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2008年12月08日

マカクザル盲視モデルにおける急速眼球運動と視覚的気づき

日 時 2008年12月08日(月) 12:20 より 13:00 まで
講演者 吉田 正俊 先生 
講演者所属 生理学研究所 認知行動発達研究部門
お問い合わせ先 窪田芳之 (大脳神経回路論)
要旨

第一次視覚野に損傷を持った患者では「盲視」という現象がみられることがある。この患者では損傷の反対側に視野欠損が起きており、欠損視野内に提示された視覚刺激は意識には上らないとされている。ところがこの患者は欠損視野内に提示された視覚刺激の位置を指差しや急速眼球運動(サッケード)によって偶然よりも高い確率で当てることができる。このように視覚的意識と視覚運動変換とが乖離する「盲視」という現象は意識のメカニズム解明の鍵として注目を浴びてきた。マカクザルの第一次視覚野を片側的に除去して作成した実験モデルでも人での盲視現象と同様に、視覚誘導性のサッケードの機能が残存していることが知られている。視覚運動変換は、視覚情報処理、意志決定、運動開始、運動中の軌道コントロールといった複数の過程から成り立っている。第一次視覚野の損傷が視覚情報処理以外のこれらの過程にどのような影響を及ぼすかは明らかになっていない。そこで私は2頭のニホンザルで第一次視覚野の片側性損傷によって視覚誘導性サッケードがどのように影響を受けるかを調べた。

視覚誘導性サッケード課題の成績を調べたところ、損傷視野へのサッケードの成績は損傷後一時的に下がったが、2ヶ月程度で回復し、安定した成績を保った。しかし、サッケードの終止点の分布を調べたところ、損傷視野へのサッケードが不正確になっていることが明らかになった。サッケードの軌道を調べてみたところ、このような不正確なサッケードは、サッケード運動中の補償的な軌道コントロールがうまくいっていないことによることが示唆された。また、サッケードの応答潜時の分布の解析から、第一次視覚野損傷によって意志決定の過程が影響を受けていることを支持するデータを得た。以上のことから、第一次視覚野損傷が視覚情報処理だけでなく、サッケードのコントロールおよび意志決定にも影響を及ぼすことが明らかになった。

第一次視覚野損傷ザルが人での盲視と同じであるならば、サルは「視覚的気づき」の能力が減弱しているはずだ。このことを検証するために、損傷視野内に提示された光点の存在の有無を報告させる課題を行わせたところ、視覚的気づきの減弱を示唆する結果を得た。この課題のある試行では正しくそこにサッケードすることができたが(hit試行)、ある試行では刺激を無視して注視を続けた(miss試行)。上丘からのニューロン活動の記録によって、視覚応答がhit試行と比べて miss試行で減弱していることを見出した。両試行は視覚標的が提示されているという点ではまったく同じであり、違いはサルが標的に気づいたか気づかなかったかである。よってこのようなニューロン活動の違いは「視覚的気づき」に関連していると考えられる。