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今回、私たちの研究グループは、7テスラ超高磁場プロトン磁気共鳴分光法(¹H-MRS)を用いて、ヒト骨格筋細胞内に存在する多価不飽和脂肪酸(PUFA、ω3・ω6系脂肪酸)由来のシグナルを、他の代謝物質から独立したスペクトルピークとして生体内(in vivo)で、検出することに成功しました。なお、本研究は、国際科学雑誌『NMR in Biomedicine』(8月23日付)に掲載されました。 |
1. 研究の意義
骨格筋は体重の約40%を占める最大の臓器であり、私たちの身体のエネルギー代謝において中心的な役割を担っています。骨格筋細胞には、ATPを産生するためのエネルギー基質として、クレアチンリン酸(PCr)、グリコーゲン、脂質が存在します。特に脂質は、エネルギー産生量(9 kcal/g)が最も高く、持続的な身体活動や運動に重要な基質として知られています。実際、筋肉が収縮する際には、筋細胞内脂質(IMCL)(*1)が分解して脂肪酸となり、それらがミトコンドリア内でATPを産生します。したがって、脂肪代謝を理解するうえでは、IMCLの脂肪酸プロファイリングを調べることが重要です。骨格筋には様々な脂肪酸が存在しますが、なかでも多価不飽和脂肪酸(PUFA)は私たちの体を動かすためのエネルギー源となるだけでなく、体の生理的な機能を維持する上でも重要であり、健康との関わりが知られています。しかし、生体内で筋細胞内のPUFAがどのように蓄積・代謝されるかを定量的に追跡する技術はこれまで確立されておらず、その代謝メカニズムの多くは未解明のままでした。
骨格筋には、筋細胞内脂質(IMCL)と筋細胞外脂質(EMCL)(*1)が存在します。従来、骨格筋の脂質組成は筋生検とガスクロマトグラフィー質量分析(GC-MS)(*2)を組み合わせて評価されてきました。しかし、この手法では筋組織全体をホモジナイズ(均一化)して解析するため、筋細胞内と筋細胞外の脂肪酸が混在した値であり、IMCLに限定した脂肪酸プロファイルを得ることはできませんでした。
2. なぜ?これまでMRSでも計測できなかったのか。
磁気共鳴分光法(MRS)(*3)は、生体内の代謝物質を、周波数(化学シフト、ppm)ごとの信号の強さとして示した「スペクトル」として計測する手法です。スペクトル上に現れる信号の山を「ピーク」とよびます。PUFAを特徴づけるピークのひとつに、二重結合に挟まれたメチレン基のプロトン(bis-allylic proton、約2.8 ppm)(*4)があります。骨格筋内には、このピークのごく近傍に、クレアチンリン酸(PCr)由来のシグナルが存在します。PCrのシグナルは分裂(split)した形で観測され、その高磁場側の成分は3テスラでは約2.9 ppmに位置し、bis-allylicピーク(2.8 ppm)と部分的に重なってしまいます。さらに、残留双極子結合(residual dipolar coupling, RDC)に由来するPCrシグナルの非対称な線形が、この重なりを一層複雑にし、両者を正確に分離することを困難にしていました。このような背景から、生体骨格筋内のPUFAは、これまで直接観察することが困難な「測定できない代謝物質」とされてきました。
3. どんな?アイデアで難しい計測を克服したか。
私たちの研究グループでは、7テスラという超高磁場のMRS(*5)を用いることで、この課題を克服しました。まず、筋線維の走行方向が静磁場(B₀)に対してほぼ平行となる前脛骨筋に着目し、計測部位として選択しました。また、観測領域周囲の磁場均一度(shimming)を可能な限り高めることで、スペクトルの線幅を狭小化しました。磁場強度を高めることで、PCrシグナルの高磁場側成分の位置が3テスラでの約2.9ppmから7テスラでは約3.0ppmへとシフトし、bis-allylicピーク(2.8ppm)から十分に分離されるようになります。これにより、7テスラではPUFA由来のbis-allylicピークが、PCrとの重なりのない独立したピークとして検出できました。さらに、筋細胞外脂質(EMCL)由来のピークとIMCL由来のピークを分離することで、IMCLに限定した脂肪酸プロファイル、特にPUFA組成を同定・定量することに成功しました。
4. 参考資料
<用語説明>
*1 筋細胞内脂質(IMCL)/筋細胞外脂質(EMCL)
骨格筋の細胞の中に蓄えられている脂質を筋細胞内脂質(IMCL)、細胞と細胞の間(筋線維の周囲)に存在する脂質を筋細胞外脂質(EMCL)とよぶ。IMCLは運動時のエネルギー源として利用される一方、EMCLは脂肪組織に近い性質を持つとされ、両者は代謝的な役割が異なる。
*2 筋生検とガスクロマトグラフィー質量分析(GC-MS)
筋生検は、局所麻酔下で筋組織の一部を採取する検査手法。採取した組織をガスクロマトグラフィー質量分析(GC-MS)で分析することで、脂肪酸の種類や量を測定できる。従来、骨格筋の脂質組成を調べる標準的な手法として用いられてきたが、組織全体を均一化して分析するため、筋細胞内脂質(IMCL)に限定した測定はできない。
*3 磁気共鳴分光法(MRS)とスペクトル
体内の代謝物質を、周波数(化学シフト、ppm)ごとの信号の強さとして描き出す測定手法。得られたグラフ全体を「スペクトル」、その中に現れる信号の山を「ピーク」とよぶ。ピークの位置(ppm)や高さから、どの代謝物質がどれだけ存在するかを知ることができる。
*4 bis-allylic proton(ビスアリリック・プロトン)
二重結合に挟まれたメチレン基に存在するプロトン(水素原子)。多価不飽和脂肪酸(PUFA)に特徴的な構造であり、そのシグナルは核磁気共鳴スペクトル上で約2.8 ppmに現れる。
*5 7テスラMRS
7テスラの超高磁場MRI装置を用いた磁気共鳴分光法(Magnetic Resonance Spectroscopy)。磁場強度が高いほど、代謝物質どうしのシグナルの分離(スペクトル分解能)が向上する。臨床で広く使われる3テスラMRIに比べ、より詳細な代謝物質の同定・定量が可能になる。
*6 高分解能NMR(600 MHz)
溶液中の試料を対象とした核磁気共鳴(NMR)分析装置。600 MHzは装置の磁場強度を表す指標であり、生体を対象とするMRSに比べて極めて高い分解能でシグナルを観測できる。本研究では、個々の脂肪酸が示す基準となるピーク位置を確認するために用いた。
今回の発見
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IMCLのPUFAを、外科的な侵襲により筋組織を採取することなく、生体内で他の成分と混ざらない独立したピークとして7テスラMRSで捉えることに成功しました。
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PUFAのピークがPCrのピークと重ならず分かれたことで、IMCLのPUFAを定量できるようになりました。
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ヒト骨格筋IMCLの脂肪酸割合は、パルミチン酸(36%)、オレイン酸(27%)、リノール酸/α-・γ-リノレン酸(23%)でした。
図1
図 7テスラMRSにより筋細胞内脂質(IMCL)のPUFAをとらえるための3つのステップ
ヒト骨格筋のMRSスペクトルからPUFAを同定・定量するには、個々の脂肪酸が示すピーク位置を基準(リファレンス)として持っておくことが不可欠です。そこで私たちは、ステップ1として、オレイン酸・パルミチン酸・リノール酸に加え、α-リノレン酸・γ-リノレン酸を含む5種類の脂肪酸について、分析用高分解能NMR(600 MHz)(*6)を用いてピーク位置を整理しました。次に、ステップ2として、前脛骨筋に観測領域を設置し、7テスラ¹H-MRSにより0〜7 ppmの全体スペクトルを取得しました。ステップ3として、0〜3.5 ppmを拡大することにより、PUFA由来のbis-allylicピーク(赤、約2.8 ppm)が、PCr由来のピーク(青、約3.0 ppm)と重なることなく、独立したピークとして検出されました。参考として、同じ範囲を3テスラで計測したスペクトルも示します。3テスラではPUFA(赤)とPCr(青)のピークが重なり合っているのに対し、7テスラでは両者が明確に分離していることがわかります。
この研究の社会的意義
特に私たちが注目しているPUFAは、ヒトの体内で合成することができない必須脂肪酸であり、食事からの摂取に依存しています。7テスラMRSによる計測技術を用いれば、運動習慣や食事内容がヒト骨格筋のPUFA組成に与える影響を、同一対象者において繰り返し、経時的に追跡することが可能になります。例えば、持久系アスリートの骨格筋に見られる特徴的な脂質プロファイルがどのように形成され、パフォーマンスや疲労回復とどう関わるのかといった問いに、生体内データから迫ることができるようになります。また、骨格筋の脂質代謝の変化を評価できるようになれば、肥満や2型糖尿病といった代謝性疾患における脂質代謝異常の理解や、食事・運動指導への応用にもつながることが期待されます。将来的には、食事や生活習慣がヒトの骨格筋の代謝に与える影響を明らかにする方法として、スポーツ科学から臨床まで、幅広い分野での活用が期待されます。
論文情報
題目:
In Vivo assessment of human intramyocellular fatty acid composition using 7 T
著者:Maya Hioki, Masahiro Umeda, Yuko Kawai, Masaki Fukunaga
掲載誌:NMR in Biomedicine
DOI:
https://doi.org/10.1002/nbm.70376
研究支援
本研究は、日本学術振興会科学研究助成事業 (科研費) (22K17659)、自然科学研究機構 生理学研究所 共同利用研究 (課題番号:21535, 22INPS620, 23NIPS606, 24NIPS626, 25NIPS613, 26NIPS613)、分子科学研究所 共同利用研究 (IMPプログラム S-21-MS-1069, JPMXP1223MS1064)、および文部科学省 大学の共同利用・共同研究システム形成事業「研究大学強化のための大学連携 (CURE)」(課題番号:JPMXP1323015488、Spin-Lプログラム No. spin24XN042; spin25XN032; spin26XN032) からの研究助成金の支援を受けて実施されました。
お問い合わせ先
<研究について>
帝京平成大学 健康医療スポーツ学部
日置麻也 准教授
email: m.hioki@thu.ac.jp
生理学研究所 生体機能情報解析室
福永雅喜 特任教授
email: fuku@nips.ac.jp
<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室
email: pub-adm@nips.ac.jp
リリース元

自然科学研究機構 生理学研究所
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