき)
E-mail: htanabe@i.nagoya-u.ac.jp

生理学研究所研究連携センター 特任教授/
立命館大学総合科学技術研究機構 教授
定藤 規弘(さだとう のりひろ) 
(生理学研究所)E-mail: sadato@nips.ac.jp
(立命館大学)E-mail: sadato@fc.ritsumei.ac.jp

【報道連絡先】
名古屋大学総務部広報課
E-mail:nu_research@t.mail.nagoya-u.ac.jp
生理学研究所研究力強化戦略室
E-mail:pub-adm@nips.ac.jp
立命館大学広報課
E-mail: r-koho@st.ritsumei.ac.jp

リリース元

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