システム神経科学における遺伝子工学技術の利用は、一方で、光遺伝学や化学遺伝学に基づく神経活動の可逆的な操作法として、他方で、カルシウムイメージングを用いた多細胞同時記録法として、げっ歯類での研究を中心に多数の革新的な知見をもたらしてきた。しかしながら、非ヒト霊長類に対するこうした技術の導入はいまだ限定的なものに留まっている。本講演では、講演者がこれまでマカクザルを被験体として取り組んできた、化学遺伝学を用いた前頭前野-線条体経路の不活化実験と、微小内視鏡を用いた皮質からのカルシウムイメージング実験について紹介したい。
前頭前野と線条体を結ぶ経路は価値に基づく意思決定において重要な役割を果たしていると考えられる。特に、前頭前野の外側部(LPFC)と線条体の尾状核(Cd)を結ぶ経路は、主にヒトの構造的・機能的MRI研究を通じて、抑制コントロールやワーキングメモリーとの関係が指摘されてきた。しかし、実験動物を用いた介入操作を伴う因果的なレベルでの検証は進んでいない。講演者は、あらかじめ報酬非対称型遅延反応課題を訓練した2頭のサルに、2種類のウイルスベクターを用いた化学遺伝学2重遺伝子導入法を適用し、LPFC-Cd経路に対して選択的な不活化を行った。リガンドを投与し、LPFC-Cd経路を抑制すると、行動においては、ワーキングメモリーへの影響は認められなかったが、連続エラーの増加や眼球運動における衝動性の亢進が認められた。また、神経活動においては、局所場電位の特定の周波数帯でのタスク関連応答の減少が認められた。以上の結果は、LPFC-Cd経路がある種の抑制コントロールに関係していることを示唆している。
この化学遺伝学の実験と並行し、講演者は、微小内視鏡を用いたカルシウムイメージングをマカクザルに適用する作業を進めてきた。微小内視鏡法は、2光子顕微鏡法と異なり、時間・空間解像度に劣るものの、装置の簡便性や撮像の自由度において優れており、屈折率分布型(GRIN)レンズを用いることで脳深部からのイメージングを可能とする。この手法を確立するため、視覚刺激によって容易に神経活動を誘発できる第1次視覚野(V1)での観察を行った。ベクターは、マカクザルの皮質での高頻度の遺伝子導入が報告されているAAV2.1を用いた。結果、注視課題遂行中の2頭のサルから、刺激応答を示す蛍光変化信号を確認できた。これらの信号の一部は、V1に特徴的なレチノトピーと傾き選択性を示した。また、これらの信号を用いて、呈示された視覚刺激をデコーディングすることにも成功した。現在は、微小内視鏡法のLPFCへの適用を進めており、in
vivoでの十分な蛍光プローブの発現を確認している。本講演では、さらに、こうした多細胞同時記録法を適用する予定の、現在進行中のカテゴリー学習実験についても紹介したい。
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