近年の三次元電子顕微鏡法および情報処理技術の飛躍的な発展にともない、さまざまな生物の神経系を題材としたコネクトミクス研究が行われるようになってきている。我々はショウジョウバエの視覚系神経経路を対象に、FIB-SEM(focused-ion beam-aided scanning electron microscopy)法を用いて神経回路のコネクトミクス的再構成を行った。ショウジョウバエの脳において、視覚情報はまず低次視覚中枢である視葉において集中的に処理される。視葉は約3万の神経細胞と4つのニューロピルを有し、動き・色の情報を並行して処理して脳本体に送る。本研究では主に動き情報処理回路に着目し、動き情報の抽出から脳本体への投射に至る神経回路をシナプスレベルで網羅的に同定した。
まず視葉のほぼ全体を含むサンプルを作製し(153 x 85 x 180 μm)、FIB-SEMを用いてイメージングを行った。得られた3次元画像データにおいて神経細胞の自動セグメンテーションおよびシナプス位置の予測を行い、神経細胞の追跡および再構成をソフトウェア上で行った。
視葉において動き情報を検出するのはT4およびT5と呼ばれる神経細胞であり、それぞれ明縁(moving ON-edge)および暗縁(moving OFF-edge)の情報を方向選択的に抽出している。これらの神経細胞はそれぞれ視髄(medulla)および視小葉(lobula)に入力部位をもち、視小葉板(lobula plate)に投射している。まずT4とT5の全体を完全に再構成し、これらの樹状突起部に入力する全神経をシナプス結合を用いて同定した。T4については先行研究と一致する結果が得られ、T5に関しては新たに同定されたものを含む10種類の神経細胞が入力していることが判明した。動き情報の方向選択的な検出には視野の異なる位置からの複数の入力が必要であるが、T4とT5の入力シナプスの位置をすべて決定することで、これらの入力の間に存在する空間的なずれを正確に同定することにも成功した。
さらに視小葉板においてT4およびT5とシナプスを形成する神経細胞を網羅的に再構成し、数十種類の神経細胞およびこれらからなる神経回路を同定した。これにより、明縁・暗縁の情報を検出する両回路の統合様式が初めて明らかにされたとともに、異なる方向の動きに対応する回路間で相互抑制機構が存在することも示された。動き検出回路の全容が解剖学的手段を用いてシナプスレベルで同定されたことにより、回路を構成する個別の神経細胞の詳細な機能解析がさらに進むことが期待される。また神経回路の高精度な同定法としての本手法の有効性が明らかになったことで、将来的により大規模かつ複雑なシステムの全容を把握するための手段としても有望であることが示された。
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