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セミナー詳細

2023年08月23日

大脳聴覚野における皮質層と領野をまたぐ回帰回路のダイナミクス

日 時 2023年08月23日(水) 20:00 より 21:00 まで
講演者 小野寺孝興 博士
講演者所属 Department of Psychiatry, University of North Carolina at Chapel Hill
場 所 Zoomオンライン
お問い合わせ先 視覚情報処理研究部門、吉村由美子
要旨  聴覚は周囲の音情報や他者の発話を適切に処理する上で不可欠であるが、大脳皮質の聴覚野はその最高中枢として機能する。大脳皮質を低次の脳領域と区別する特徴的な回路モチーフが回帰回路と呼ばれる『一周して元の場所に戻ってくるネットワーク』である。回帰回路は作業記憶、意識などの高次脳機能に必須であると予想されているが、一方でその異所的な暴走はてんかんなどの深刻な疾病をもたらす。したがって、回帰回路の機能の解明は、脳の適切な運用基盤を明らかにするのみでなく、疾患の治療へとつながる第一歩でもある。

 本研究では、マウスの聴覚野においてスケールの異なる2つの回帰回路に着目した。はじめに、古典的な『視床からの入力→4 層→2/3 層→5 層→出力』というフィードフォワードな情報伝播に対し、『5 層→2/3 層』というローカルな回帰回路の機能を評価した。5層の錐体細胞に特異的に光活性化型・抑制型オプシンを発現させ、頭部固定下のユニット記録法により皮質カラム全層にわたって発火活動を測定した。その結果、覚醒下マウスにおける5 層→2/3 層の回帰回路は、先行研究の脳スライス記録から予想された興奮性ではなく、真逆の抑制性であることが判明した。5層のサブタイプ特異的な操作と視床からの活動記録をおこなったところ、この抑制性回帰は『皮質層をまたぐ経路』と副次的な『視床を介する経路』の2つから構成されていた。抑制性ニューロンの活動を解析した結果、 5 層錐体細胞が表層の錐体細胞よりはむしろ抑制性ニューロンに優先して機能的な軸索投射をしており、それが皮質層をまたぐ抑制性回帰の基盤になっていることが考えられた(Onodera & Kato, Nat. Commun., 2022)。次に、より広域的な領野をまたぐ回帰ネットワークの機能の解明に着手した。聴覚野の低次・高次の複数の領野は協調的に活動することで複雑な情報処理を実現すると考えられるが、その演算基盤は不明である。そこで、まず1次聴覚野(A1)と前聴覚野(AAF; A1とは別の1次領野)、2次聴覚野(A2)の階層性を再定義した。1つの領野を光遺伝学で機能阻害すると同時に他2つの領野の活動を記録したところ、全ての領野ペアにおいて表層間で強い興奮性の相互接続がみられた。この影響はA1→A2方向が最大であり、続いてA2→A1とA1↔AAFの順に大きかった。驚くべきことに、地理的に近接しているにも関わらず、AAF↔A2の興奮性接続は最小であった。この結果はA1↔A2間では従来型の階層性を支持するものの、AAFはそれらと並行する独立した経路である可能性を提示する。現在は、顕著な階層性がみられたA1↔A2の回帰ネットワークにおいて、神経群がどのように協調して複雑な音声処理を可能にするかを追究している(Onodera et al., 投稿準備中)。

 本研究は皮質層をまたぐ負の回帰回路と、領野をまたぐ正の回帰回路という相反する2つのネットワークを明らかにした。回帰回路のダイナミクスを異なるスケールで詳細に開示することで、生体内における感覚情報処理の一般法則について深い洞察を提供するものである。

Zoom情報:
https://us06web.zoom.us/j/83039209035?pwd=Vllma2U2RFQwZXJzR1lxVllwZitBdz09
パスコード: 092526