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研究活動

セミナー詳細

2011年10月24日

他者の視線に対する知覚精度と神経症傾向に代表される性格特性との相関

日 時 2011年10月24日(月) 15:00 より 16:00 まで
講演者 磯谷悠子 研究員
講演者所属 ㈱国際電気通信基礎技術研究所(ATR) 脳情報研究所
お問い合わせ先 定藤規弘(心理生理学研究部門 内線7840)
要旨

人が人らしく生きるためには,他者との社会的な共同生活を欠くことはでき ず,そのためには絶えず他者の心や注意の動きを察知し理解し続ける必要が ある。この他者の心の動きを類推する能力に関し,Simon Baron-Cohenは, 意図検出器,視線検出器,注意共有の機構,心の理論の機構という4つの構 成要素を提案している(心の理論)。この心の理論の発達は社会能力の発達 に密接にかかわっており,社会性の根幹ともいえる心理状態(意図,注意, 情動)の共有の前提である共同注意の発動の条件として,アイコンタクトが 必須であることが指摘されている。アイコンタクトが他者の情動や意図の共 有にも重要なものであることから,視線情報処理においては当然情動系の関 連領野も関わっていると考えられる。特に快・不快や恐怖・怒りなどの情動 反応を司る扁桃体は表情認知に深く関わることが知られており,視線知覚に おいても,特に相手の視線を真っ直ぐ受ける(直視)条件において賦活する ことが示唆されている。視線という社会的シグナルを感受することは,情動 と認知の統合処理の一種であると考えられる。前頭葉皮質は情動と認知の統 合処理を行っている領野であり,視線感受能力と前頭葉皮質の脳活動とは何 らかの関連を示すと考えられる。
本研究は人の社会的な発達過程において重要な役割を演じていると考えられ る視線知覚の精度と性格傾向及びその時の脳活動との関連を明らかにするた め、まず行動実験手法により人の視線知覚精度と性格特性との関連を検証 し、ついで光トポグラフィーを用いた脳活動計測により視線感受に対する脳 活動差異の検証を試みた。
まず行動実験として、視線方向判断課題を用いた視線知覚精度の計測と4種 類の質問紙調査(NEO-PI-R、STAI、CES-D、K6+)を実施した。視線知覚精度 指標と各尺度得点との相関分析を行ったところ、男性においてのみ、視線知 覚精度指標と質問紙調査の神経症傾向得点および特性不安得点との間に有意 な相関が見られ、視線知覚精度と性格傾向との間に関連があることが示され た。ついで、光トポグラフィー装置を用いて被験者が1-back課題を遂行して いる時の前頭葉活動を計測した(前頭部1~47チャンネル)。直視条件(直 視刺激70%逸視刺激30%で構成)と逸視条件(直視30%逸視70%で構成)を 設定し,それぞれ1-back課題(今提示されている人物は1つ前に提示された 人物と同じか否か)を実施した。課題遂行時間の前半区間と後半区間に分 け、オキシヘモグロビン(Oxy-Hb)信号の変化量を算出し、チャンネル毎に t-検定を用いて有意な脳活動信号が得られたかを検討した。その後、性別や 視線知覚精度により群分けし、脳活動信号を比較したところ、1-back課題に よる活動部位は、群間によりはっきりとした差異が見られた。男性の高視線 知覚精度群においてのみ、有意な脳活動信号値の上昇が認められた。特に直 視条件の課題前半区間において下前頭回付近(右半球の42ch)をピークとし て強く広範にわたる脳活動が見られ、逸視条件においては前半区間に有意な 活動は見られなかった。神経症傾向が強い=視線知覚精度が高い男性は,他 者の視線が自分を向いていることに敏感であり,自分に視線が向いているか 否かを精密に処理していると考えられる。教示により視線に注意が向かない よう工夫された課題であったにも関わらず直視条件のときに特異的な活動パ ターンが見られたことから、この脳活動は直視刺激によって引き起こされた と考えられる。
以上、本研究は視線方向判断課題の精度と性格傾向との相関分析から、男性 においては視線知覚精度には各自の性格特性である神経症傾向と関連した個 人差があること、そして光トポグラフィーを用いた脳機能計測により、その 脳内処理には右の下前頭回を中心とした広範な前頭皮質領野が関与すること を明らかにした。