神経の障害や機能不全により,既存の鎮痛薬に抵抗性を示す神経障害性疼痛が発症する。神経障害性疼痛の発症維持メカニズムは依然として不明であるため,有効な治療薬の開発も遅れているのが現状である。 従来の研究では,神経の障害が原因で発症する慢性疼痛であることから,神経細胞での変化が主に注目されてきた。しかし我々は,ATP受容体の研究から,神経障害性疼痛動物モデルの脊髄後角で,P2X4受容体がミクログリアに高発現し,その受容体の遮断によりアロディニア(異痛症:触刺激で誘発される痛み)が抑制されることを見出した。さらに,アロディニア発現に重要なニューロン機能異常がミクログリア由来因子で起こることも明らかにした。ミクログリア細胞は,神経損傷などに応答してさまざまな遺伝子を発現し,活性化状態へと移行する。最近我々は,神経損傷後に脊髄で発現増加する遺伝子として数種類の転写因子を特定し,その中でIRF8がミクログリア特異的であること,さらにIRF8の欠損によりATP受容体や炎症性サイトカインなど神経障害性疼痛に関連する遺伝子発現が抑制され,アロディニアの発症も抑制されることを見出した。また,IRF8は他の転写因子IRF5の発現も直接制御しており,IRF8-IRF5転写因子カスケードがP2X4受容体陽性のミクログリアを作り上げ,活性化状態へと誘導し,神経障害性疼痛の発症に寄与することを明らかにした。一方,ミクログリアのP2X4受容体を刺激するATPの放出源は長らく不明であった。最近我々は,ATPの放出に重要な小胞型ヌクレオチドトランスポーターVNUTの欠損やノックダウンにより神経障害性疼痛が抑制されることを見出した。これまで,VNUTを介したATP放出は様々な細胞種で想定されていたが,我々は脊髄後角ニューロン特異的なVNUT欠損マウスでATP放出および神経障害性疼痛の抑制が認められることを明らかにし,脊髄後角ニューロンが神経障害性疼痛を引き起こすATPの放出源である可能性を示した。以上の成果は,活性化ミクログリアが神経損傷によるニューロンの機能異常および神経障害性疼痛に非常に重要な役割を果たしていることを一貫して示している。 本セミナーでは,上記の成果に加えて,最近スタートした研究についても紹介し,さらにP2X4受容体を標的にした創薬に関する九大薬学研究院での取り組みにも触れたい。
|