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ヒトノロウイルスも「姿」を切り替えていた?
― クライオ電子顕微鏡が捉えた感染を左右する構造変化 ―

プレスリリース 2026年8月 4日

概要

 大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 生命創成探究センター/生理学研究所の村田 和義特任教授の研究グループは、北里大学、韓国・釜山大学などとの共同研究により、ヒトノロウイルスGII.3型のウイルス様粒子(VLP)※1が、固定的な構造ではなく、先にマウスノロウイルスで報告されているような2種類の異なる立体構造を取り得ることを明らかにしました。研究チームは、このVLPを作製しクライオ電子顕微鏡法※2によって原子レベルで観察した結果、ウイルス表面に突き出た領域「Pドメイン」にはウイルスの殻「Sドメイン」の表面に密着した状態(resting状態)と、持ち上がった状態(rising状態)の2種類が存在することを発見しました。さらに、この構造変化に伴って、隣接するタンパク質同士の結合ネットワークが大きく組み替わることも明らかになりました。 
 この成果は、ノロウイルスの感染成立や免疫回避の仕組みを理解する新たな基盤となり、将来的なワクチンや抗ウイルス薬の開発に重要な知見を提供します。 

 本研究成果は、日本時間 2026年7月24日に、国際科学雑誌「International Journal of Molecular Sciences」にオンライン公開されました。

発表のポイント
  1.  世界中で急性胃腸炎を引き起こすヒトノロウイルスカプシド※3の立体構造をクライオ電子顕微鏡で解析しました。
  2.  同じウイルスカプシドが2種類の異なる構造状態(resting状態とrising状態)をとることを世界で初めて明らかにしました。
  3. 本成果は、ヒトノロウイルスが宿主細胞への感染や免疫回避をどのように制御しているかを理解する重要な手掛かりとなり、新しいワクチンや抗ウイルス薬の開発につながることが期待されます

研究の背景

 ヒトノロウイルスは世界で年間約6~7億人が感染すると推定される急性胃腸炎の主要な原因ウイルスですが、現在でも有効な抗ウイルス薬は存在していません。感染の仕組みを理解するためには、ウイルス粒子の立体構造を詳細に知ることが不可欠です。しかし、ヒトノロウイルスは実験容器の中で培養細胞に感染させて大量に収集することができないため、研究が進んでいませんでした。
 一方、実験容器の中で大量に収集できるマウスノロウイルスでは、環境条件によってカプシド構造が変化することが報告されていましたが、ヒトノロウイルスでも同様の現象が起こるかどうかは分かっていませんでした。

研究の成果

 研究グループは、これまでに地域内で深刻な大流行を度々引き起こしているヒトノロウイルスGII.3株のウイルス様粒子(VLP)の作製に成功し、最新のクライオ電子顕微鏡を用いてその構造解析を実施しました。すると、一つの試料中に、Pドメインの位置が異なる2種類のVLP(resting状態とrising状態)が共存していることを発見しました(図1)。
 解析の結果、(1)resting状態では、PドメインはSドメインの近くに位置し、さらに先端のP2領域を介した広範な結合ネットワークを形成していました。一方、(2)rising状態では、Pドメインが約1 nm※4持ち上がり約55度回転するとともに、結合ネットワークがP1領域へと切り替わっていました(図2)。さらに、rising状態ではPドメインがより柔軟な構造をとることも明らかになりました。


20260804murata-1.jpg図1. ヒトノロウイルスVLPの2種類の構造 
ヒトノロウイルスは直径約40 nmの正二十面体ウイルスで、VLPは殻のSドメインとそこから伸びる突起のPドメインからなる。resting状態ではPドメインが約1 nm持ち上がる(赤の矢印)。色スケールは粒子の半径(Å※4)を示す。


20260804murata-2.jpg図2. ヒトノロウイルスVLPの2種類の構造変化 
resting状態のPドメインは、P2と呼ばれる先端領域どうしの分子間相互作用(*)によって固定されている。rising状態のPドメインでは、これが回転して持ち上がり、あらたにP1と呼ばれる根元の領域どうしの分子間相互作用(*)で固定化されることがわかった。

成果の意義と今後の展開

 本研究は、「ヒトノロウイルスのカプシドもマウスノロウイルスと同様に、固定された殻ではなく、状況に応じて構造を変化させる動的な分子機械である」ことが初めて示唆されました。Pドメインには宿主細胞への結合部位や抗体が認識する領域が集中しています。そのため、この構造変化は、細胞への感染効率、宿主受容体との結合、抗体から逃れる免疫回避、などに深く関与している可能性があります。
 今後は、どのような環境変化(pH、金属イオン、体内の酸など)がこの構造変化を引き起こすのか、感染性ウイルスでも同じ現象が起こるのか、この構造変化を阻害する抗体や低分子化合物を開発できるか、を明らかにすることで、新しい抗ノロウイルス治療法や次世代ワクチンの開発につながることが期待されます。

用語解説

※1:ウイルス様粒子(VLP)
ウイルスの外殻タンパク質の自己集合能を利用して形成されるウイルスに似た粒子。遺伝子を含まないため感染性はなく、ワクチンや薬剤送達、構造解析などに広く利用される。
※2:クライオ電子顕微鏡法
生物試料を低温(約-170℃)で観察することができる電子顕微鏡。生物試料を水溶液環境中で凍結させて、そのまま観察することができる。
※3:ウイルスカプシド
ウイルスの遺伝子(DNAまたはRNA)を包み保護するタンパク質の殻。宿主細胞への感染や粒子の安定性を担い、ウイルスの基本構造を形成する。
※4:Å(オングストローム)、nm(ナノメートル)
 長さの単位。1 Åは0.1 nmで水素原子1個の大きさに相当。1 nmは0.000001 mm。
 

論文情報

1.    論文タイトル:Conformational Plasticity of the Human Norovirus GII.3 Capsid Reveals Alternative P Domain Interaction Networks
2.    著者:Chihong Song, Motohiro Miki, Reiko Takai-Todaka, Kosuke Murakami, Kazuhiko Katayama*, Kazuyoshi Murata*(*責任著者)
3.    掲載誌:International Journal of Molecular Sciences
4.    DOI: 10.3390/ijms27156586
5.    掲載URL:https://www.mdpi.com/1422-0067/27/15/6586
6.    論文公開日:2026年7月24日

責任著者情報

村田 和義(生命創成探究センター/生理学研究所)、片山 和彦(北里大学)

研究サポート

本研究は、AMED研究費(JP24fk0108667, JP25fk0108667, JP24fk0108669, JP25fk0108669, JP24ama121005, JP25ama121005)、韓国研究財団(RS-2024-00440289, RS-2026-25476185)、釜山大学校、生理学研究所共同研究(25NIPS135, 24NIPS118)等の支援を受けて行われました。

お問い合わせ

<研究に関するお問い合わせ>
自然科学研究機構 生命創成探究センター/生理学研究所
特任教授 村田 和義
E-mail:kazum_at_nips.ac.jp

<広報に関するお問い合わせ>
自然科学研究機構 生命創成探究センター(ExCELLS)研究力強化戦略室
E-mail:press_at_excells.orion.ac.jp

自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室
E-mail:pub-adm_at_nips.ac.jp

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