覚醒下の非ヒト霊長類を対象とした電気生理学実験の利点は、複雑な行動課題の遂行中に時間空間精度よく神経活動を記録できる点、並びに、神経活動に直接介入し、その影響を観察する事ができる点である。本セミナーでは、この方法を用いることで明らかになった小脳におけるタイミング予測機能の神経機構と、現在進行中の、他者の報酬が自己の脳内でどう表現されるかを明らかにする研究を紹介する。
小脳は長年、運動制御への関与が研究されてきたが、近年では高次脳機能にも寄与していることが報告されている。我々は、高次脳機能の中でもタイミング予測機能に着目し、研究を行った。繰り返し提示される視標の提示タイミングを予測させる行動課題をサルに訓練し、課題遂行中のサルの小脳歯状核から神経活動を記録した。結果、提示タイミングに一致し、視標提示回数の増加とともに変化が増大するリズミックな神経活動応答を検出した。この神経活動記録部位の不活化により、タイミング予測を必要とする行動が遅延することを明らかにした。また、同部位の電気刺激によって、タイミング予測を必要とする行動は早まった。これらの結果から、小脳歯状核のリズミックな神経活動の上昇が次の刺激提示のタイミング予測を反映していることが示唆された。さらに、この神経活動形成に寄与するのは、歯状核に投射する小脳皮質プルキンエ細胞と苔状線維のどちらであるのかを調べるため、微量薬物注入による受容体阻害を行い検討した。結果、両者ともに影響を持つが、小脳皮質プルキンエ細胞からの入力の方がより寄与度が大きい事が示唆された。
我々は他者の利益を自らの喜びとすることもあれば、それを妬みの対象とすることもある。他者の利益は、前者では快刺激であり、後者では不快刺激となる。何故このような正反対の情動が生じるのだろうか。この疑問を解決するため、他者の利益を自己がどう評価しているかを明らかにし、その評価を変える要因について検証する。
実験では、対面した2頭のサルを対象とし、一方のサル(アクター)が、提示された2つのボタンのうち一方のボタンを押すと、押した色に応じて「自己」、「他者」、「どちらにもなし」に報酬が割り当てられる課題を訓練した。2つのボタンに異なった色が提示される自由選択条件と、同色が提示される強制選択条件を用いる。現在、行動データからは、「自己」が選択肢にある場合は自己を選択するが、「どちらにもなし」と「他者」では他者に報酬を与える傾向にあることを示す結果が得られている。また、不快刺激に応答する外側手綱核の神経活動記録から、少数ではあるが、「他者」と「どちらにもなし」は共に不快刺激であるが、その程度は異なることを示唆する興味深いデータが得られつつある。
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